看板SS-3
エリーニュスから見たグ・ガンダ
これは、あの戦いの後日談。
「われから見たグ・ガンダ、か?」
「ああ、ポプルス達からは倒すべき敵っていうか、許しちゃいけない奴だったし、俺からすれば越えるべき因縁だったけど、エリーニュスから見たらどうだったのかなって」
「ふむ……」
彼女は少し考え込む。俺から生まれた存在だからといって、俺と同じ感情を抱いていたと言う訳ではないようだ。
「では、いくつかの視点から話してみるとしようか。セイルもそれを望んでいるようだしな」
「頼む」
やはりと言うか、見透かされているようで、この対話は俺の中で奴との因果の整理の意味も兼ねている。
「まずは、われの感情を込みにした個人的な見方をすれば『畏敬すべき敵』と言う所か」
「敵って言うのは分かるけど、畏敬って言うと?」
「うむ、確かにあやつの行いは"人族"としては許されざるものだろう。しかしだセイル」
パフェを掬っていたスプーンを器の中に置く。
「ゴブリンと言う種としては、何も間違っていない。ゴブリンとは元より刹那的で我欲的だ。奪い、殺し、快楽を求める、そう言った種の筈だ」
「……そうだな」
「だが、あやつはその"種としての本能"よりも、"種の繁栄"を目的としていた。最初は己が強さを高めるためだったかもしれんがな」
確かに、ネームドボスモンスターだからとあまり気にしてはいなかったかもしれない。
「種の枠組みを逸脱し、国を興すまでに至ったグ・ガンダという存在には、畏敬の念を抱かずには居れんだろう。だからこそネームドたり得たのやもしれんがな」
これもまた、ディアの言う枠組み越えとやらの一つの形かもな、と彼女は付け加える。
「なるほど……」
思ったよりもエリーニュスは客観的に物事を見ているのかもしれない。純粋に人族ではなくアニムスだからこその考えかもしれないが。そう考えていると、ホールスタッフが新たにパンケーキとババロアを持ってくる。どうやら俺が考え込んでいる間に注文されたらしい。
「強大な一個人のワンマンではあそこまでの国は興らんだろう。あやつの供回りもあやつの為に尽くしておった、盾がもっとも顕著であったが。そう言った所謂カリスマと言う奴が、あやつにはあった。彼についてゆけば自分達はもっと豊かになれる、刹那的なゴブリン達に、長期的な目での繁栄を見据えさせていたのだあやつは」
……なんというか、驚かされた。エリーニュスは本当に俺の中から生まれたのか?
「さて、次は人族の味方として見れば、だ。これは単純、打ち倒さねばならぬ悪、であろうな」
「やっぱりそこはあまり違いはないんだな」
「当たり前であろう。あの国が更に規模を大きくし、グランゼールになだれ込んでみろ、幾らViperやソニアが居るとは言え戦線が広がればポプルスにも甚大な被害が出るだろう」
「そりゃそうだ」
「故、これについてはあまり語るべきこともないな」
彼女はババロアの器を端によけると、パンケーキにナイフを入れ始めた。
「そして次、と言うより最後だな。お前のアニムスとしての見方をした時だ」
自分の中に少しの緊張が走る。行き詰った時や考えを整理したい時は彼女と話してみるようにしているが、いざ面と向かって言われるとドキドキするところがある。
「これも単純だ、越えねばならん壁と言う所だろう」
その言葉に安堵する。そして、やはり彼女は俺の魂から生み出された物だと実感する。
「われの初陣は奴との戦いで黒星で始まっているのだ、乗り越えんことにはこの胸の靄は晴れんだろう」
「それは悪かったよ、俺もあそこで覚醒するとは思わなかったんだ」
「お前を責めているのではない。現実は物語のようには上手くいかぬ、土壇場で新たな力に目覚めたとて、逆転が出来る訳でもない」
はむ、と大きく切り分けられたパンケーキを頬張る。
「むぐむぐ……だが、初陣の黒星をそのままでいてはわれも、きっとお前も心の奥底にしこりとなるだろう?故、再び相見え、打倒出来たことは幸運と言えるであろうな。この世界では知らぬところで他の者に打倒されてもおかしくないから」
「……そうだな、俺達は運が良かった、けど……」
と言い淀んだところで彼女の持っていたフォークがこちらに向けられる。
「どうせお前は自分が活躍出来た訳ではないし、などと考えておるのだろう。それに加えて、そんな自分がMVP報酬を受け取っても良いものかとも考えている」
やはり、全部お見通しらしい。
「セイルよ、そうして振り返って自己分析が出来るところは良いところでもあり、悪癖でもあるな」
呆れながら彼女は続ける。
「一度振り返り終えたのなら、それはもうお前の糧だ。お前が考えるべきは、その糧を得て"これから"どうするかであろう?」
俯いていた自分の頭が上がる、そこにはやれやれと言った表情の彼女が居た。
他のアニムス、メイデンがどんな性格なのかは分からないが、彼女がこんな性格なのはもしかしたら……。
まだ、俺の中に兄さんが居たら、なんていう"導いてくれる存在"を求める気持ちがあったのかもしれない。