変花ネタバレあり 自陣向け
HO3繁田浅碁 通過後SS ほぼモノローグだけど多分これはSS
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「命の糧を頂き、力身に満てり。願わくば、世の為に働かん。 ……いただきます!」
「……なんすか、それ」
午後1時。ゴールデンタイムを終えて閑散とし始めた学生食堂で、俺は声を張り上げた。璃世が苦々しい表情で俺に問いかける。お互い3限が無いからと、俺たちは毎週木曜日は必ず一緒に飯を食うことにしている。
「小せえ頃にボーイスカウトで習ったんだ。飯食う前に必ず唱える決まりがあった」
「だからって、なんで今……」
「ふっと思い出したからだ。それ以上の理由は無ぇよ」
「あっそ……」
それだけ返すと、璃世はもそもそと玄米に口を付け始めた。俺も続けて、培養肉の二切れ目を口に入れる。生産者の顔なんて到底見えやしない肉モドキだが、それでもこの世の中では立派な食糧だし、もうとうの昔に慣れた味だ。
俺が4歳になった頃。突然の気候変動が地上を襲った。
収穫できる野菜の量も質もみるみるうちに落ちていったし、それに伴って畜産業も壊滅的な打撃を受けた。当然食いモンの値段は高騰して、周囲の大人が日に日に殺伐とした表情になっていくのを眺めて、幼いなりに世の厳しさを痛感したものだった。
父親は普通のサラリーマンだったが、家族のために毎日汗水流して働いて生活費を捻出してくれた。母親は在宅業務の合間を縫って、限られた食材で少しでも美味しい飯を作ろうとしてくれた。
そして小学校に入学したタイミングで、親は俺をボーイスカウトに入れた。親は俺に「遊びの延長とでも思え」と言ったし、実際俺もそうとしか思っていなかったが。今思えば、この厳しい世の中でも強く生き延びていけるような身体と心を身につけさせたいという思いがあったのだろう。
「……ボーイスカウト、何やるんすか」
「あぁ、それこそいろいろだぞ?チームで森ん中歩いたり、野外炊事……それこそざっくり言えばキャンプだな。濾過装置作って安全な水確保したり」
「そんなことまでやるんすかぁ……?俺は無理だわ」
「ハハッ。まあ俺だって全部覚えてる訳じゃねーけど。いい経験だったとは、思うなぁ」
そう呟くように返しながら、水を一口だけ口に含む。
実際、両親が作ってくれた環境のおかげで、俺は心も身体もすこぶる健康に育った。
神にも縋るような目をしていた大人たちの中で、神を過信せずに己を正しく信じることが出来るようになったのは、ひとえに親のおかげだった。どんなに辛くても笑顔を絶やさなかった、2人のおかげだ。
「はぁ、ご馳走様。……あ、もしかして、終わりの挨拶もあるんすか?」
「あーーー、んーと、あったかもしんねーが……忘れた!」
「ふふっ。なんだそれ。説得力ねー」
「気持ち的には食材たちにしっかり感謝してんだから、問題ねーんだよっ。ほら、いくぞ?」
「はいはい」
カチャリと音を鳴らしながら、手早く食器を片付ける。珍しく璃世が茶化してきたのを少しばかり意外に思ったが、俺はいつもと変わらぬ調子で返事を返し、歩き出した。
サ室への道を行きながら、こいつとこうして一緒に飯を食う日々が続いたらなあと、ふと思い。これじゃまるで、ひと昔もふた昔も前のプロポーズみたいじゃないかと、1人苦笑した。
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……カチャリ。
広いキッチンに、食器が水と重なり擦れる音だけが響いている。
夕飯のタイミングがいつもより遅かった上に、食後に仕事関連の連絡が入ったのが重なって、珍しく皿洗いのタイミングが寝る直前になってしまったのだ。ピーターとハルはもう寝かせてあるからリビングにも電気は付けていない。辺りは暗く、それ以上に静かだった。
あの一件があってから1週間。それはそれは怒涛の日々だった。
まずは連絡手段の確保。
これに関しては買い替えをするだけなので然程問題はなく、仕事場や実家、友人関係にも一通り無事を連絡した。
次に、連れ戻した璃世の葬式の手配。
半年間も行方知れずだった成人男性が急にその友人によって発見されたとなりゃ、流石に俺自身が犯人として疑われるかとも思ったが。この世の中には秘密裏に特殊な事件……神話的事象の絡む事件を扱う警察組織があるのだという。
思っていたよりもすんなりと事が運び、無事に璃世を安らかな眠りにつかせることができそうだ。
結果として一番大きな課題となったのが、ピーターとハルを連れての新生活だった。
食にはまず困らないと豪語したはいいものの、それ以外の、例えば学業に就かせるべきなのかとか、戸籍うんぬんがどうとか、その辺りのことを全く考えていなかったことに後から気がついた。この辺りは、近いうちに茅にでも相談しようと思っている。
