【シナリオネタバレ注意/現行・未通過✖】「功利のドミノ」の自PC「愛ノ宮華恋」の手帳:~第0話
4月〇日
今日から捜査一課で仕事をすることになりました。
まだまだこれから覚えることは山ほどあるのだろうけれど、
これでようやく本当の意味で、一人前の警察官として認められたかのようで、なんだか嬉しい。
街のおまわりさんへの憧れから始まった、子供のような夢だけれど、こうして突き進んできたことに後悔はありません。
両親こそ理解してくれるようになったものの、未だに親戚筋からは、良家のご令嬢が恥ずかしい、だの、よい旦那を見つけてお家のために、だの、官僚ならともかく刑事だなんて、だの言われるけれど。
わたくしはこれでよかったのだと思っている。
生傷が絶えなかろうと、泥臭く駆けずり回ることになろうと、それでいいのです。
見かける子供たちが笑いかけてくれたり、どこかのご夫婦が幸せそうに歩いていたり、ご老人がのんびりと日向ぼっこしていたり。
わたくしたちが警察官として、正義を守ることで、そんな風景がこれから先も続いていくのであれば、このお役目には立派な意味があるのだから。
わたくしがやらなくてもいいのかもしれない。でも、わたくしは、わたくしの手でその光景を作れたら、と思うから。
法と正義だけでは裁けないものがあることも知っている。人の世は、白黒つけられることよりも、つけられないことのほうがきっと多いのでしょう。
それでも、誰かがやらなくてはいけないことならば、わたくしはその手のひとつになりたいと思います。
幸い、配属された課の先輩方は、皆人の好さそうな方ばかり。
相模さんは知的で大変穏やかでいらっしゃるし、天音さんはまだお若いのに、とても優しそうな方。時々写真を眺めて微笑んでいらしたから、きっと家族や恋人を大切にしてる方なのね。
相模さんは、どこか掴みどころがないけれど、それでも眼差しに慈しみを感じられる方だった。きっと信じられる人。
それに、同じタイミングで配属された四月一日さんも、わたくしよりもいくつも年下なのにもう一課に配属だなんて、とても優秀なのでしょうね。人が好さそう……とは言えませんが、なんとなく、根はまじめな方なんじゃないか。そんな気がします。お顔は笑っているけれど、壁を作られているよう。いつか仲良くなれるといいな。
これから頑張りましょうね、愛ノ宮華恋。
5月〇日
相模さんは本当に素敵な方!ティータイムが欲しいですと相談したら、皆に迷惑にならないなら自由にしていいよとおっしゃっていただきました。
しかも、自信がありますと啖呵を切って淹れたお茶に、丁寧なお褒めの言葉までくださいました。
相模さんは、お仕事の教え方もとても丁寧でわかりやすく、決して責めたり偉ぶったりすることもありません。わたくしはなんて良い上司を持ったのでしょうか。
一課の仕事は想像以上に事務仕事で、毎日書類とにらめっこをしていますけれど、これなら乗り切れそうです。
それに、平和であるならそれに越したことはありませんからね。
ティーセットを持ってきてもいいと言っていただけたので、少しずつ他の皆さんにも振舞って、紅茶の市民権を獲得するとしましょうか。
刑事の方々は、どうにも珈琲がお好きなようなので。
楽しみです。
6月〇日
雨が降ると天音さんが早くお帰りになるので、とてもわかりやすいです。お天気予報ですね。
気になって訊いてみたら、妹さんの迎えにいってらっしゃるとか。優しいお兄様。家族の仲が善きことは美しき哉、ですね。
わたくしも徐々に仕事に慣れてきましたし、お父様とお母様を誘って食事にでも行こうかしら。
……いえ、やはりせっかくなら、もう少し胸を張って一人前、と言えるようになってからにしましょう。わたくしの道を認めてくださったお二人に、立派な姿を見せたいですから。
7月〇日
クールビズが始まって少し経ちましたが、どうにも視線を感じますね。いつものことではあるので、気にはしませんけれど。
それから、今日は夏休み前ということもあって、外回り中に通りかかった小学校の校庭で、安全講習をしているのを見かけました。
わたくしの憧れのきっかけとなった光景を見ていて、とても懐かしくなってしまいました。青い制服を着たおまわりさんって、どうしてこうも立派で格好よく見えるのかしら。
刑事になったことに後悔はありませんが、たまには今も着たくなります、ああいう制服。研修時代は大はしゃぎしたものでした。
