isgの元カレを諦めさせるために、付き合ってるフリから始まる無自覚両片思いrnis
注:モブ×isg(モブが無理やりisgを襲う表現があります。モブは最終的にrnisのイチャラブを見せられるので気の毒です。)があります。
『水星にでも旅に出ようか』
「だからさ…、手は繋げるし、ビズの延長だと思えばキスも出来るわけ。ただ、どうしてもその先が、なんかこう……なんか違う…ってなるんだよな。胸とか触られると…うーん?ってなる。」
酒のツマミにもならない、クソのような潔からの恋愛相談に、凛は相槌すら面倒で、最悪なBGMで食事をしているに過ぎないと、ひたすら目の前のブルストに齧りつく。
ブルーロックで出会って数年、プロとしてドイツのバスタード・ミュンヘンでキャリアを積んだ潔世一は、昨年引退した。シーズン中の膝のケガが原因で。手術は概ね成功していたし、日本からは、かなりの好条件で、J1チームからのラブコールも複数あった。負傷して尚、チームを選べるほどに、潔はドイツで経験と実績を積んでいた。けれど、彼はその全てを蹴った。サッカーを続けたいのは勿論だが、自分は世界一を見続けていたいのだと、引退会見で最後まで、己のエゴを懐柔できなかった事を苦笑しながら、潔は、世界中の人々が見守る中、次なる展望を語った。潔が選んだのは、バスタード・ミュンヘンに次に来る日本人と共に世界一を見るために、チームの専属通訳になるという道だった。世界一になれる土壌を有したチームで、自分が世界一の選手を世界一足らしめたい。これが、俺が生涯を賭して成しえる最後のエゴですと。
そしてなんの巡り合わせか、潔がそう宣言した次のシーズン、引退した潔の穴を埋める形で投入されたのが、P.X.Gから移籍した糸師凛だった。初めこそ、潔の早すぎる引退を少なからず不満に思っていた凛だったが、チームで凛と共に世界一を真剣に見つめる潔の瞳は、まだ何一つあきらめの色を持ち合わせていなくて、凛もまた潔と共に世界一をドイツの地で夢見る決意を新たにしたのだった。
*****
けれど、今現在、隣にいる潔はと言えば、凛に恋愛相談をしている真っ最中である。凛がドイツに移籍するより前に、潔には既に“彼氏”がいたらしい。「あの人は、膝の手術をしてくれた主治医で、ずっと俺のファンだったんだって。さすがに現役は、もう厳しいなって思った俺の精神面もサポートしようとしてくれてさ。」ビールをゴキュッと喉を鳴らして飲みながら、潔が続ける。凛にとっては、ダイオウグソクムシの生態くらい興味のない話を。「何度断わっても、付き合ってほしいって、アプローチしてくれて。それで、まぁつき合い始めたんだけど、やっぱりどうにも難しくて……。主に“ふれあい”がさ。俺ずっと女の子が好きだと思ってたし、今も多分そうなんだけど、でも彼氏さんは、俺を抱きたいらしくて。」どんだけ酔ってんだよ、この男…。かつてのライバル兼、現チームメイトの生々しい性事情の暴露に、凛は辟易とした。けれど「同じ日本人で、口の堅い奴にしか言えないんだよ。こんな悩み。その点、凛は誠実だしさ?実は面倒見も悪くないじゃん。友達いないから、誰かに言う事もないだろうし。」最後の一言にはイラっとしたので、当然のように拳で殴ったが、誠実と言われて悪い気はせず、何だかんだと凛は、潔の横に下ろした尻をまだ上げてはいない。
「テメェの恋愛もセクシュアリティも、どうでも良い。大体なんでそんな生理的に無理な奴と付き合った挙句、一緒に住めんのか意味が分かんねぇ。お前、脳ミソ湧いてんだろ。」
そう言いながら、口の端に付いたブルストの油を舌で拭った凛に、潔は頬杖をついて流し目を寄こしながら反論する。
「生理的に無理とまでは言ってない。ただ、風呂上りとか着替えとか、ふとした時に感じる視線に戸惑うんだよ。なんだろ、ギラギラしてるって言うか…。でも同棲してるけど、寝室は分けてくれてるし、キスされて胸触られて、「ごめん、まだ無理」って言ったら、止まってくれるから、めちゃくちゃ良い人なんだよ。顔も多分良いし、穏やかだし、医者だし…他にも良い奴いっぱいいるだろうに、なんで俺なんだろ。」
「お前は良い奴相手なら、何でも許せんのか?引退してピッチ降りたら、随分腐ったな。ソイツだって、テメェが“まだ”無理とか言うから、待てばいつかヤレんじゃねぇかって思うんだろ。そんなもん優しさじゃなくて、良い奴のフリしてたいお前のエゴだ。」
ばっさり切って捨てる凛に、潔は反論するどころか、眩しいものを見るような視線を向けた。
———言い寄ってくれたのが、凛なら全て違ったかもしれない。
潔は、なぜかふと浮かんだそんな言葉に焦り、大慌てでそいつをビールで喉奥に流し込んだ。そして覚悟を決めたように、先ほどからポケットで五月蠅く喚く携帯を取り出した。「彼氏さん、店の前に迎えに来てるって。もう帰るわ。付き合わせてホントごめんな。ありがとう。多めに払っとくから、もっと飲んで良いよ。」
潔は、身勝手極まりなくそう言うと、春風のように何も残さず去って行った。潔が“帰る”という言葉を使って、他の男の所に向かう事が、なぜこんなにも苛立つのか分からない。一人になるのを待っていたかのように、グラマラスなボディーラインの女が寄ってきたので、凛は潔に当てつけるつもりで、名前も分からない女に一杯奢ってやった。何やら話しかけてくる彼女は、多分この後の予定を聞いているのだと、察しがついたけれど、ドイツ語は話せないとグラスだけ渡して、手振りで追っ払った。
*****
凛と潔は当然のことながら、練習場で、スタジアムで、毎日顔を合わせた。二人ともブルーロックを出て以来、ニュースサイトで互いの戦績を目にすることはあれど、会話をしたのは実にその後の代表戦以来だった。けれどそんな数年のブランクを微塵も感じさせず、潔はあのころと変わらず、するりと凛のパーソナルゾーンに入り込み、クールダウンやヨガにも同行した。一応プロとして多少経験を積んだからか、「一人にした方がいい?」と聞かれることもあったが、今更、潔が1、2二匹いた所で、気が散るような軟弱さはないと言うと、潔は仔犬のようにどこへでも付いていった。大昔、「凛も潔だ」と監獄で言われたように、凛と潔は本質が似通っていたので、相手の思考が手に取るように分かることも多く、言葉にせずとも互いの求めている事を、かなり正確に理解できた。そしてそれは、二人が仕事をする上で、この上なく幸福な事実だった。コミュニケーション能力のバカ高い潔が、自分とチームメイト、監督とを上手に言葉で繋ぎ、凛のもっとも苦手なインタビューにも同行し、代わりに話してくれるのだ。どうやら、凛の直接的で粗雑な物言いを、ちょこちょこ柔らかく変えてはいるようだけれど、そんなこともどうでも良いと思えるほどに、潔がビジネス上のパートナーでいる事は、凛にとって心地よかった。
ある一点を除けば。
そう凛にとっての問題とは、潔の彼氏に関することである。潔の彼氏は、凛が移籍して以降、頻繁にスタジアムや練習場に顔を出すようになった。
車での送迎は勿論のこと、スタジアムの関係者出口まで、潔を迎えに来て、仕事の話をしているにも拘らず、潔のそばを離れない。チームの戦略上、部外者に聞かせられない内容もあるので、席を外すよう潔が頼むと、見せつけるようにビズをして潔をこちらに寄こす。さも仕事上、仕方なく貸してやっていると言わんばかりの態度で。ドイツ人の男っていうのは、あんなにベタベタするものなのかと凛が潔に聞くと、潔は「ドイツ人の男どころか、誰かと付き合ったのだって、あの人が初めてなんだから分かんねぇよ。でも凛のことは、すげぇ気にしてるみたい。高校生の頃からの宿敵だったんだろ?とか凛の通訳なら一日中一緒にいんのか?とかって。」「めんどくせぇ男だな。」凛が思ったまま口にすると、「心配なんだってよ。」と潔はカラカラ笑った。「は?」凛が疑問符を浮かべると、潔は「俺を凛に取られるんじゃないかって。凛の試合中の目が、現役時代の俺の目に似てるって。仕方ないよな、俺もお前も同じ生き物なんだから。サッカーで、世界一になること以上の幸せが思い描けねぇんだから。」そう言って笑う潔の横顔が、妙にすがすがしく綺麗で、凛は男が潔に惹かれる理由を、少しだけ理解したような気がした。
———なら、もしおまえが心変わりすることがあれば、次の相手は俺にしろよ。
