煽堂君しか知らない、琳ちゃんとの二度目の別れ。そしてED後のちょっとしたモノローグ。あの場面で別れ際にキスをしないなんてあり得ませんよね……?
※にこいち様作「Vampire Rose ー吸血鬼の花嫁ー」のネタバレを含む
誰もがすっかり寝静まった夜の病院を、煽堂蓮は静かに歩く。
両腕で前に抱えている彼女――如月琳を離さないように、起こさないようにゆっくりと、慎重に。
「最後のエスコートくらいしてあげるものよ、王子様」なんて言われた以上、せめてそれらしいことはしないと、またどんな小言を言われるか分かったものじゃない。
俺にそう言った「魔女」と名乗る女性――ソフィアには、だいぶ世話になった。
組織のサーバーに侵入して情報を書き換えるだなんて予想だにしていなかったけれど、少なくとも敵意はなかった。俺の血液を代償だなんて、こちらに分がある取引だったにも関わらず、何度も手助けをしてもらったと思う。
ようやく辿り着いた、満月の月明かりが差し込む病室。その角に置かれた白いベッドに彼女を寝かしつける。
仕事で疲れた彼女をたまに私室に運んでいたことを思い出し、ふと笑みが零れた。
でも、そんな「日常」とは既に別れを告げている。
そして、今度こそもう一度、彼女と別れを済ませなければならない。
「……悪かったな。面倒事に巻き込んで。というか、いろんなものに巻き込まれる体質、変わってないんだな。吸血鬼にまで好かれるってなんだよ本当」
最初聞いた時は半分冗談だと思っていたが、こうして組織に所属した後に改めて聞くと、本当にとんでもない体質だ。常人には理解し得ないものに好かれる、特異体質……。
「君のような『化物』が、彼女と幸せになれると思っているのかい?」
先刻、命のやり取りをした「人外」からの言葉がチクリと胸を刺す。
あの時、俺は言い返せなかった。認めてしまったのだ。
「……あいつの言うとおりだよ。俺は確かに、もう人間じゃないのかもしれない、のかな」
もちろん俺自身は人間だと、そう思っている。でも、同時に今扱っている力は紛れもなく「人外」の領域にいる存在と戦うためのもの。変身装置も超能力も、普通の「日常」を生きる人の手には余りすぎる。
「本当に、ごめん。俺は、お前のことが好きだけれど……だからこそ、もう会えないよ」
会ってはいけないのだ。どんなに会いたくても、話をしたくとも、彼女をこれ以上巻き込むわけにはいかない。
「でも、お前のこと見守っているから。ちゃんとお前の帰る場所も、大事な世界も、俺が守るから」
俺の「日常」は既に彼女とは違えた。それぞれの居場所に戻らなくてはならない。
「……元気で。それじゃ」
別れの挨拶を済ませてその場から立ち去ろうとした時に、気づく。
数日前と同じく、彼女の手が俺の洋服の裾を握っていた。あの時とは違ってすぐに引き剥がせそうな、ほんの僅かな力を込めて。
「……蓮君。私、待ってるから、ね」
彼女の寝言は、誰に宛てたものではなかった。それに「待っている」なんて言われても、もう会えないと分かっている。
けれども、思わずこみ上げてきた衝動のままに彼女の頭を撫でて、眠っている彼女の唇にそっと口付けた。
これで「エスコート」だなんて冗談でも言えなくなってしまったが、これでもう十分だ。
彼女の手を振り解いた俺は、音も立てずに踵を返した。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
あれから数日後。重要機密であるはずの組織に直接、俺宛の封筒が届いた。
差出人は「ソフィア」……中には、俺の名前が刻印されたスターチスの指輪が入っていた。
上司である小沢さん曰く、花言葉は「変わらぬ心」「途絶えぬ記憶」だそうだ。随分と粋な真似だと思う。
初めは填めるつもりがなかったが、「填めない」なんて言ったら怒られる未来しか見えなかった。
これくらいは、許されるだろうか。たとえ会えなくても、話せなくとも、心だけは彼女といることぐらいは。
そんなことを思いながら、俺は自分の左手の薬指にその指輪を填めた。
――さて、これで俺にも少しは“物語の終わりを作る才能”があるって言えるよな?