パラクラ
ノーマンが昔のことを夢に見る話
自探しか出てこない
流れていく針葉樹に傾く西陽が遮られ、車窓がチカチカと明滅するように光を反射していた。窓ガラス越しにそんな様子を眺めながら、程よい疲労感の中で、緩やかに船を漕ぎ出す。レットイットビーの情緒的なピアノが相まって、けれどこのまま眠ってしまうのもなんだか惜しくて、ノーマンは懸命に目をこすっていた。
「ノーム、眠いなら寝ていいよ」
そんな弟の姿に苦笑をしながら、マルシアはノーマンの頭を優しく撫でた。
「やだ、ねむくないもん」
「うそつくとおっきくなれないんだよ」
「えっ」
マルシアの言葉に、ノーマンは目を大きく見開いて驚く。とおもえば、ぐしゃりと顔を歪ませた。マルシアの適当な言葉を間に受けてしまったようだ。
そんな弟の様子を見て、マルシアはおかしそうにくすくす笑う。
「こら、マリー?」
「ノームって何でも信じちゃうよね」
「えっ、うそなの? ボクちゃんとおっきくなれる?」
「ハハハ、大丈夫だノーム。ノームもパパみたいに将来でっかくなるぞ」
ルームミラー越しに不安げなノームの顔を見て、ティムは笑った。地域のバスケットチームに所属しているティムは背丈も腕っぷしもそれなりにある。ノーマンは妻ジェニファーに似てやや小柄に生まれてきたと言われていたが、それでも父親がこうであれば将来性はあるだろう。ジェニファーもそうね、とティムに同意するように頷く。
「よかった! ボク、おとなになったらパパみたいにおおきくなって、おねえちゃんのおてつだいするんだ!」
「私の?」
「うん! おねえちゃんはFBIになるんだろ。FBIはすっごくたいへんだっていってたから、ボクもおねえちゃんのおてつだいする」
マルシアの夢はFBI捜査官だった。アメリカ全土を飛びまわり、さまざまな事件を解決し、犯人を捕まえること。それは、ひいてはこのアメリカに暮らす家族たちの生活を守ることにもつながるからと、物心ついた頃にはすでに心に決めていた夢。
ノーマンはその話を、もう何度も聞いていた。まだ幼く、FBIがどういうものかをきちんと理解はしていないものの、並大抵の努力ではなれないような仕事で、難しく、そして想像を絶するほどに大変で、危険でもあると、それくらいなら理解していた。
そんなすごい夢を抱える姉を、ノーマンはずっと、かっこいいと思っていた。
「ノーマンが支えてくれるなら、何の心配もないね」
誇らしそうに胸を張るノーマンを見て、マルシアは穏やかに微笑んだ。
「うちの子は優秀だな! パパたちも安心して暮らしていけそうだ」
「うん! ボクとおねえちゃんがママもパパもみんなまもるよ!」
「スクールの課題もちゃんと守ってね、ノーム?」
「えぇ〜」
「帰ったらお姉ちゃんと一緒にやろっか」
ノーマンはげんなりとした顔で大きく息を吐く。サマーキャンプが終わってから諸々片付けよう、と全て後回しにしていたため、今頃家には一切手付かずの課題が山のようにあるのだ。
マルシアの言葉に、ノーマンは肩を落としながら首肯を返す。
レットイットビーはいよいよクライマックスに入り、ボーカルの歌声がいっそう感情的な色を強めた。
ティムはジェニファーと今晩の夕食の話を始めながら、カーブにあわせてハンドルを切る。
その時だった。
突如、前方に大型のワゴン車があらわれた。
ティムは慌てて避けようと反対側にハンドルを切るが、間に合わない。
車体に大きな振動と衝撃が走ったかと思うと、車両はそのままガードレールを突き破って外へと飛び出した。
「ノーム!!!」
何が起こったのか、理解が追いつかなかった。
浮遊感に包まれる中、マルシアの叫び声とともに何かに覆い被さられ、ノーマンの視界は閉ざされる。次いで、強く叩きつけられるような衝撃。あたたかいものに包み込まれながらでもそれはノーマンの小さな身体にしっかりと響いた。腕が、背中が、足が、ベシャリと潰れるような感覚。しかしそれらから守るように、あたたかなものはノーマンの身体すべてをしっかりと包み込んだ。姉の匂いがすぐ近くにある。ノーマンはただただ怖くて、痛みに混乱して、ギュッと固く目を瞑っていた。
