otajodon.comに学んだLTLの功罪【分散SNS Advent Calendar 2019】
こちらは『分散SNS Advent Calendar 2019』参加記事です。
https://adventar.org/calendars/4408
2017年5月5日、pawoo.comに登録した私は眼精疲労に苦しんでいた。
登録したばかりの私には知り合いもなければ、pixivユーザーらしくアピールできる作品もない。いや正確には小説と切り絵を投稿していたが、作品とSNSを繋げると面倒だという持論が当時あり、pixiv連携は即切りした。結果、フォローをするにもされるにも完全にゼロからのスタートだった。
人脈も他者からのフォローも期待出来ない私は、フォロー対象者をローカルタイムラインで探すしかない。しかしLTLのスピードはあまりに速すぎる。もちろん連合は更に上を行っており、表示させると私のノートパソコンが掃除機のような音を立てた。額と目元を2分ごとに抑える。
頑張ってトゥートを補足したところで、文脈が掴めないので何を言ってるかよく分からない。
自己紹介系のタグを見ても、知らないジャンルの人が知らないことを言っている。
旅行先の梅田駅で遭難したときのような心許なさにさいなまれる。あのとき、コインロッカーを見つけられず友人の機嫌はどんどん悪くなっていったっけ。
もう目薬をさしてインターネットから逃げたい。
しかしそうも言ってられない(目薬はさした)。
『マストドン始めたけど意味わかんないから30分でやめたったわ』なんて正直ダサすぎる。
そんなのは、新しいサービスについて行けず逆切れする高齢者と同じだ。せめて、せめてこなれてからやめたい。
目薬を眼球に浸透させながら、私は打開策を練った。マストドンはもう少し続けたい。でもpawooは現状手におえない。他に知っているインスタンスはmastdn.jpとfriends.nicoだが、問題にしているのはLTLの流速なのだから、ユーザーが多いところに移っても無意味だ。
そんなとき、ふと以下の記事を思い出した。
マストドンはオタク女子の楽園? 「otajodon」管理人に聞く
https://www.itmedia.co.jp/news/articles/1704/27/news026.html
これは登録前、Mastodonについて下調べていたときに発見したものだ。早速もう一度記事を開いて、紹介されているインスタンスのトップページに行く。
これがotajodon.comとの出会いである。
オタジョのLTLを見て感激した。目で追える。共通の話題について楽しそうに会話している。しかも内容が他愛のないものだったので、私でも理解できる。なんて穏やかな世界だろうか。
流れを遮ってしまうことに引け目を感じつつも、控えめに挨拶トゥートをする。すると、「新規さんだ!」「よろしく!」「おーようこそ!」など歓迎するトゥートが次々と流れる。
会話を中断して、歓待のトゥートを投げてくれる光景に私は思った。
なんだこれ、あったけぇ……!
私はチャットもやったことなければMMOに興じたこともない。Twitterはやったことはあるが、新規を迎えるという文化はない。なので、オンラインで既存のコミュニティにウェルカムされるのは、私にとっては初体験だった。だからなおさら嬉しかった。
オタジョのみんなはフレンドリーだった。
サイン帳風の自己紹介テンプレがあることを紹介してくれたり、Mastodonの仕組みや使い方についても教えてくれた。ここなら続けていけるだろう。そう思って私はしばらくオタジョドンをメインに据えていくことになった。
当時のオタジョドンはLTLで会話をするのが主流である。アクティブユーザーは50人程度だと認識していたが、今思えばもっと少なかったような気がしないでもない。
LTLでの会話は、グルメ、化粧品、家族のこと、仕事のことなど日常の雑感が中心であった。意外というべきか、当然というべきか、オタク的な話題少なかった。Fateや刀剣乱舞がたまに出るくらいだ。
一般的に、オタク女性は地雷に敏感と言われる。そして恐らく自分が踏むことより設置してしまうことを恐れている。
当時のマストドンにはフィルター機能などなく、正規表現を用いた単語ミュートの方法も浸透していなかったので、トゥートには慎重になっていたに違いない。必然的に、LTLには牧歌的な話題が続いていた。
さて私はというと、あまり現実生活についての話をすることを好まず、化粧は苦手、グルメは興味がないと来ている。なので、LTLについていけず引き返すことも多かった。みんなが和気藹々とお洒落の話をしているところに、突然「マリオサンシャインのピンナパークにいるヒマワリって可愛いよね!」なんてトゥートしても混乱させるか気を使わせるかのどちらかである。
「好きなことを好きなときに話せないのはなぁ……」と思ったりもしたが、仕方ないことだ。コミュニティのメリットを享受しつつ、コミュニティの空気を壊して好きに振る舞うというのは無理な話である(未収載で語れば良いと今なら思えるが、当時は未収載を使ってHTLを運用すると言う感覚が分からなかった)。その代わり、話題についていけるときはとても楽しかったことを覚えている。
多少の不自由とは折り合いをつけつつ、おたじょどんでは概ね楽しく生活していた。
