今のところ書く気の全く起こらない「葵君、授業参観に赴く」の大雑把な脳内プロットのようなもの。供養。あと自己満足。短編を書く時は大体こんなことを頭の中で組んでから肉づけしています。
◇ ◇ ◇
時系列的には「傀逅」踏破後、草加葵が少女あめを自分の探偵事務所に引き取ってから三ヶ月が経った頃。
葵もあめも互いに深く踏み込まず、さりとて邪険にせずの関係。真の意味で「家族」になるには、もう少し時間がかかりそうな感じ。
事務所にはそれなりに客が来ており、中にはあめ個人に対して差し入れする知人もいる。最近、ようやくあめが怯えずに近所の悪ガキ共に慣れて、彼らに会釈できるようになった。めっちゃ偉い。
◇ ◇ ◇
そんな折、葵は事務所のゴミ箱に一枚のプリントがくしゃくしゃになって捨てられているのを見つける。
表題は「授業参観のお知らせ」
葵の頭に幾つかの可能性が浮かぶ。
自分が片親だと思われなくなかったから。養子縁組という身の上に思うところがあるから。葵に迷惑をかけたくなかったから。それとも、別の可能性なのか。
くしゃくしゃのプリントを手に、どうすればいいのか悩む葵。プリントを回収したはいいものの、言い淀んで本人に話を聞くことができない。
あめの想いにどこまで踏み込んでいいのか分からない。もし、自分と深く関わったら、あんな忌まわしい出来事にあめを巻き込んでしまうかもしれない。
過去に体験した神話的事象が、葵の対人関係に対する姿勢を臆病にしていた。
◇ ◇ ◇
悩んだ末に葵が取った方法は、あめの通う私立学校の担任(女性)に電話をかけ、それとなく探りを入れることだった。こういうことだけはお手の物である。
「あめさんですか? ええ、大人しくていい子ですよ」
「臆病な一面もありますが、ゆっくり話を聞けば自分の気持ちを正直に言ってくれますから」
担任の方があめのことを理解している、と内心少しだけ嫉妬する葵。しかし、その後担任は静かに話を切り出す。
「……ただ、やっぱり彼女には寄り添ってくれる『誰か』が必要なんですよね」
「同い年の子と少しずつ話したり、私や他の大人の話に応じる一方で、どこか寂しそうにしているんです」
「そんな彼女が、保護者の話をする時はとても楽しそうなんですよ。最近のホームルームで大切な人を紹介する活動をした時、彼女、真っ先に貴方の名前を挙げていました。きっと、とても信頼しているんでしょうね」
絶句。頭を鈍器で殴り付けられたとしても、ここまでの衝撃はないだろう。
そんなこと、今まで一度も本人から聞いたことがなかった。「学校が楽しい」「友達ができた」そんなことを何度か聞いてはいたが、葵のことを外で話しているとは思いも寄らなかった。
「そうだ。一つ、少しだけ気になることが……」
◇ ◇ ◇
遊びに行っていたあめが帰ってくる。葵はいつもどおり夕食の準備をしていたが、勇気を出して一言。
「授業参観、どうする?」
すぐに返事はこない。当のあめ本人は驚いた様子。
「……悪い。捨ててあったの、拾って見ちまった」
「怒るつもりなんてねえよ。あめが嫌だっていうなら、無理して行くつもりもない」
「けどさ、俺は行きたい。お前がどんな子と仲がよくて、何が楽しくて、どんなことを勉強しているのか、知りたいんだ。……どう、かな」
沈黙が流れる。葵はあめのことをじっと見つめている。あめは最初戸惑っていたが、葵の視線を受けて少しだけ下を向く。
「…………いいよ」
しばらくすると、小さく肯定の言葉が返ってきた。
「……ありがとな」
「俺、うまくできてるかどうか分からないけれど、これからも頑張るよ」