そこそこにスペースはあるとはいえ元々は一人暮らしの部屋に一気に2人も増えるのだから、間取りを見直すのにも苦労した。ピーターもハルも年頃の子だ。同じ部屋というわけには行かないだろうと思い、ひとまずはピーターに俺の寝室を貸し、俺はリビングに布団を敷いて寝ることとした。
ハルには客間をあてがった。その客間を一番使っていたのは他でもない璃世だったのだが……その話は、もう少し気持ちが落ち着いてから娘であるハルに伝えようと思う。
「璃世……」
ぽつり、と。今は霊安室で眠る友の名を呼ぶ。こんなにも1人だからか、ふと学生時代のことを思い出してしまった。
毎週木曜は昼飯の日で、あの頃から食が細い璃世のことを少し気にかけていたこと。結局この1年後にはエスケルがもたらした奇跡の技術によって食糧難は解決されたこと。俺の卒業研究のテーマは一度チャラになってしまったが、新しく夢が出来たこと。
『料理の力で、人を笑顔にする』
まずは身近なヤツから笑顔にしたくて、璃世の家に押し掛けて飯を作るようになった。いつも無愛想な顔をこちらに向け、「暇かよ」なんて悪態をついて。それでも料理を口に運べばパッと瞳に輝きが走るのが分かって。
その時の表情は、どんな時よりも穏やかで____
「……え、」
グラスを持つ手に、何かがぽたりと落ちた。
今は水を出していない。それは紛れもなく、俺の目から零れ落ちていた。
「え?ハハッ……嘘だろ」
最後に泣いたのはいつだっただろう。友情モノの映画を見に行った時に多少ウルッときてたかもしれないが、それでも映画館を出る頃には収まっていたし、他のことに目を向けさえすれば涙が止まるのが俺の常だった。だから。
「おいおい、今手ぇ泡だらけなんだぞ……拭けねぇじゃねーか…………っ」
冗談混じりに呟く声すら震えていて、俺は自分自身に困惑した。その間にも、涙は止まってくれなかった。
ああでも、そうだ。俺はつい最近、親友を失ったんだった。何故今まで、こうして涙を流してやれなかったのか。あいつがもうこの世にいないことを、悲しんでやれなかったのか。
「…………璃世、ごめんな」
結局俺は手先の泡を雑に水で流し、くたりとしゃがみ込んだ。そして両手で顔を覆う。どうせ顔面はもうとっくにずぶ濡れなのだから、拭いたって関係が無い。
……それ以上に、喉奥から漏れ出す嗚咽を2人に聞かせないことの方が、今の俺にとっては重要だった。
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雑なあとがき
中の人が小学生の時に少年の家的な活動で習ったいただきますの挨拶をふと思い出しまして、少し浅碁の幼少期〜学生時代+シナリオ後に思いを馳せてみました😌
気候変動後の世の中の描写は完全にイメージで書いてるんですけど、安いご飯(それこそ学食とか一般家庭用とか)は人工の食材とかでいっぱいなんだろうなぁ〜と思って描写に組み込んでます。
あとは浅碁の父親母親の話とか掘り下げてみた。潤くんもちがやんも親の話があったのでね。浅碁が今の性格になった理由が分かるかもですね。強い家庭には強い男が育つのですよふふふ。料理人を志したのも母親の影響がかなりデカい。
そして何より、璃世の話。一回は書いておきたかったのよ……
璃世はザ・陰キャって感じで、陽の浅碁が「新しい趣味が欲しいなあ!!!」っつってボドゲサークル入らなかったら絶対出会って無かったと思いますね。浅碁が程よく引っ張ってくれるので璃世もそれに甘えてた感じだったのかなーと。中の人の理想の先輩後輩像がでちまってるな……
シナリオ後日談も書きたくて、過去編が実は浅碁の回想だった!って構成で書いてみました。エピローグの時にお墓参り出来てることにしたけど実際手続きとか難しいだろうなーと思って、勝手に特殊な警察(それこそ、"特殊課"かもしれない)にお世話になったことにしちゃいました。てへ。
書く前から決めてたことが、「こいつは人前では滅多に泣かない」ってことだったんです。恥ずかしいから、ハンサムじゃないから(ブレねえ…)とかもあるけど、「自分の泣き顔で誰かを悲しい気持ちにさせたくない」が一番デカいかもしれない。
まだこいつは人前では泣けないけど、プライドがいい意味で高く無い彼なら、一蓮托生の2人には近いうちに打ち明けられそうだな。特に茅は歳が近いから話しやすい方だと思う。
潤くんはまだ若くて浅碁から見たら守りたい対象って感覚が強い(子ども絶対守るニキなので)。けど璃世の死体を見つけた後で「浅碁さんはここに残った方がいいよね……」って提案してくれた時に、こいつのこと頼っていいんだなって安心感を得られたから、ちゃんと相談にはいけると思う。そん時は2人ともよろしくね。
拙い文章たちでしたが、ここまで読んでくださりセクシーサンキュー!😘👉
その上で最後に謝罪です(なんでや)。
いただきますの挨拶として出したあのフレーズですが……あれがご馳走様の方でした。書き終わってから気づいた。いただきますの方を逆に忘れちまったなぁ…………😇