鉄錆に似た匂いが微かに届く。ぬるりと生あたたかな液体が自身の肌に付着したような感覚があった。
「おねえ、ちゃん?」
ようやっと、声が絞り出せた。
途端、ずるり、と自身を覆っていたあたたかなものがずれ落ちて、視界がようやく開ける。
そこに広がっていたのはーー肉塊と化した、かつての愛しい人たち。
ぐしゃぐしゃに潰れた車体と混ざって、腕や足がありえない方向に曲がり、割れたサイドミラーや木々が頭部に突き刺さって、もはや動かない父や母。
そして何より、すぐそばで崩れ落ちた姉は、美しかった顔も体もすべて真っ赤な血液に浸して、ぐちゃぐちゃにつぶれた顔面で、こちらを見ていた。
恨みと憎悪を込めた目で、
「なんで、あなたはこうはならなかったの」
***
「っ、」
急速に意識を引っ張り上げられたような覚醒。
視界に広がるのは見慣れた天井で、どうやらここは自室らしいことを数秒遅れて理解する。当然だ、自室で寝ていたのだから。
いまだ落ち着かない心臓を落ち着かせるように胸に手をやりながら、身体を起こす。うなされていたようで、寝ていただけだというのに呼吸がひどく乱れていた。ノーマンは呼吸を整えながら、額に手をやって目を閉じる。
「(ひどい夢だ)」
家族を失った時のことを、いまだに夢に見ることがあった。幼い頃、家族で出かけたサマーキャンプの帰りに交通事故に遭い、両親を亡くしたあの日のこと。姉は幸い一命を取り留めたものの、全身付随という大きすぎる後遺症を負った。
ノーマンはマルシアが身を挺して庇ってくれたことで軽傷で済み、何の後遺症もなく日常生活に戻れてしまった。もし姉があの時助けてくれなければ、死んでいたっておかしくない。あの事故で生きていたのは奇跡だと言われたが、その奇跡を作ってくれたのは他でもない姉で、そんな姉は代わりに人生を失ってしまった。
青春も、夢も。何もかも。意識を取り戻した日からもう何十年と病院に縛り付けられる生活を余儀なくされている。
後遺症を負ったのが姉ではなく自分であったなら、と、何度思ったことだろう。姉マルシアは自分よりもずっと素晴らしい人だし、無くしてはならない存在だった。
自分が出来損ないだとは思わないが、マルシアより優れているとなど到底思わない。どちらが国にとって利となる存在であるかと問われれば、姉だと間違いなく答えられるだろう。ノーマンにとって、マルシアは強く憧れだった。
ノーマンがFBI捜査官になったのも、マルシアへの贖罪だった。マルシアの代わりに、夢を叶えられなくなった姉の代わりに、生かされた自分がその責務を全うする。それが、自分に課せられた使命なのだと信じて疑わなかった。
そんな身勝手さを、マルシアは最初許してくれなかった。だから進路の話を聞かせた時に、一度喧嘩になったこともいまだに鮮明に思い出せる。
けれど、マルシアは最終的にわかってくれた。自慢の弟だからと、そう言って託してくれたのだ。
「(このような夢を見るということは、まだどこかで不安なんだろうか)」
ふう、と大きく息を吐いて、前髪をかきあげる。
がらんどうとした室内には、ノーマン以外誰の姿もない。いつどうなるかもわからない今の職務を思えば、この環境がちょうどいいことはわかっている。
けれどいつも、この夢を見た直後は特に、無性に寂しくなるのだった。
父に会いたい、母に会いたい。
「(姉さんに、会いたい)」
決して言葉にできない感情を飲み込んで、ノーマンは再びベッドへ倒れる。深呼吸をしてもう一度自身を落ち着かせてから目を閉じた。
幸福な夢を見たいとは言わない。
だからせめて、何の夢も見ませんように。
そう願いながら、静かに意識を手放した。
悪夢
・・・・・
診断でめっちゃいいネタ出たから書いた。
流石に薬出されるほどではないけど実際何度かこのこと夢に見てうなされて夜中に起きて、みたいなことはあったろうなぁと思う。
初めて夢に見た日は吐いただろうなこれ。多分すごいリアルにぐちゃぐちゃになってる光景とか見ちゃって。そんで涙拭いながら、寂しい…ってなってるみたいな。若い頃の話。
関係ないけど外人ってなんか寝てる時上半身裸なイメージ強くて書いてる時ずっとノーマン上裸で想像してしまった。
2023.12.19