2023年12月14日(木)にトリックスター大塚で行われた『加速する闇』の感想です。未通過❌
2023年12月14日(木)にトリックスター大塚で行われた『加速する闇』の感想です
注意
以下は愉快な感想ではありません
是非を問うものでもなく、また批判する意図は皆無です。全ての作品はただそうあるだけであり、同様にこれもただの個人の感想です。それでも、合わないと思ったら途中で中断することを強くお勧めします
本作では"桜井由美"を演じた
結論から言えば、シナリオ的にも構成的にも本作には余り上手くのめり込めなかった
理由を先に書けば、おおよそ以下である
・ちゃんと"桜井由美"をやるとシナリオが崩壊する、PR的な厳しさ
・人間関係的に"桜井由美"は孤立しており、犯人なのに味方がいない辛さ
・"桜井由美"に一切の救いがない、シナリオ的なグロテスクさ
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1. PR的な厳しさ
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1.1. 桜井由美とは
桜井由美を理解する手掛かりは以下の3点だろう
1. 研究所の所長"神崎亮平"の恋人的な立ち位置と自認してる
2. 出身学部からの知り合いで、そのまま神崎亮平の秘書をしている
3. 自身の研究能力の限界は自覚しており、施設の優秀な研究者"安藤"に嫉妬も持つ
ただ、1.で「恋人的な立ち位置と自認」と書いたのは、実質的には愛人かそれ以下の扱いしかされていない点だ。調査して得られる、神崎亮平が各登場人物をどう認識しているかの手掛かりには、桜井由美の評価として"体の相性はいい"的なもののみが書かれている
そして、桜井由美は神崎の子を妊娠をしていた
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1.2. 犯行に至るまで
この時点で救いがないと思うが、さらに状態は悲惨になる
研究施設で地震が起き、首を閉められ呼吸停止した神崎を発見し、人工呼吸で蘇生を行う。意識を取り戻しつつある神崎から出た単語は、"桜井由美"ではない名前であった
そのことを神崎に問い詰め口論の結果として、みごもっていることを告げる
。その返答としての神崎の行動は、お腹を蹴ろうとすることだった。ただそれは空振りに終わり、転げて頭を打った。そこに偶々あったナイフで刺して殺した、というのが犯行の流れだ
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1.3. PRをどうするか?
個人的なポリシーとして、なるべくキャラクタの心情を再現するようにしている
しかし、"桜井由美"を真面目にやると、プレイ時間はずっと、良くて中心神喪失、悪ければ錯乱をした精神病院に一刻も早く閉じ込めるべき状態を演じることになる (この時点で、本作に対しかなりの心理的抵抗を感じたのを覚えている)
"桜井由美"は犯行を隠す動機が余りにも弱い
HOの目標には「犯人として指名されないこと」というお決まりの文句はある。しかし、大事な人に上記のような仕打ちを受けて、そのまま殺してしまったのなら、自暴自棄か心神喪失になるのが自然に思える。犯行を隠そうという理由がない
せめて、お腹の子供への思い入れの1つや2つを書いてくれていれば、なら頑張らなきゃと思うがそれもない。キャラクタの解釈でなんとかしようにも、桜井は頭が良くない的な描写があって、その余地は許されていない(もしそれができるなら、愛人状態で妊娠するなどしないだろうし、恋愛に限らなくても安藤に能力で負ける描写がある)
桜井には生きる目的が乏しい
まだ後追いで自死するのが目標と言われた方が納得できただろう
少なくとも、"桜井由美"とは神崎亮平に照らされる月であって、光源が消えたら闇に落ちるしかない存在だった
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2. 犯人なのに味方がいない辛さ
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2.1. 関係の希薄さ
桜井由美は犯人である
ミステリの動線も複雑ではない
そのような作品では、交渉材料を用意したり、人間関係的な味方を用意することで謎を複雑化させる
しかし、この桜井由美には何もない
交渉材料に使える情報は1つもなく。人間関係的には、むしろ別の犯人候補として黒塗りできそうな人(安藤)にばかり味方がいる
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2.2. 登場人物の人間関係
具体的には、
・浦井が安藤に好意を持っている
・深谷は桜井の娘
・山崎は浦井の別世界での夫
・二宮と深谷はお互いに緩く好意がある
という状態で、複雑だが確実に関係を持つ親族関係の一部に安藤は組み込まれている。唯一組み込まれていない田崎は、別世界での桜井の夫だが、HO的に桜井を救う目標は一切ない
桜井由美には、ミステリとして補助をしうる機会も、意味のある人間家系も、何もないのだ。それは、豊かな人間関係を持つ他キャラクタとの対比でさらに強調されることになる
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2.3. 子供の認知
唯一意味がありそうなHO的な目的として、"神崎に子供を認知してもらう"というのがあった
だが、ついさっき殺した人物から認知してもらう、というのは情緒がさすがに可笑しいのではないだろうか。機会があれば、もう2,3回殺してやりたいというのがまだありえる心情に思える
ただ、もし桜井自身がタイムスリップできて、殺す前の神崎にあって、ちゃんと話し合いをして、認知してもらうとかなら、まだ分からなくもない。ただ本作で期待されたのは、別世界からきた神崎に認知してもらうことだった。デリカシーをお母さんのお腹の中に置いてきたのかな?というレベルの目的だと思う (殺意をおさめる流れが一切ない点、恋愛的な文脈における"当人"という特別さを軽視している点、それがシナリオ的に一切の影響を及ぼさない点)
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3. シナリオ的なグロテスクさ
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3.1. マダミスとして期待されること
マダミスとして考えた時、犯人は踏ん張らなきゃいけない
桜井由美のキャラクタ自体は、愛想をつかすほどの人物でもない
ただそれ以上に、桜井由美を取り巻く環境が悪趣味すぎる
それはエンディングでさえそうだった
タイムスリップの研究資料をどこかに渡すことで、桜井・安藤・深谷・山崎に一撃でも喰らわすことができるのであれば、それは頑張る動機になっただろう。あるいは、その資料を適切な所に売ることで、お腹の子供の養育費になるとかの目標がHOにあるのであれば、それは理解できただろう
しかし、そんなものはない
それなのに犯人として頑張れという
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3.2. 桜井由美から見た世界
1つの救いもない世界を桜井由美がどうやって愛せばいいか分からなかった
だから、できるPRはただ発狂することに思えた。それは謎を謎として保つ、犯人として最低限のことは果たせると思った
しかし解説を聞いて振り返れば、桜井由美がどう行動しようとも
証拠や他の登場人物の証言で、桜井由美は犯人と特定できてしまう状態だった
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3.3. 自己防衛として
桜井由美には何もない
意中の人の心も
味方になってくれる人間関係も
恵まれた人に交渉を仕掛けるチャンスも
トリックの複雑さも
HO的な生きるモチベーションも
推理における存在意義も
ただ一人発狂してさえいても、何も変わらなかっただろう
本当に、本当に、桜井由美には何もない
そんな桜井由美でも、今回の田崎と結婚した可能性がどこかの世界にあって、そこで救われうる自分がいるという、夢のような可能性を思い浮かべる時だけは、唯一いてもいい気がした