花冷え 問死 げんみ×
自陣の締めSS
桜の花びらがはらりと舞う散歩道、私はいつも通り犬にせかされながら歩く老人と会釈をしながらすれ違う。
この時期は桜の花びらが降り積もり桃色の道を作っている。
それはいつかすごしたあのサナトリウムでの過ごした時間を彷彿とさせ、 、リィ、ペネロペ、チャド達と過ごした時間を思い起こさせる。
ふと、ポトリ、と何かを落とした気がして周りを見渡す。
「ん〜気のせいか…」
気を取り直して再び歩みを進める。
水面に桜の花びらが浮き桃色に染まる池では睡蓮の植え替え作業をしている人たちを横目に通り過ぎる。
あの場所にも睡蓮が咲いていたな…なんて考えながら。
「そう言えば…」
「美術館に行く約束…したなぁ」
なんだか今日は昔のことをよく思い出す日だなと考えて、ふと気になった。
誰と、約束したんだろうか。頭の中の隅々まで探そうとしてみるけれども、どこにも答えは見つからない。それどころか、アヴリルでの最初の数週間のことがモヤがかかってしまったかのように思い出せない。
「誰と……?あれ、そもそもいつ…約束したの?」
そのモヤはまるでこの先には立ち入らせないとばかりに記憶に蓋をしている。
一体、いつから思い出せなくなっていたのだろうか。とても、とても大切なことを忘れている気がする。
「………っ!」
必死に思い出そうとする頭がひどく痛む。
「ダメよ!その子に近寄っちゃいけません!」
「あっちいけよ!この悪魔め!」
「お父さんを返せ!このバケモノ!」
私を【バケモノ】だと呼び、蔑む声が聞こえる
後ろ指を刺され、石を投げられた記憶。
「何…!?なんなのこれ…!?」
急に溢れ出した自分の知らない記憶の濁流に流されその場に蹲る。
「あの…大丈夫ですか?」
「え…?」
そう、声をかけてきたのは眼鏡をかけた優しそうな雰囲気の青年だった。
「あ…すみません大丈夫です、ちょっと目眩がしただけなので」
まだ、ずきりと頭が痛む。
私の頭の中で何かが暴れているみたいだ。
「本当ですか…?」
「ええ、なので心配なさらずとも大丈夫です。ありがとうございます」
私は今上手く誤魔化せているだろうか、目の前の青年にはバレたく無いとなぜか思う。
「……その…お節介だとは思うのですが、少しベンチで休まれていった方がいいのでは?」
「顔色、相当悪いですよ」
「そう……ですよね…少し休んでいくことにします」
そう言い残しこの場を去ろうとする。
この場を去ればこの記憶の濁流から逃れられるのではないか、と言うなんの根拠もない選択をする。
「あの!」
「……まだ、何か…?」
「なんだか、あなたをこのまま見送ると、そのまま無理をしてでも帰りそうな気がしたので……」
「その、お節介だとは分かっているんですけど…そこまで付き添いますよ」
「……何故、そこまでするんですか?」
「目の前で辛そうにしている人が居たら、どうしてもそのままにしておけなくって」
隣を歩いていた にドングリが当たる。
それを見て私はとてもドングリを投げた狼のような目をした少年に腹を立てた事を思い出した。
胸の奥が少し暖かくなる、数少ない過去の記憶。
「……わかりました、ちゃんと休めば良いんですよね!休みます!」
「貴方は一度決めた事はもう曲げない…ひと…」
いつ目の前の彼がとても頑固で一度決めてしまった事はもう曲げないという事を知ったのだろうか。
また、記憶が頭の中に流れ込んでくる。
「せっかく会えたのに、たった数日でお別れだなんて寂しいでしょう?」
長い髪を三つ編みにしたメガネの少女が私達に笑いかける。
目の前で瞳を閉じた少女と が話をしている
少女の顔ははっきりと”思い出せる”のに の顔には黒いモヤが邪魔をしていて思い出せない
「 、貴方は今日このアヴリルであった中でこの人が一番好き、と言う人はいた?」
「んー……先生かな!」
瞳を閉じた少女が大きなため息をつく。
その反応を目にした少年は、
「え!?だって優しそうだったよ!?」
なんて慌てながら返事をしている。
私は、この光景を自分自身の目で、体験した。
何故、忘れていた?