思わずそんな言葉が口を吐きそうになって、慌てて息を飲み、代わりに凛は潔のくせ毛に触れようとした。もっともそれすら、彼氏ではない凛には叶わなかったのだけれど。
「Lassen Sie die Finger von ihm. Er ist mein.」
咎めるようなドイツ語に、明確には分からなくとも、凛はニュアンスで手を出すなと言われたことを理解し、無意識に伸ばした手を、何事もなかったかのように引っ込める。
潔が恋人に駆け寄り、何やら文句を言うのを遠目に見つめ、凛は一人自宅へ帰るべく、無言で駐車場に向かった。
*****
それから数週間後、翌日はオフというタイミングで、凛は潔からの深夜の着信に起こされた。「凛、りん!ごめん、助けて!」電話口の慌てた様子から、只事ではないと判断し、瞬時に何があったのか尋ねると、潔は凛のアパートの最寄り駅まで来ているので会いたいという。すぐに行くから動くなと、凛がそれだけ言って潔の元へ行くと、潔は雨の中、傘もささずコートも羽織らず、ずぶ濡れで立っている。「何やってんだよ!?」凛がそう言うと、潔は凛の家への道すがら、彼氏に襲いかかられたと、ポツポツと家出の理由を口にした。
「今まで、軽くキスされてちょっと体触られるくらいはあったんだけど、それ以上は待ってって言えば待ってくれたのに、今日はもう待てないって言われて、凛と寝たんじゃないかって言うから、そんなことしてねぇっつっても無理やり抑え込まれて、だから思いっきり蹴り飛ばして逃げてきた。やっぱ、凛の言う通りだったわ。いくら待ってもらっても、無理だったんだ。俺は、ケガで引退しても俺を肯定して、好きでいてくれるあいつの前で、良い奴のフリしてたかっただけなんだよ。」
「ハッ。今更分かったのかよ。」玄関の鍵を開けながら、潔の方を見もせず言う凛に、潔は苦笑した。「凛は良い奴のフリしない分、俺より誠実だな。」「誰にでもヘラヘラしてっから、こういう目に遭うんだよ。」「だな。さすがに何も言えねぇわ。ごめん、明日からはホテルでも取るから、今晩だけ泊めてくんない?」そう言って両手を合わせる潔を、凛は溜息と舌打ちで家へ迎え入れた。
翌日、凛にこれ以上面倒をかけたくないと、潔は早朝のトラムで一人ホテルへ向けて出て行った。その晩、一応刺されでもしていないかと凛が潔に連絡を取ると、潔は「彼氏には、別れて欲しいって会って直接言った。」と電話口で話した。「別れられんのか?」めんどくさそうな男だったので、そう簡単にいくとも思えず凛が聞くと、潔は「すげぇ謝ってくれて、もう乱暴な真似はしないから、やり直して欲しいって。…でも、俺がやっぱり無理だったって謝ったら、別れには応じるけど、俺に恋人が出来るまでは、自分にもまだチャンスがあるって信じさせて欲しいって。」「クソみてぇにメンドクセェ奴だな。」凛が歯に衣着せずそう言うと、「まぁ、俺も悪かったんだし。」と、潔は相変わらずお人好しに笑った。こんな時まで相手を庇いヘラヘラする潔に、心底腹が立つ。胃が沸騰しそうに熱を持って吐きそうで、だから凛は、自分でも想定外の言葉を口にした。
「なら、俺が新しい恋人のフリしてやるから、そんなメンドクサイ奴とはとっとと縁を切れ。テメェは、俺と一緒にサッカーで世界一を見るために生きてんだろ。余計な事に時間を使うな。脳の可動域を割くな。」
「へ?」
「分かったな。寝取っただの逆恨みされても面倒だから、来週の今日から、付き合ってる振りを始めるぞ。お前の彼氏は俺だ。分かったな。」
「あっ、…うん。」
それから一週間、相変わらず潔の元彼氏はスタジアムに練習場にと足を運んだが、潔は都度「ごめん、気持ちは変わらない。」と男を遠ざけ続けた。
そして翌週。とうとう、二人の偽装恋人関係は始まった。
