唐突に語る過去話〜小暮禅師編〜
小さい頃から親が居なかった。"お師匠さん"の話によると、昔は高名な武家だったらしいが知る由もない。小さな箱に詰められ、古寺に置かれていた、らしい。寺に捨てられていたから禅師なんだとよ。
素行の悪い自分を叱りつけながらも、"お師匠さん"は、まあ、大事に接してくれていた、んだとおもう。他の門下生も、自分がふざける度にげらげらと笑っていた。毎日が穏やかで、何にもなくて、つまらなかった。毎日どやされ、毎日頭にたんこぶを作りながら、次はどんな悪さをしようかと思いながら寝床についていた。きっとこの先も、"お師匠さん"や皆とつまらない日常を続けていくのだろう。そう思っていた。
8歳の時だった。寺の僧侶が全員串刺しにされ殺された。金品狙いの強盗だった。お前も早く来い。さもなければ。冷たい声が聞こえる。
理解した。理解してしまった。自分は、誰かと相入れない存在なのだと。だって自分は、
皆を裏切ってまでも、生きたいと願った悪だから。血塗れた、人を殺す事を覚えた手で数珠を握り締めた。鉈を突きつけられながら呑んだ"お師匠さん"の血液入りの酒は、吐きそうなくらいに生臭く、頭が痺れてクラクラして、それを飲み干す様は奴らを嗤わせる肴になった。
それからは生死の境目のような毎日だった。のらりくらりと生き、時々ボコボコになりながら、泥水をすすりながら、生きて、生きて、生きていった。人を殺す事に躊躇いがなくなった"俺"は、やがて力をつけ、舎弟も増やし、ガキの頃は畏怖対象だった奴らすら皆殺しにした後に若頭となり、小暮組と名乗った。ヘラヘラと笑い、人を脅しながら生きる空っぽな男に育った。
そんなどうしようもない男にも春というものは訪れるらしい。あの女ーそいつは俺の職業を分かっても尚、俺に関わってくる奴だった。曰く、俺が若頭にのし上がる為に殺したそいつらに虐げられてきたんだとか。悪者を倒してくれた俺に恩返しをしたい、なんて酔狂な事を抜かしてやがったな。嫌われ役は担っていたが、人に好かれた事はほとんどない。俺は若干戸惑いながら、そいつとの日々を送った。人が弱そうで、俯きがちで、それでも芯が強い女だった。
何時しか、そいつを自分の傍らに置いておきたいと願うようになった。そいつが欲しくてたまらなくなった。よく分からねぇが、そいつとならこのよく分からない空白を埋められるかもしれないと。それを告げた時、そいつは涙ぐんで言った。
「約束します。必ず貴方と一緒に生きていきます」
嘘つきやがって。本当は俺を殺す為にあいつらから仕向けられたんだってな。俺が殺したのはお前の父親、お前にとっちゃ俺は仇。最初からそうするつもりだったんだろ。刺し違えた胸の傷を押さえ、俺はその場に膝をついた。あいつは血の池を作りその場にうずくまった。は、ざまあねぇな。どんな顔しているか見てやるよ。きっとさぞや悔しそうな顔でー
「よかった。貴方が生きていてくれて、本当に良かった、」
ごめんなさい、許して下さい、愛しています。
…喉でも潰しておけば良かったかなぁ。そりゃねぇぜお前、お前さぁ。はは、本当に半端者だよ。復讐もろくに出来ないまま、普通の家庭に憧れて。使命なんか捨てていっそ駆け落ちとかして、女として愛されたかったってか?
お似合いだったんだな。俺達、半端者同士、おそろいだったのかもしれねぇな。
それから長い年月が経った。息子二人は俺を憎んでいる。無理もない。あいつが名前をつけた長男は俺や舎弟達からの虐待で毎日傷だらけ、俺が名前をつけた次男はそんな兄をよそに丁寧に育てられ、警察官になった。そしてそんな二人は今、俺直々に行われた人材派遣によっていかれた組織に身柄を置いている。兄は慰み者としてのサンドバック係、弟は組織の幹部だそうだ。しかも弟には兄から「ごめんなさい」「許して下さい」って言葉が発せられる度に暴力を振るうように催眠が掛けられてるんだとよ。全くいかれてやがる。おもしれぇ話だ。きっと死ぬほど憎まれているに違いねぇだろうな。
次は上手く狙えよ。小暮禅師(やっこさん)は白黒染まる事なく此処に居るからよ。