あたま が いたい
「……っ」
「大丈夫ですか!?とりあえず……向こうのベンチに行きましょう」
彼は私を気遣うように優しく手を添えながら、私の隣を歩く。
彼は、私をベンチに座らせると、あっ、と何かを思いついたように
「少しここで待っていてくださいね?」
そう言って私をベンチに座らせると歩き出す。
ここまで付き添ってくれたと思ったら今度はどこへ行くというのだろうか?とも考えたが彼を止める義理は無いのでそのまま見送る。
しばらくすると、白い湯気を昇らせる紙のカップを携えながら戻ってきた。
「はい、どうぞ暖かいココアです」
「そんな…悪いですよここまで面倒をおかけしてしまっているのに飲み物まで…」
「大丈夫です、僕が飲みたくて買ってきたものなので」
「それに僕だけ横でのんびりココアを飲んでいるなんて貴女が可哀そうだ」
「すみません…何から何まで…」
「大丈夫ですよ、あぁその……話をしていれば多少は気がまぎれて頭痛も忘れるかもしれませんし、適当に何か話しませんか?」
彼は沈黙を嫌ったのかそう提案してきた。
「そうですね…ココアのお礼もありますし、その提案に乗ります」
そう私が言うと彼は一瞬きょとんとした後、微笑みをこぼす
「それは……では、少しでも話をしてよかったと思ってもらえるようにしなければ、ですね」
「あ、僕はベル、ベルカフカです、貴女のお名前をお聞きしても?」
「マリー……センパスチルマリーです」
「マリー…さんはこの辺りよく来るんですか?」
「フフッ…マリーでいいですよ、ええ毎週日曜に来るようにしているんです」
初対面のはずなのに彼に名前を呼ばれるのはなんだかしっくりくる気がする。
「ここは、季節の移り変わりがわかりやすいので…今、目の前にある様々なもののいろんな顔が見られるんです」
「そういうあなたは?あまりこの辺りでは見かけないですが…」
「あぁ…えっと僕は…最近この辺りに越してきたんですよ」
「それで、実は昨日もここに来ていたんですが大事なものを落としてしまったようで…探していたんです」
「大事なもの…ですか?」
「…えぇ、とても大事なものです」
「僕が子供のころに大切な人から譲り受けた、マリーゴールドの押し花で作られた栞なんですが…」
「建物の中に落としているならまだしも、流石に外に落としていたらもう、どこかへ行っているでしょうし…半ばあきらめてはいるんです」
そう語る彼の表情はどこか物憂げで、けれど綺麗な花を見つめるような優しい笑みを浮かべていた。
ベル…私……ロージーさん
食べちゃった
ロージー って だれ
なんで めのまえの ひとのなまえが でてくるの ?
ずきりと痛む頭痛は止まらない。
けれども、これ以上の心配はかけてはいけないとその思いだけでなんとか表情を繕う。
私は、目の前の彼と出会ったことがある…?
何所で?
なぜいまになって【あの場所】でのことを思い出す?
私は何かを忘れている?
