これは3Pイベントに出す予定の3+1P小説の導入。
3+1P
澄みきった名月がオンボロ寮の三角屋根を照らしている。乾いた風がながれ、一度も葉をつけることもなく年越しを迎えてしまう枯れ木の梢をさわさわと揺らした。
ジェイド先輩はうやうやしく腰を折り、そそくさと中に消えようとする私の腕を引き留めようとしていた。
バッファーで美しく整えられた爪がそっとジャケットの内側へするりと忍びこみ、腹部に沿ってシャツの上から下腹をすり、とひと撫でする。
とつぜん与えられた刺激に堪えかね、ひ、と声をあげてエントランスポーチに向かってよろめけば、遙か頭上でくすくすと笑い声がきこえた。
「お疲れさまです、ユウさん。また次もよろしくお願いいたしますね」
「……………………はい」
左手側にいたくせにわざわざ右耳に近寄ってささやき、次の瞬間には何事もなかったかのように離れてちった。撫でられた下腹にじんわりと熱が灯るものの、知られるのが癪で、なんでもないふりを装う。
それすらも見透かしたように薄い笑みを浮かべたジェイド先輩は黒いメッシュをゆらめかせて鮮やかに踵を返すと、その後は一度も振り向かずに寮へともどっていった。
「おかえりなさいませ、ユウさん」
「ああ、お嬢ちