「神と共に」、本国では当たり前の知識なため説明なしで出てくる小ネタ、違う文化圏から見るとあまり共有されてなさそうなので、私の知ってることと、気になって調べたことをつらつらと。ちょこっと願望入り。
別に知らなくても十分楽しいけれど、あのディテールはここから来てる(のかな)、くらいのやつ。ニューカマーの韓国の友人にチェックしてもらったので多分大丈夫。
冥府からの使者を本国ではチョスンサジャと言います。いわゆる死神ですが魂を刈り取るのではなく迎えに来る使者です。チョスンは「あの世」のこと。固有語なので漢字表記はなし。イスンが「この世」でチョスンが「あの世」。
チョスン+使者(サジャ)でチョスンサジャ。
■装束のこと
・黒いソンビ(在野の学者/徳高い人)の服をまとった白い顔の男が三人連れ立って死者を迎えに来るとされています。
これは舞台用貸衣装サイトのチョスンサジャ衣装。一番スタンダードなデザインかと。
http://www.kook-hyang.com/detail.php?c_code1=14&c_code2=136&c_code3=000&pr_code=14136000_10000022
時代劇ドラマ「アラン使道伝」に出てくるチョスンサジャ。帽子がちょっと独特。
http://kandera.jp/sp/arang/cast5.html
黒ずくめで裾の長い上衣が特徴。
なので使者たちのヒラヒラした黒い衣装は、現代風にデザインされた使者装束なんですね。三人が本来の(?)衣装で下界に出向いてた時期も相当長くあったと思うので、それも拝んでみたいところ(ヘウォンメク、使者稼業当初はあっちこっちで帽子の先っぽをぶつけて脱げてたりしそうです/彼はきっと武人だったろうから、ソンビの格好は使者になってからだよね)
ちなみに、ドラマ「トッケビ」でも主要人物にチョスンサジャがいまして、同様に現代風にアレンジされた使者装束を着ています。帽子もセットになってて、こちらもとても素敵。
http://news.chosun.com/site/data/html_dir/2016/11/30/2016113000526.html
で、韓ドラ時代劇を見てる方にはお馴染みですが、このタイプの伝統的な帽子って、シースルーなんですよね。あと上着も薄く繊細な麻布を重ねることがあって、それも透ける。下の衣装の色を透かして合わせる着こなしもあります。
色の透け感はこういう感じ。
https://m.blog.naver.com/PostView.nhn?blogId=y8317&logNo=221316945043&navType=tl
カンニムのコートの裾が透けるのには、多分そこらへんの要素が入ってるんじゃないかなぁと私は勘繰っています。
■風習のこと
・迎えに来た使者が死者の名前を3度呼ぶと、死者の魂が体から離れて外に出てくるので、その魂を冥界へ連れていく。
だからジャホンもドクチュンから名前を三度呼ばれた後に使者の姿をみつける(それまでは自分が死んでると自覚してない)。
例のラストシーンでは使者達が三度目の名前を呼ぼうとするのをあの人が遮って、魂が連れて行かれるのを阻止します。あのタイミングで登場するの、巧いよなー…。
・貴人と書かれたあの紙は赤牌旨(チョッペジ/チョクペジ)と言い、あれに書かれた名前を名簿と照らし合わせて死者を迎えに行きます。しかしいかんせん目印になるものがなく、わかっているのは名前だけなので、間違えて同姓同名の別人を連れてきてしまい閻魔様に怒られててんやわんやする民話もあります。
そのシチュで右往左往する使者たちはちょっと見てみたい。
(Twitterの方で間違えて「赤牌『紙』」と書いてしまいましたが、正しくは「赤牌『旨』」です、ごめんなさい)
・韓国では、やって来た使者をもてなすために喪家の玄関や庭に三組のごはん、草鞋、銅銭を供える風習があります。
これは「死者の旅路をお守りください」という願いのこもった、迎えの使者への捧げものです。