様々な疑問が頭の中でぐるぐると渦巻き、霧の中へと入っていく。
思い返せば、15歳の時の記憶があやふやだということに気が付いた。
何か、何かとても大事なことを私は忘れてしまっている。
忘れてはいけない、思い出さなければならない。
「…大丈夫ですか?」
「えぇ…すみません、大丈夫です。突然すみません…一つおかしなことを聞くかもしれないんですが…」
「え?あぁ、どうぞ…?」
「私達、どこかで出会ったこと、ありませんか」
私は、その質問を問いかけた相手の顔を見る。
その彼の顔は喜びに続き悲しみ、そして、驚きと焦燥と様々な感情を次々に表に出す。
「………なぜ、なぜそんなことを」
「記憶が…私が知らないアヴリルにいた時の記憶が、あふれてくるの」
「ううん、違う、忘れていただけ」
軽く首を振り目の前の青年の顔を見つめる。
冷たい風に吹かれさらさらと揺れるブラウンの髪
信じられないと言う視線で私を見つめる青色の瞳
ベンチに座っている今でも分かる”あの時”から伸びた背丈
「ねぇ、きみ!」
「そうそう!きみだよ!きみ!顔からきれいな花を咲かせているきみ!」
「ぼくたちと遊ぼうよ!せっかく3人もいるんだからさ!」
「いや…違う!!そんなはずない!君は僕に関する記憶を全部失っているはずだ…!」
「思いだせたの、断片的に……だけど」
「じゃぁ、なんで…なんでよりにもよって……」
「君は…君はもう十分苦しんだはずだ!」
「近隣の人から迫害されて!家族からも疎まれて!」
「」
「それは、あなたも同じはずよ、ベル…もうあなた一人で背負い込もうとしないでいいの」
「…あの時した約束覚えてる?」
「………たくさん約束をしたからどの約束のことかわからない」
「そう…ね、たくさん約束した…」
「あの金曜日のこと、あの日した約束よ」
「………っ!」
ベルの表情が驚きに染まる
「私がベルの隣にいてあげるって」
「ずいぶん待たせてしまったけれど、やっと約束果たせそう」
「……あぁ…神様、貴方は本当にひどい人だ」
「…僕はね、マリー…君が元気で過ごしているのならばそれでよかったんだ」
「なのに、なのにそんなこと言われたら…せっかく別れを言う心の準備をしていたのに…我慢なんて出来っこないじゃないか…!」
「…ねぇベル、私、またあなたの隣にいてもいい?」
「約束するわ、今度こそあなたのことを決して忘れたりなんかしないって」
1週間のうちの殆どを、いつ自分が自分でなくなってしまうのかという恐怖に怯え涙を流していた少年だった人は、過去と変わらず涙を流している。
「……もうダメなんだって、僕一人で生きていくしかないんだってそう思ってた」
「でも、ダメだ僕は…いや、僕自身が君の隣にいることを許せない」
「ううん、大丈夫よ。だって貴方自分で言っていたじゃない時間が経って自分のことを許してほしいって」
「だから、今度は私がベルに同じことを言ってあげる」
「ベルは、貴方は自分のことを許して良いの」
「私だって、もう大人になったのよ?だから、あなたの背負い込んでいる責任を私だって背負えるの」
「お願い、私にもあなたのその責任を一緒に背負わせて」
あの時はじいてしまった手を、今度は私から取る。
もう一人にはしないと強く思いを込めながら。
「………僕は、ぼくはもう…一人にならなくてもいいんだね?」
「うん、約束したでしょう?もう貴方のことを忘れないって」
「……ぼくはもう、ひとりで歩かなくてもいいんだね?」
「うん、私も一緒に歩いてあげる」
彼に優しくハグをする。何度もあの1週間でしたように。
「うぁ…あぁ……!!」
彼の声にならない嗚咽を受け止める。
きっと彼は今に至るまで一足先の見えない暗闇をなんの灯りもなしに歩いてきたのだろう。
たった独りで、とても重い荷物を抱えてきたのだろう。
けれど、もう大丈夫、彼のその荷物を分け合える私がいる。
もう一人にはならないし、させないわ。
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もし叶うなら、私たちが生きていたこと覚えていて
かつて、世界の果てみたいな場所でそう僕に言った少女が居た。
君が、記憶を失ったとしたらどうするんだい?
少し気が弱くて頼りないが、とても優しい心の持ち主だった少年が居て僕に問いかけた。
あの子が幸せだったってこと、覚えておいてあげて
最初の一人が永遠になったあの日、僕たちに声をかけた少女が居た。
僕は、そんな人たちを周りから忘れさせた。
その罪を一生背負って生きていくんだ、
自分のことを絶対に許してはいけない、
このことは、忘れてはいけないと生きてきた。
今、目の前に命を託そうとした人がいる。
その人から、自分を許してあげてと、そう言われた。
自分の言った言葉なのだから、貴方にはできるのでしょう?
なんて表情で。
ふと、背中を押されるような感覚。
君ならもう大丈夫だよ
そう、聞こえた気がした。
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大人になるということが、背負っていく責任が増えていくと言うことであるならば私たちはきっと
大人になれたんだ。
もう、手を離さないように。ぎゅっと互いに固く結んだまま。