体操服で座り込んでいたあのちいさな子たちの中から、次の世代の警察官が生まれるかもしれないと思うと、なおさらお仕事に身が入るような思いです。
市民の皆さんの平和を守るためにも、頑張らなくてはね。
8月〇日
毎日暑いですね…。夏は好きですが、暑さと冷房の強さには少し辟易してしまいます。男性陣のために冷たい紅茶、それからわたくしのために冷え性に利く紅茶のレシピでも考えましょう。
忙しくてしばらくキャラメルに会いに行けていませんが、元気にしているかしら。夏バテしていないといいけれど。
そういえば、四月一日さんと資料室の前で出くわしたので、少し話す機会になればと思って、高いところの資料を取ってくれるようにお願いしてみたのですが。
笑ってはいましたが、面倒だと思っているのだろうなとわかってしまいました。もっと優等生な、取っつきにくい方なのかと最初は思いましたけれど。素直というか、少し幼さがあって可愛らしいものです。
話を振る前に戻ってしまわれましたが。
あまりやりすぎても嫌われてしまうでしょうけれど、せっかく同時期に配属された縁なのですから、もう少し親しくなりたいですね。別のアプローチを考えてみましょう。
9月〇日
一課にきてから、いくつかの刑事事件に携わりましたが、今回は特に大きなお仕事でした。
相模さんの支えがあったとはいえ、主体的に動くことを許していただけて、とても勉強になりました。
それに!相模さんに、頑張りましたと言ったら、労いに今度食事でもどうかと言っていただけたんです。ご褒美につられるのは現金かもしれませんが、嬉しいものは嬉しいです。
でも、食事よりもわたくしにはお願いしたいことがあったので、明日聞いてみようかしら。
この間、アンティークショップで見かけた綺麗なグレーとゴールドのティーカップ。きっと相模さんに似合うと思うので。
10月〇日
ティーセットが増えてきたので、思い切って小さなラックを買って給湯室に置いてみましたが、日々のお茶淹れの効果が出たのか、いやな顔をされる方はほとんどいませんでした。積み重ねってやっぱり大事ですわね。
ついでにお花なんかも飾ったりして、味気ない一課の空気が少し明るくなったかしらと思っていたら、天音さんがやってきて目を丸くしてから、同じことを言ってくれました。嬉しいことです。
やはり珈琲の方が好き、という方も多いですから、次は珈琲の淹れ方も究めてみようかしら。香りのストレス解消効果はばかにできませんからね。捜査一課の仕事というのは、地味な時も事件がある時もなかなか大変なものですし、参ってしまう方を防止できると考えれば、これもひとつの平和を守るお仕事かもしれません。
11月〇日
すっかり肌寒くなり、冬のはじまりを感じます。誕生日を迎え、これでわたくしもまたひとつ大人になりましたね。歳に見合うだけの成長と、歳を忘れさせる朗らかさを、忘れずにいたいものです。
誕生日をお祝いしたいからと、お父様とお母様が食事の機会を作ってくださったので、なんだかんだと後回しになってしまっていましたが、改めて感謝を伝えることができました。
お二人が、鉄砲玉のような娘を愛し、理解してくれたからこそ、今わたくしはこうしてやりたいことができているのですから、感謝は絶えません。
相模さんという、第二のお父様のように思っている上司ができましたと言ったら、お父様ったら黙り込んでしまって。少し可笑しかったですわ。
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2月〇日
なんだか妙にそわそわしている方たちがいるなぁ、と思っていたら、今日はバレンタインだったんですのね。ここ数日事件対応の後処理で忙しく、すっかり忘れてしまっていました。
大慌てで外回りの帰りに寄り道をして、皆さんにチョコレートを差し入れましたが、来年はきちんと相模さんへ、日ごろの感謝を込めてご用意しなくては。
相模さんは何を差し入れても、どんな紅茶を淹れても、きちんと褒めてくださる一方、苦言を呈されたことはないのですけれど。せっかくなら喜んでいただきたいですし、1年かけてしっかりリサーチすることにしましょうか。
そういえば、四月一日さんには差し入れをお断りされてしまいましたね。恋人がいらっしゃるのかもしれません。悪いことをしました。