*****
この一週間、あまりに何も態度が変わらなかったので、潔は今日から凛との偽装関係が始まるとは俄かに信じられなかった。けれど試合を終え、帰り支度を済ませていると、珍しく凛の方から、潔に声を掛けてきた。「飯食って帰るぞ。」「ん?」潔が思わず聞き返すと、凛は車で来てるから乗れと言う。ロッカールームを出て関係者通用路を出ると、潔の元彼氏が当然のように待っていた。「週末だし、レストランでもどうかなと思って…」と切なげに微笑む男に、潔が静かに首を振ると、凛は潔の腰を緩く抱き寄せ、男に向かって「潔は俺と付き合ってる。さっき告白してOKをもらった。だから手を出すな。」と英語で告げた。「本当に?」と凛でなく、潔に訪ねる男に潔は、申し訳なさそうに小さく頷く。「ずっと日本でも一緒にライバルとしてやって来て、凛といる時が一番、俺が自分らしくいられる。コイツといるのすごく楽なんだ。」もっと情熱的に愛してるとか、好きな個所とか言えば良かったのかもしれないと、後になって気付いたものの、思わず口から飛び出たその言葉は、潔にとって本心でしかなかった。「そいつになら、抱かれても平気なのか?」続く質問は、あまりに不躾なものだったけれど、長い間、彼を拒み続け、直接の別れの原因にもなったのだから、気になるのも無理はない。取り合えず返事だけでも「うん」と答えてしまえばいいのに、ここでも潔は自身に質問を向けた。
———凛に抱かれる
上手く想像が出来ないけれど、少なくとも目の前の彼に感じていたような嫌悪感はない。「今晩、そうなると思うけど、受け入れるつもりでいる。」きちんと傷つけなければ、彼はいつまでも自分なんかに縋ったままなのだと、潔は元彼氏の目をはっきり見つめて言った。「告白された後、嬉しくて、最初のキスは俺からしたし、一緒に住みたいと思ってる。世界に通用する男を、俺が世界一にしたい。」潔がそこまで言うと、凛は「話が終わったんなら、コイツは連れて帰る。レストランの予約に遅れる。」と潔の肩を抱いた。
*****
車に乗り込むまで、凛は肩を抱いたままだったけれど、潔を助手席に座らせ自身も運転席に落ち着くと、思い切り伸びをした。
「諦めたのかあいつ?」
「多分。さすがに俺からキスしたとか、一緒に住みたいと思ってるとか言っておいたし。あの人との時は、それが全部あっちからだったからさ。…凛となら俺からそうしたくなったって言えば、さすがに諦めてくれんじゃねぇかなって。」
潔がそこまで言うと、凛は眉間に皺を寄せた。
「おい、お前あいつにどこまでやってる事にすんのか、ちゃんと言え。口裏合わせねぇと話がややこしくなる。」
凛がそう言うと、潔はハッとしたように口元を手で押さえた。
「そっか!ヤバい、俺めちゃくちゃハッタリかましたな!?」
「何言ったんだよ?」
「えっと…、今晩セックスする、キスは俺からした、あっ!!?あと一緒に住みたいと思ってるって言っちゃった!!マジごめん!凛!!万が一なんか言われたら、ど、同棲は延期になったって言うから!!」
慌てる潔を他所に凛は、表情一つ変えずに眉間の皺すらそのままに、「別に一緒に住むくらいならしてやってもいい。どうせお前、今ホテル住まいなんだろ。ここまでやってボロ出す方が厄介な事になる。」とレストランに向けて車を走らせた。
「ほんと迷惑かけてごめん。少しの間でいいから…。家賃とか光熱費も払うし…家事もさせて頂きます……。」
しょぼくれる潔の双葉に凛は、手を乗せた。今度は邪魔が入らなかったので、凛は二人きりの空間で初めて自分の意志で、自ら潔世一という男に触れた。
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けれど、男は思いの外しつこかった。凛と潔がレストランに入って数分、ワインをどうするかと相談していると、男はシレっとやって来て、潔たちのすぐそばの席に通されたのだ。
「おい、なんで来てんだよ?お前あいつに場所言ったのか?」
ワインリストで口元を隠しながら、凛が潔に小声で文句を付けると、潔も「言う訳ないじゃん、ってか席はきっと偶々だろうし…。えぇ…もうじゃあここでも恋人のフリしなきゃじゃん。」と不服そうに文句を言う。
テメェ嫌なのかよ、誰のためにこんな事してやってると思ってんだと、潔の元彼がいなければ、凛は潔の脛でも蹴り飛ばしていただろう。しかし、今それをすると全ては水泡に帰す。おまけに自分と付き合っている事にしないと、この人たらしは、またどこぞで面倒な奴を引っ掛けてきて、凛にクソのような恋愛相談をしてくるに決まっているのだ。そんなものは、もう耐えられない。何が耐えられないのか、あまり考えたくないので、深くは考えないが、やはり潔の口から、別の男女との関係を聞かされるのは、どうにも胃に負荷がかかる。
