書籍『#言霊の幸わう国で』内における、特定の症状および精神疾患の描写について抗議します
2024年10月17日
雨宮 むぎ
書籍『言霊の幸う国で』内における
特定の症状および精神疾患の描写について抗議します
書籍『言霊の幸う国で』内において、認知症や精神疾患、また病全体に対する差別的な表現が多々存在したため、すべての差別に対する反対を掲げる一個人として、これに厳重に抗議いたします。
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はじめに、以下で行う引用は抗議を目的としています。著作権法第32条第1項「引用は、公正な慣行に合致するものであり、かつ、報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内で行なわれるものでなければならない。」に則り、指摘対象箇所以外をむやみに引用しないことを宣言いたします。
また追手門学院システム企画推進課様の「著作物の引用」ページを参考に、以下の原則を遵守いたします。
1.既に公表された著作物であること
2.「公正な慣行」に合致していること
3.報道、批評、研究などの引用の目的上「正当な範囲内」であること
4.「出所の明示」をすること
参考URL:https://www.ccile.otemon.ac.jp/copyright/citation/(2024/9/3時点閲覧)
それでは以下より作中本文の引用と、それに対するわたしの考えを申し上げます。
『言霊の幸わう国で』(李 琴峰,筑摩書房,初版,2024年6月27日)本文より
①認知症について
p137 l11
「…(前略)…一体何だったのだろう。認知症(*1)の方だろうか。…(中略)…恐らく認知症の方だろう(*2)、とLは男性の行動を思い返してみた。だとしたら、部屋の番号を覚えられる心配はなさそうだ。(*3)」
*1
主人公Lが突然見知らぬ人物にプロポーズされたシーンの後のモノローグです。事実を元にしたとしても、フィクションだったとしても、主人公Lにとって恐ろしい出来事であったことが分かる場面です。
一方で、そもそも「認知症」とは脳神経細胞の働きが徐々に低下し、認知機能(記憶、判断力など)が低下して、社会生活に支障をきたした状態のことを指します。登場人物Lに対する男性の加害行為は、認知症それ自体とは無関係であり、症状と加害行為を安易に結び付けることは、認知症患者に対する差別に当たると考えます。
*2
また「認知機能の低下」という外見からは分からない症状を持つ認知症について、「恐らく認知症の方だろう」と誤った判断を下すことは、ミスジェンダリング等と同様に大変差別的でありルッキズムにつながる行為です。
*3
太字部分についても、主人公Lが自身の身の安全を確認するために、認知症の症状である「記憶力の低下」を引用することもまた、当事者にとって大変に失礼な行為です。認知症およびその他の疾患・症候群・症状についても、李さんのご理解がアップデートされることを強く望みます。
参考資料
「知っておきたい認知症の基本」政府広報オンライン
https://www.gov-online.go.jp/useful/article/201308/1.html(2024/7/17時点閲覧)
②医療用語の使用について
p166 l3
「…(前略)…恐らくS⽒は、これもまた近年ネット上で活動する排外的な⾃称愛国
主義者に頻発する「何でもかんでも反⽇認定症候群(*4)」(⻑いので「ハンニチガー症候
群と呼ぼう)の重度な患者(*4)ではないかと思われる。典型的な症状(*4)は、(多くは政
治信条に関連するがその限りではない)⾃分の気に⼊らない⼈物をすべて「反⽇」と認定す
るというものだ。…(中略)…ハンニチガー症候群(*4)の患者(*4)は、反⽇主義者だらけの
世界に⾃分は⽣きていると思い込む傾向があるらしい。」
p167 l11
「…(前略)…このようなハンニチガー症候群患者(*4)は…(中略)…⼤多数の⽇本⼈はこの奇病(*5)を免れているのだから…(中略)…しかし、もしこれらの哀れな患者(*4)に敢えて⼀つアドバイスをするならば…(後略)…」
p167 l17
「…(前略)…「⼀⼈称過⼤症候群(*4)」と「ハンニチガー症候群(*4)」の⼆重の病(*4)に侵されているS⽒におかれましては…(後略)…」
*4
主人公L氏がSNSで遭遇した差別的な書き込みや人物に対するモノローグです。
特にSNS上では、年々あらゆる差別煽動が激化しています。性別・性指向・国籍・信仰・障碍・疾患等を持つ/持たない当事者にとって、それらが命の危機に直結していることから、わたし個人としても非常に現状を危惧しております。
一方で「症候群」や「患者」、「病」は本来医療現場で⽤いられる⾔葉であり、そこには無数の闘病している/した方たち、周りで⽀える方たちが存在します。⾃⾝の考えと異なる相⼿に対して 「普通に考えたらそうはならない」「普通と違う」という意味合いで、これらの⾔葉が使⽤されていることに、深い悲しみと憤りを覚えます。