天音さんはチョコを渡してもそわそわしていたので、きっと今頃、おうちで妹さんにもらったプレゼントに大喜びしているのだろうなと思います。
3月〇日
まだ少し冷えますが、桜の気配が見えてきて、とても嬉しい気持ちになります。やはり春はいいですね。出会いと別れの季節といいますし、切ないものと感じられる方も多いかもしれませんが、わたくしは春は希望の季節だと感じます。
眠りに就いた命がまた芽吹き、新たな世代が花開く季節。きっと、わたくしのように警察になることを夢見ていた若い方々もいるでしょう。
それに、一課にもきっと新しい風が吹くのでしょうね。
わたくしの後輩になるというのは、あるいは災難かもしれませんけれど。相模さんもおられますし、精一杯お手本になれるよう頑張りたいものですね。
どんな素敵な出会いが待っているかしら。楽しみです。
4月△日
叉陽玻璃くん。記念すべきはじめてのわたくしの後輩の名前です。雅なお名前ですよね。
今日、はじめてお会いしましたが、素直で可愛らしく、明るくて真っすぐな、とても好青年でした。
笑う時もしょげる時も一生懸命で、元気いっぱいの子犬のようだと思ってしまいました。
あんなにも真っすぐにきらめく春の若葉色の瞳に、これから先、たくさん人の醜さややりきれなさが映るのだと思うと、ついつい心配になってしまいますけれど。
でも、きっと大丈夫ですよね。ここには相模さんや天音さんのような頼れる先輩方もいますし、何よりわたくしが、彼が濁らぬよう、守り支えてあげられればと思います。
とはいえわたくしの方が随分はしゃいで、あれやこれやと構ってしまったので、そのうち呆れられてしまうかしら?なんて。
たった一年とはいえ、先輩は先輩ですからね。刑事に憧れを抱いているという彼に失望されないよう、頑張らなくては。
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7月△日
梅雨も明けて、どんどん暑さが近づいてきましたね。
今年は梅雨とはいえ、あまりにも連日雨が続き、天音さんが早上がりばかりでお仕事に苦しんでいらっしゃったので、
てるてる坊主を妹さんと一緒に作ったらどうか?と提案したところ、次の日からぴたりと雨がやんで笑ってしまいました。よほど気合を入れて張り切って作ったのでしょうか。
叉陽くんは持ち前の明るさですっかり一課にも馴染み、毎日ころころと表情を変えながら、色んな方々に可愛がられつつも楽しそうにお仕事に励んでいます。
わたくしも明るい方だと自負していますが、彼が来てからはわたくしの方が元気をもらってばかりですね。彼の朗らかな笑顔には、人を元気にさせる力があるようです。
今日もつい、他愛のない会話をたくさん振ってしまいましたが、叉陽くんは健気にも嬉しいと言ってくれました。
初めてお会いした時、純粋そうな彼を心配したものですが、意外と無用な心配だったのかもしれません。
彼もきっと、明るいだけではなく、内に秘めた決意や、抱えた何かがあるからこそ、ああして真っすぐでいようと努力している方なのですね。
この数か月、片鱗はなんとなく見え隠れしていましたが、今日の横顔を見て確信しました。
とはいえ、彼が話したくないことまで話してほしいとは望みません。ただ先輩としてそばにいて、彼が誰かに寄りかかりたくなった時、受け止めてあげられればいいのですけれど。
おそろいのティーカップを買いましょうと約束したので、相模さんへ早速おねだりしてみなくてはね。今度は三揃いのものを買いましょう。
希望の春の色をした彼に、よく似合うような、明るくて優しい色のカップが見つかりますように。
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3月△日
最近は、諸々の刑事事件もさることながら、不審で物騒な案件が相次いでいますわね。
大きな騒ぎにまではなっていないものの、世間がぴりついているというか、小競り合いのようなものが妙に多いのです。
従来の傾向から言って、確かに飲み会の増える年度末というのは、酔っ払いの皆さまが起こす小さな事件というのは多いですが、今年のものはそれとは少し毛色が違うように思います。
何事もなければそれでいいのですけれど。市民の皆さんの平和と幸福を望む身からすれば、却ってこういった、事件とも言い切れない小火のようなもののほうが厄介ですね。