仕方ない…と凛は潔にまたしても小声で、「おい、あいつとは普段どんなふうに飯食ってたんだ」と聞く。
「えぇ?うーんと、俺が食ってんの一口食べさせて?とか言って口開けてくるから、入れてやったりとか、俺の口にソースが付いてるとかで拭いてくれたりとかかなぁ…あと、顔が可愛いとか、目が好きだとか、とにかくめちゃくちゃ口説かれてたな。……凛、出来んのそんなの?」
只でさえ聞きたくもない、潔と元カレとの食事風景を聞かされ、挙句お前に出来んのかよと煽られれば、凛とて、口が裂けても出来ないとは言えない。
「お前がレストランの床にひれ伏すまで、口説いてやる。」
まったくよく分からない宣言をする凛に対しても、適応能力の天才・潔世一は「分かった!やってみろよ!!」と好戦的にその勝負を受け入れたのだった。
*****
「おい、ソース付いてる…」
そう言いながら指先を伸ばしてくる凛に、潔はニヤリと笑った。お前が次に取る行動なんか目に見えているとばかりに、潔が自分で口元を拭おうとすると、凛は潔の顎に長い指先を掛け、あろうことかその唇の端をペロリと自身の舌で舐めた。
「ひッ!?」
目を見開く潔に、今度は凛がニヤリと笑う。明らかな勝者の笑みである。
「ガキかよ。」
そう言いながら、凛はわざと隣の元彼に聞こえるよう英語で「お前のそういう所が可愛くて好きだ」と言ってのけた。
「りんさん…ちょっと……、」
真っ赤になって凛の足元を緩く蹴る潔は、明らかに照れている。元彼氏は、こんな潔の姿は見たことがなかった。いつも困ったように曖昧に笑う姿しか、目にした事がなかったのである。
「凛、あーんして?」
元来負けず嫌いのエゴイストである潔も、凛に負けじとニッコリ笑い、凛にフォークで刺した、メインの真鯛のポワレの切れ端を突き出した。凛は、“あーん”されるなんて、死ぬほどイヤに違いない。この勝負、勝ったな…何にかは全く分からないけれど、潔がほくそ笑むと、凛は意外にも何も言わずに口を開ける。小さな顔に似合わない大きな口が、餌を待つヒナ鳥のように可愛くて、潔は思わず「でっかい口」と微笑みながら、ポワレを入れてやった。「美味しい?」潔が聞くと、凛はモグモグと咀嚼して、こっちも食えと自身の仔羊のグリルを切り分けてやる。「何これ!?めちゃくちゃ美味いな!俺もそっちにすれば良かったー!」ワインでほんのり染まった頬で、悔しいと笑う潔に、凛は「もう一口食え」と肉を差し出す。
元彼はと言うと、そんな二人のやりとりを見て見ぬふりすることに決めた。潔は自分の前ではこんな風ではなかった…という事は分かる。だから不都合な事実には、徹底的に目を背けることにしたのだ。
あっという間にデザートまでさらった二人は、凛の完璧なエスコートで店を出た。
「あいつ、付いてきてるぞ。お前そろそろ警察に言え。」
「うーん、でも実害がないしなぁ…」
「実害しかねぇだろ。」
凛がそう言いながら、潔を路上で壁に押し付ける。
「何?」
「…さっき、口にソース付いてたの舐めただろ。あん時、どう思った?あいつにされたのと同じか?嫌だったか?」
凛はそう言うと、壁に押し付けた潔の顎に指を掛け、上向かせた。
「えっ?な…、なんで今そんなん聞くんだよ?!」
潔が慌てると凛は、「道でキスでもしておけば、あいつも諦めんだろ。」と、唇が触れる距離で日本語を使い囁く。
「あいつのとは違ったし、その…、嫌じゃなかった。」
潔がおずおずと口にすると、凛は返事もせずに潔に口付けた。一度目は軽く。二度目は、潔の方から目を瞑ったので、凛も首を傾け、先ほどより少し深く唇を吸った。三度目は、潔が「凛、…男とキスなんて嫌じゃないの?」と瞳を潤ませてきたので、お前相手なら大丈夫らしいと舌を入れた。四度目に入るつもりか、凛が更に潔の腰を強く抱いたタイミングで、潔の元彼は、諦めたように姿を消したけれど、二人はそれでもキスを続けた。
「りん…もう、あの人どっか行ったけど……、」
「けどなんだよ。」
「もっと……」
続くとしたら続きは年齢制限になるので、取り合えず、ここまでですが、元カレのいる凛潔の潔さん良いなって思いました。