健常者の在り方が正しく、病気は絶対的な悪であり治すものという認識は、時に⼀⽣をかけて病と向き合う必要がある方たちにとっても、⼤変に差別的です。医療は当事者が困った際に頼る先であり、医療が個々⼈に先んじて「病気」と判断するわけではないからです。
*5
特に「奇病」という⾔葉には当事者を観察対象としてとらえる意味合いが含まれていること、また症例が少ないことから差別に対して連帯しづらいという背景があると考えます。社会には体質や性質をふくめ、様々な方が存在します。疾患を抱えた方もまた、社会の構成員です。軽率に使用できない⾔葉であることをご理解いただきたく思います。
参考資料
⼭村隆雄(2012)「病気‧障害を⽐喩にしていいの?」朝⽇新聞(2024/7/17閲覧)
http://www.asahi.com/special/kotoba/archive2015/kouetsu/2012100200002.html
③精神疾患について
p132 l7
「ぶっちゃけ、このストーカー病気(*6)だろう。メールの内容も妄想(*6)と現実の区別がついていない気がする。…(後略)…」
「それは妄想(*6)だと思う。…(中略)… 明らかに精神的に病んでいる(*6)、…(後略)…」
…(中略)…
「そんな後輩いないよ。私が記憶喪失(*6)でもしていない限り」
「じゃ、これも嘘か……てか、よくこんな妄想(*6)をだらだらと書けたね……凄まじいな。…(後略)…」
p169 l4
「思ってた通り、あれは絶対病気(*6)だね。話そうとしてもうまく話ができないと いうか、呼吸が速くなって、湧き上がる感情をうまく制御できないみたいな。感情を抑え込 むために、少し話をするとすぐ深呼吸を繰り返す感じ」(*7)
p263 l17
「だからこの⼈たちは⾺⿅(*8)だよ。妄想(*6)と現実の区別がつかず、⾃分勝⼿なイメージだけで物事を語っている」
*6、*8
先の2つの話と同様、安直に加害⾏為となんらかの障碍・疾患・症候群を結び付けることは差別的⾏為です。 これらはジェンダーと同じく、他者が勝⼿に判断‧診断できるものではありません。
また、 「妄想」は医療用語であり、「⾃分に対して命令する声が聞こえてくる」「⾃分の考えが他⼈に聞こえている、思考を読まれていると思い込む」などの症状を指しています。決して 「現実と区別がつかず、⾃分勝⼿なイメージだけで物事を語っている」、「自分に都合のいい嘘を⾔っている」という意味ではなく、実際に⽣活に⽀障が出ている方の、⽀障を解消するために使われている⾔葉です。
*7
精神疾患に対しても「○○のように⾒える/⾒えない」といったルッキズムが存在します。現実では、当事者たちの悲しみや怒りの表現を「思っていた通り〇〇だ」「やっぱり精神疾患って怖い」と揶揄されることもあるなかで、この描写は非常に危険なのではないかと、わたしはとらえました。「○○のように見える/見えない」というルッキズムは、精神疾患当事者たちに規範の内面化を強いて、「なるべく波風起こさず過ごそう」と思わせる働きがあるからです。この描写自体が偏った先入観に基づくことのみならず、差別に対して一層声を上げづらい、連帯しにくい状況を作る土壌となってしまいます。
本⽂中の会話は実際のものをリアルに描写したのかもしれませんが、不特定多数の方が読むことのできるかたちで発刊する際には、真っ先に考慮していただきたい点だったと考えます。
④最後に
‧⾒た⽬が「〇〇らしい/らしくない」というルッキズム的判断
‧アウティングにより居住場所や職を失う可能性
‧当事者を表す⾔葉に、安直に犯罪や加害⾏為が結び付けられる現状
などの点からセクシャルマイノリティ当事者として、また精神疾患当事者の一個人として、トランスジェンダーの皆さんをはじめ、あらゆるセクシャリティ‧アイデンティティに⼼からの共感と連帯の意を表明してきました。個別の具体的な事例には差異があれど、差別行為の根本には「普通」という抑圧的で曖昧な概念が重く横たわっていると感じます。そして社会から真っ先に排除の対象になるのも「わたしたち」であると考えます。 どうか引き続きこれらの悪意ある⾔説に⼀緒に抵抗していけるよう、「あらゆる差別」(*8)に対して連帯できるよう、まずは⾔葉の意図や使い⽅について、今⼀度認識の改善とアップデートをお願いしたい所存です。
*8
「本厄の年に芥川賞を受賞したLこと柳千慧を襲う災厄の数々―ストーカー、女性差別、外国人差別、同性愛差別、トランス差別…あらゆる差別に抗して生き延びるために言葉を紡ぎ厄を祓う闘争と再生の書。入魂の1000枚書き下ろし!!」
筑摩書房HPより『言霊の幸う国で』(李 琴峰,筑摩書房,初版,2024年6月27日)販促文
URL:https://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480805188/(2024/9/3時点閲覧)
10/17書籍名の誤字を修正しました(大変失礼しました)