〈小話extra(自冒険者がらみ)〉
「毒液の使いみちは――」
「毒液の使いみちは――」
講師の声は僕の耳を素通りしていく。
田舎で暮せば知っている程度の知識の座学など面白くもなんともなくて、
それよりも早く早く旅に出たくて一刻も早く課程を終わらせたいと思っていた。
12で学校を出てすぐに、王立冒険者学校に通う。
これは冒険者になるルートとしてこの国で珍しくはないことだが、そう多いことでもない。
ラッキーだったといえばそれまでだが、僕がすぐに冒険に出ようとしたのを窘めた両親の苦肉の策だ。
お金はだいぶかかっただろうが、それでも自分でも狩りなどをして補填をしたつもりだ。
今後も返していくつもりではある。
田舎産まれだといじめられるようなことはなかったが、別に友達はできなかった。
いろいろなカリキュラムがあり、年齢層に幅がありすぎるのだ、冒険者学校は。
ギルドのおばさん方にかわいがってもらうことがうまくいったから、話し相手はいたが。
早く旅に出たい。
そして、すべてのエネミーをこの目で確かめたい。
僕の、あまり一般的ではないらしい欲求は、日に日に高まる一方だった。
講義を無視してノートの隅に調べたいことを箇条書きにしていく。
旅をする夢へと意識が飛びかけた時、がたりと隣の椅子が鳴った。
「ここに座ってこの講義を受けてください。終わったら手帳を発行します」
職員に指示されて、僕の隣におずおずと座る影があった。
ああ、入会講習か、と職員と座った人を交互に見て理解する。
ギルドに登録するために、冒険者ギルドの仕組みやクラスの選定などだけを行う講習がある。
他国から来たある程度の力があるものや、それまでの仕事をやめて冒険者を始めたいという人向に、ギルドで行うものだ。
わざわざ専用の場所など用意できないので、冒険者学校の講義を数時間受けさせて終わらせる。
冒険者学校に通えない冒険者志願者もそうだし、借金苦で冒険者を始めるパターンなんかもあるようだ。
今僕の隣りに座った人も、妙齢の女性のようだった。
僕は妄想メモで黒くなったノートの端を隠すように教科書を重ね、すました顔をしてノートに向かった。
「あの」
話しかけられる。
無視するわけにもいかず、ちらりとそちらを目視する。
やはり年齢の少しわからない女性だった。少し年上なくらいにも見えるが、おばさ…お姉さんにも見える。
「これ、何かな」
「なにかとは」
「この国で生活するにはこれが必要なの、ってこと」
外国人か?
僕は微妙に訝しんで相手を見る。
「冒険者になりに来たんじゃないの?」
「冒険者に登録ですね、としか聞かれなくて」
相変わらず学校卒業者以外にはザルだなぁと思った。
まあ、それで成り立っている国なので思うだけだけど。
「外国の人?」
「そう思ってくれても」
「んー…」
僕はめんどくさかったがこの講義のほうがよほど面倒だったので、彼女にかんたんに冒険者の仕組みを伝えた。
へーだのほーだのと彼女は感心したように声を上げて、それでも一回で話を理解したのでそれは少し驚いた。
田舎だと仕組みを朧気にしか理解していなかったりするし。
とはいえ、外国人なら他所の国にも似たような制度はあったのかもしれない。
「面白いね」
「まあね、だから僕も旅に出られるし」
「旅がスキなの?」
「いや、旅というか」
一瞬ためらう。
この事を言ったら、ドン引きされるのが常、良くて苦笑い。
冒険者相手だったらまだ理解してもらえるとも思うのだが、そういう目にあったことはない。
僕の夢。
でもまあ、この短い講義の時間にしか顔を合わせない相手だ、と口を開いた。
「すべてのエネミーに会うのが夢なんだ」
「どんな種類やどんな数がいるか、全部見てみたい」
そう言って、相手の反応を伺う。
が。
「おお」
いままでで、ものすごく、一番軽い返事だった。
飴なめる?うん。くらいの軽さだった。
「驚かないの?怖いとか気持ち悪いとか」
僕はかえって驚いて彼女に聞き返してしまった。
「そりゃあすごいなとは思うけど…。あれだね、君は」
頬杖をついたまま、彼女は少し笑った。
「エネミーマスター目指してるんだね」
「えねみーますたー」
初めて聞いた単語だ。
「そんなものが?」
「今作った」
「……」
「田舎のみんなは、敵をすべて見たいなんておかしいって」
「まあ害虫みたいなものだろうしねえ」
「ここの先生だってなんでそんなことをっていう顔をするし」
「そりゃあ先生としてはおすすめできないだろうね…」
「それより倒す方法を覚えろって」
「死んだら元も子もないからなあ」
いちいちと、のんびりした口調でやや食い気味に返される。
まるでその流れがわかっていたかのようなセリフ。
それでも僕は、口にせざるを得なかった。
「目指していいのかな、僕。エネミーマスター」
「いいんじゃない…?
だって、何がよくてなにがわるいかなんて、
今生きてる人には何もわからないからなあ…」
「だから、君が目指してるものがいいといえるのは君だけだよ」
気がつくと、僕は両手を机にバンと叩きつけて立ち上がっていた。
講師の咳払いが聞こえて、慌てて座り直した。
「いいんだ」
「わ、私の発言で決めるのはどうかと………」
「いや」
単に、誰かに背中を押されたかっただけなのかもしれない。
それでも、誰もが良い顔をしなかったこの夢を、僕だけは逃さないと改めて握りしめた。
僕がいいと言わなければ、この夢はどこかへ飛んでいってしまうのだから。
「なるよ、エネミーマスター」
決意を新たに、ぐっと拳を握って隣の人をみた。
がんばれ、とこれまた軽い調子で返されてしまったけれど。
「あなたは?」
「私は何になろうかなあ…これから決めようかな。"冒険"をしてね」
「……じゃあひとつ…」
「何?」
「クマがすごいから、旅するなら隠したほうがいいと思う」
***
そして僕はその日の帰り道、新しい友達に出会う。
僕の夢を一緒に叶えてくれる友だちになるとは、そのときは知らなかった。
「こんなところに突っ立って、どうしたの?」