「宝石」
きらめくものについてのイブルイSS
作り物のような指が、作り物の宝石をつまむ。
綺麗な手をしているなとは日頃から思っていたけれど、柔くきらめく薄水色のそれをつまみ上げる親指と、ひと差し指、残りの三本もあつらえたように添えられていたので、つい目が留まっていた。
「ん、お前も食うか? 美味いけど甘すぎるな」
書類を片手に二歩ほどの距離をおいて立ったままでいるこちらの様子を怪訝そうに一瞥し、角のある頭を少しだけ仰いでみせると、小さなかたまりを口の中に放って牡鹿は言った。
シャツの両袖を捲り、気だるげに椅子に腰掛ける姿は数ヶ月前には見られなかった──見せてもらえなかった、というほうが正しい──姿だ。
「いえ、ボスが召し上がってください。報告書の件なんですが──」
書かれた内容の要点をまとめつつ話しながら、つい微かな咀嚼音に耳を傾けそうになる。宝石を噛み砕くシャリシャリという、どこか涼やかな音色。
執務机に置かれた箱には、色とりどりの宝石のような砂糖菓子が入っている。形が崩れないよう一つずつ仕切りが付けられていて、箱それ自体も木目の美しい上等な作りだ。蓋には金の箔押しで『琥珀糖』と書かれている。
数日前にみかじめ料を納めに来た料亭の店主が手土産に置いていったものだ。
新しいボスが若い草食に変わったことで、見慣れた手土産とは違った趣向のものが用意されるようになったので、毎度それなりに面白味がある。さすがにいままで通りに最高級の肉塊をどうぞ、と差し出すバカはいなかった(もちろんそれを残念がるやつらはいたが)。
「──と、こんなところです。何か気になる点があれば、」
「特にない。それよりイブキ、お前なんか上の空だな」
目の前の彼が指先に残る粉砂糖をぱらぱらと落とす仕草を見つめていたので、思わず視線を上げる。さっきから何かの記憶に引っかかっていた。そうだ、あれは──。
「うんと昔に、宝石しか食べられない妖精がいて、そいつが最後に消えちまう本を読んだのを思い出しまして……」
こちらの突拍子もない話題に、ただでさえ大きな瞳がさらに見開かれる。言ったはいいが、ほんの数秒もない沈黙にじわじわと羞恥がこみ上げ顔が熱くなってくる。笑われるのならいっそ思いきり笑い飛ばしてほしかった。
「俺がそうやって消えたらどうする?」
返ってきたのは笑い声でも、からかいでもなく、まるで戦略の一つの是非を問いかけてくるような声色だった。それを聞いて自分でも驚くほど、すっと頬の熱が下がるのを感じた。
「……ボスが消えないようにいくらでも持ってきますよ、宝石でも金塊でも」
冗談に答えている調子に聞こえるよう、最後に口元だけで笑みを作る。それでも真摯さを帯びてしまった声をごまかせたかどうかはわからない。自分でも戸惑うほどに、あまりにすんなりと言葉になった本心だった。
返事を聞きながら牡鹿は──ルイは、こちらを見上げてクスリと笑った。
「いつものサラダで十分だ。安上がりでよかったな」
金塊なんか噛み砕いたらあごが壊れる、と冗談めかして付け加えてもう一度笑う姿は、誰に茶化されようが、どうしたって近寄りがたいくらいにきらめいた存在としてこの目に映るのだった。
end.