ところがある日、いつものようにオタジョドンに来たら、LTLがただならぬ雰囲気になっていた¥。
きっかけはあるユーザー(以下、A)の愚痴――というか、嘆きであった。
Aは某漫画の大ファンであった。某漫画はアニメ化を控えて巷で大きく話題になっていた。それについて、彼女は不安を訴える。
「アニメが漫画の繊細な世界観を再現できず壊してしまったり、マナーの悪いファンが急増してしまったりしたらどうしよう。アニメ化はめでたく、必要なことだと理解してるけど、受け入れられそうにない」
彼女の不安はもっともだと思った。アニメ化や実写化で大変なことになった作品はこの世にはいくらでもある。
一方、LTLにいた人たちの意見は違った。
・ファンならアニメ化を祝うべき
・アニメ化せず、静かに終わっていった作品のなんと多いことか。それに比べれば恵まれている
・新規の入らないジャンルは死滅する運命にある。お金を落としてくれる人が増えるのは重要なことだ
多少ニュアンスに差はあれど、概ね以上の三つに集約された。
アニメ化が本編やファン間の雰囲気を壊すという懸念があることと、アニメ化のもたらす商業的な成功を理解することは両立するし、本人も最初からそう言ってると思うのだが、LTLは A vs LTLに常駐する複数のアクティブユーザーという笑えない構図になった。
x論点は違うので話し合いにもなっておらず、双方意見の投げ合いになる。
宥める人も二人ほど現れたが、焼け石に水だった。
文章にすでに表れていると思うが、私はAに味方したかった。その為、この記事は非中立的であることを断っておく。
Aに助け舟を出すかをしばらく悩んだ末、私は黙秘することに決めた。
『学級会に参加するとろくなことにならない』
これはTwitterが私に教えてくれた教訓の一つである。
私が静観している間にもAは果敢に戦っていた。その合間に「みんなに受け入れられない意見だと分かってるからこそ、Twitterじゃなくてオタジョで愚痴を零しに来たのに」とトゥートした。
すると「みんなに見えるように発信してるんだから、反論されることくらい覚悟すべき」と秒で返ってきた。
私は反感を覚えた。
その意見はどこまでも正しいが、その正論を通す限り、安心して自分の気持ちを言える環境などどこにも存在しない。
許されるのは、当たり障りのない話題だけで表面的な平穏を築くか、反論されて傷付けられるかのどちらかだ。その状況で笑っていられるのは、幸運にも多数派と同じ意見を持つことが出来た人か、反論されても怯まないメンタル強者か、弁舌に優れ多数派を納得させる事の出来る妄想の中にしか存在しえない英雄だけだ。ほとんどの少数派は、弱者は、黙るしかない。
何故「そういう気持ちもあるよね」とほっておいてあげられないのか。
これじゃあ、マストドンなのに現実みたいだ。
やがてAは「自分の意見を変えるつもりはない」と宣言し、オタジョドンから永遠に立ち去った。時々アカウントを覗いたが、本当に戻って来なかった。
私もそれからオタジョドンへはあまり行かなくなった。LTLに合わせるモチベーションもなくなり、好きなことも言えなくなった後では登録している意味が薄い。
Pawooに出戻りしばらくはLTLアンチになったりもしたが、ma.mstdn.jpやsakaba.space、kirishima.cloudでLTL越しのコミュニーケーションを再体験してからは、やっぱりLTLは楽しいよねと思ったりもしている。
オタジョドンに居たのは1ヶ月くらいだと思う。残念な結果に終わったものの、みんなに歓迎されたりお話ししたりして楽しかったのは事実である。Pawooでめげそうになっていた私を分散SNSに繋ぎ止めてくれたのも、紛れもなくオタジョドンなのだ。なのでオタジョドンにも、あのときそこにいたユーザーにも感謝している。
この記事で、LTLが良いとか悪いとか言うつもりはない。というよりも、良いところも悪いところも同じくらい見てしまったので言うことが出来ない。ただこういう体験があったということを書いておきたかった。
また、あの体験からすでに2年以上たっており、オタジョドン自体もうないから時効だと思ったのもある。きっと当時のメンバーの大半は鳥に帰ってることだろう。
今私は、LTL文化のないPawooで放言したり、kirishima.cloudのLTLでちょっとお話ししてみたりして過ごしている。HTLを充実させているアカウントもあれば、逆に誰もフォローしてないアカウントもある。どれがいいかは分からない。たぶん誰にも分からないだろう。
オチらしいオチもないが、ここで記事は終わりだ。これを読んだ方が、誰にも煩わされない、楽しいSNSライフを送れることを願う。
蛇足
当記事を公開するに当たり、心配なことがある。それは読んだ方が「女の集団は怖い」「閉鎖的なインスタンスは駄目」などと言った感想を持つことだ。
閉鎖的なインスタンスでも上手くいっているところはある。解放的なインスタンスでも上手く行かないことはある。男性中心もしくは男女混合のコミュニティでも、上述した出来事と同等かそれ以上に悪辣な事はある。Twitterでも学校でも職場でも家庭内でも似たようなことはある。
オタジョドンの件は、世に蔓延る様々な不快案件と比べると随分マシな方だと私は思う。