このごはんのことを"使者(サジャ)+ごはん(パッ/パプ)"で「サジャッパッ/サジャッパプ」と言います。
カンニムが登場時にメシ食ってるのはその名残なのかなと。あれは精進落としなのでお供えではないですけど、「お迎え先の家で出てくる飯を食う」が1000年の務めの中で彼のルーチンに組み込まれてるんだろうなーという感じ。
で、これは私の願望ですが、お供えの風習が薄れた現代でもカンニムは自発的に葬式飯を食べに行き、それを供えに見立てて「死者の旅路を守りますよ」という誓いの儀式(ってほど重くはないけど、仕事に取り掛かる前の職業貫徹の表明)にしてたらカッコいいなー、などと考えています。
数え切れないほどの葬式飯を食ってきて、もはや業者名見ただけで「ここの仕出しはイマイチなんだよなー」なんて判断できそう。多分、アシュラの市長とは精進落としのグルメ座談会ができる。
ちなみに、供え物のお膳は玄関か庭に出しておくのが鉄則です。家の中に招くと使者が居着いて帰らなくなり、家に更なる不幸を呼び寄せるとされているので。
また、現世で彼らをもてなす側にもとんだ食わせ者がおりまして、「やってきた使者を豪勢にもてなして、前後不覚にした挙句に手ぶらで帰らせたぜ、死なずに済んだよー」みたいな民話もあります。後でひどい目に遭いますが。
どうも民話での使者たちは融通が利きすぎたり、ちょっと抜けてることが多い(でも怖い時は普通に怖い)。
・少し調べてみると、一部では「使者がもてなしを受けたら、もてなした側の言い分を聞かねばならない」なる冥府のルールがある…という伝承もあり、そのせいで死なずに逃げ切れることも少なくないみたい。
もしそのルールがこの世界に適用されるなら、カンニムはあえて行った先でメシを食って、自分が横紙破りをする名分にしていそうだなとも思ったり。
「えー、そうは言っても、お迎え先でご飯を頂いてしまったので、亡者の言い分も聞かなければいけないでしょう?」
…などと判官たち相手にふてぶてしい顔で嘯くカンニム見たい。
(後ろで「そうですよー」って適当なノリで頷くヘウォンメクと、にこにこしながら該当の条文を読み上げるドクチュン)
■カンニムさん
・チョスンサジャで一番の有名人がカンリムトリョンです。降臨童子や降臨君とも書かれる。
ていうか、トリョンってどう訳せばいいんだ。地位の高い未婚の(若い)男性を呼ぶときの言葉なんですが。つまりカンニムさん独身貴族ってこと?
(追記:ごめんなさい、カンリムトリョンの説話をさらに追って見たところ、元ネタの方は既婚者でした。トリョンなのに…。使者になる前は、とても聡明な細君がいらっしゃった模様です)
この元ネタのカンリムトリョンと閻魔様との逸話には「ぅおーい!」ってなるのが色々あるんですが、これは2章でがっつりやってくれると思っていいのでしょうか。待ってる。
■その他歴史ネタ
冒頭で言及される「論介」(ノンゲ)は文禄慶長の役の頃の妓生(遊女)の名前です。
秀吉軍の侵攻に陥落した街で、川縁の高所にある東屋にて宴席を設け、敵将が油断したところを討ち果たしたという逸話があります。
その方法は「敵将に抱き着いて東屋の柵を越え、諸共に川に身を投げる」というものでした。
なので、命を奪うためか守るためかは正反対だけれど、422年前の前回同様、今回の「壮絶な最期の貴人」も「高所から人を抱えて落ちて死んだ、自己犠牲の人」ということになります。もしかしたら論介の弁護もこの三人がしたのかな。
また、嘘を裁く法廷で名前の挙がった「忠武公」は李氏朝鮮最大の英雄、言わずと知れた李舜臣のこと。
合戦中に致命傷を追った彼は、戦闘が終わるまで自分の死を伏せるようにと言い残して息絶える。味方の士気を保つためであるし、敵に付け入らせないためでもある。
で、冥府の判例にそれが載ってる、つまりあの李舜臣も裁判を受けてたのかよ…!って、一介の定命者としては「冥府のスケール、とんでもねぇな!」という気持ちになったり。冥府からしたら「何言ってんの?」ってくらい当たり前のことなんだろうけれど。