そういえば、一昨日、お手伝いの田中さんが臨時休暇となったことをぽろりと漏らしてしまったら、叉陽くんがまたお弁当を作ってきてくださいました。
以前もお弁当を何度か作ってくれたことがあって、とても美味しかったので気に入っていましたし、とても嬉しかったのですけれど……彼の負担になっていないことを祈ります。
叉陽くんは意外と手先が器用で、可愛らしい飾り切りだとか、タコさんウィンナーなんてものも作ってくれて。本当に尊敬します。
実はハンバーガーやジャンクな食べ物も好きなんですと言ったら、色とりどりのサンドイッチを入れてくれたこともありましたね。
いつか、憧れのラピュタのパンを作ってとお願いしたら、作ってくれるでしょうか。……パズー風の叉陽くん、とっても似合いますね。
もしくは、彼が好きだというオムライスを振舞ってもらうというのも楽しいかもしれませんね。わたくしの紅茶のように、こだわりがあるならばきっと素敵なものが出来上がるでしょうから。
4月✖日
どうして、こんなことに。
ああ、本当にごめんなさい。きっと痛かったでしょう。苦しかったでしょうね。
親不孝な娘でごめんなさい、お父様、お母様。せっかくわたくしの夢を応援してくださったのに。
情けない部下でごめんなさい、相模さん。憧れの先輩でいられなくてごめんなさい、叉陽くん。
せめて、罪を償わなければ。わたくしには猶予が与えられてしまいました。
この猶予を無駄にしてはいけません。わたくしの罪を立証し、白日のもとに曝し、そして裁かれる時までに、一人でも多くの人を助けなくては。
今は何も証拠がないけれど、わたくしだけは忘れてはなりません。手の傷は痛みますが、化膿しない程度の最低限の治療で済ませましょう。跡が残るように。
この傷跡だけが、今のわたくしに残された唯一のよすがです。
あの少女のことも心配です。わたくしの愛する方々に少しでも顔向けできるよう、まだ、戦わなくてはいけない。うつむいている暇はありません、愛ノ宮華恋。すべきことを。
4月◎日
今は仕方のないこととはいえ、素知らぬふりをして日常を謳歌するのは、どうしようもなく居心地が悪いですね。
しかし人間とは現金なもので、相模さんや叉陽くん、天音さんや四月一日さんと笑顔で食卓を囲むと、自然と頬が緩み幸せな気分になってしまいました。
相模さんのご様子が少しばかり心配ですが、杞憂でしょうか。でもきっと相模さんなら、わたくしの言葉はきちんと届くと信じています。
今のわたくしがこんなことを思うのは、厚かましいのかもしれませんけれど。
逃げてはいけないと胸に誓ったものの、こうして日常を与えられてしまうと、失うのが恐ろしくなってしまいます。
一日も早く裁かれたいという思いと、一日でも長く皆さまと過ごしたいという思いとが綯い交ぜになって。でも、どちらも逃げていることに変わりはないのでしょうね。
真っすぐ立ちましょう。最後の瞬間まで胸を張って、人々を助けましょう。それこそが警察官として、わたくしにできる最後の正義です。
5月✖日
まさか、このようなことがあるとは思っていませんでした。
怒涛の一か月だったように思います。目まぐるしい忙しさで、日記も数日飛んでしまいましたね。
詳しいことはここにも書けませんが、とにかく相模さんがお元気なのであればよかった。
今まで知り得ていた常識はたくさんひっくり返されてしまいましたけれど、不幸中の幸いか、わたくしにはあの苦い経験があったので、
いつもなら冗談だと一笑できてしまいそうな、突拍子もない話も、そんなこともあるかもしれないと思うことができました。
この目で見て、この身で感じたことを、信じないわけにはいきませんから。
ほかにも、不幸中の幸いというのはいくつかあって。あの日見た男性、神宮司さんと、思いがけず仲間になれるとは思いませんでした。
仲間という点は彼には否定されてしまうかもしれませんが。
正直、現状であの日のことの手掛かりになりそうなのは、謎だらけのあの声明と、どこにいるかもわからないあの少女だけだったので、まるで彼が蜘蛛の糸のように見えた、というのが本音です。
乱射事件の警察官の方々は、わたくしの事例とは少し違うように思えましたからね。
いつか折を見て、彼には話してみてもいいのかもしれません。正義感も強そうですし、この間見かけた、局長とお話ししていた姿からして、真っすぐな方なのだろうというのはわかりましたから。
負担をかけてしまうだろうことは忍びないですけれど。