あめが、他ならぬ自分に信頼を置いてくれていることをようやく自覚する葵。それなら、葵が怖気付いてはいられない。あめの信頼に報いることが、今の自分にできることだと葵は気持ちを新たにする。
◇ ◇ ◇
授業参観当日。
草加家の常識人、長男の草加隼人に相談して選んだスーツ姿の葵。それなりに着こなしている。教室の後方に立ち、他の保護者に混じってあめの姿を見つめている。
黒板には本日の授業活動の見出しが書かれている。内容としては至って普通の授業。教室後方に座っているあめは、それなりにクラスに溶け込んでいるようだ。
不意にあめが手を挙げ、その場に立って回答する。他の子がされているように、クラスの子達が回答者に対して拍手を送る。その様子を見て感慨に浸る葵。
◇ ◇ ◇
授業参観後。何人かの女子児童が晴れた通学路を通って帰宅の途についている。その中の一人にあめがいた。
「あめちゃんのところのお父さん、かっこいいね!」
「優しそうだし、若かったし、いいなぁ〜〜」
「うん。葵さんは、優しいんだよ」
そう言って、満足気に微笑むあめ。児童たちの足取りは軽い。
◇ ◇ ◇
あめのいない事務所。近所の悪ガキ共もいない、珍しく静かな空間。
眼鏡を掛けた葵がノートパソコンを操作しながら、誰かと通話している。何らかの個人情報が羅列されたデータを見ているようだった。
「……悪いな空色、助かった」
「ああ、安心しろって。穏便に済ますさ」
そう言いながら、葵はふと担任の話を思い出す。
『彼女のプリントがときどき、くしゃくしゃになっていることがあるんです』
『こちらでも、クラスの様子を見ていきます。ご家庭でも、どうぞよろしくお願いいたします』
授業参観の様子。あめの座席位置。あめが発言した時の反応。拍手の有無。そこから導き出される、一つの結論。
「これ」に気づかなかった担任を責めるつもりはない。あめ自身違和感はあるだろうが、まだ言い出すようなものではないと判断したのだろう。
しかし、だからと言って許されるものではない。
「……あいつに手を出したこと、後悔させてやるよ」
葵の瞳には、敵意と狂気が滲んでいた。
◇ ◇ ◇
穏やかな事務所の一場面。勉強机に座って宿題を解くあめ。ノートパソコンを操作して書類作りに励む葵。各々が自分の時間を過ごしている。
仕事の報告書を書き終え、一息吐く葵。自分用のコーヒーと一緒にジュースを用意し、あめの机に置く。
「あめ、最近はどうだ。学校」
「うん。お友達とも話ができて、楽しいよ」
テーブルの上には、くしゃくしゃになっていないプリント類が並んでいる。宿題も順調に解けているようだが、一部に空欄も見られる。
不意に、何かに思い至ったのか、あめが視線を変えて葵を見上げた。
「葵さん、何かしたの?」
「何かしたって、一体何の話だよ。それより、宿題。終わったのか?」
「……ううん。ここが分かんない」
「分からない? とりあえず見せてみろよ」
そう話す二人は、確かに「家族」のように見える。
二人の距離が少しだけ近づいたような、そんな話。
◇ ◇ ◇
※全部夢オチでもありかも? 以下、ざっくりとした描写例。
葵は病室で目を覚ます。白い、清潔なベッドの片隅に体を預けて寝てしまっていた。昨日の徹夜が響いたのかもしれない。
顔を上げれば、そこには目を覚まさないあめの姿。いつ起きてもおかしくないような、いつもどおりに寝ているようにも見える。しかし、この七ヶ月、変わることのない光景が広がっている。
何の夢を見ていたのか、頭の働かないまま朧げな思考のまま、葵はあめの手を握る。彼女の体温が、呼吸が、心臓の鼓動が「まだ終わっていない」ことを証明している。
「……大丈夫。今度こそ、俺が」
誰にも聞かれることのない葵の決意は、風に乗ってかき消えた。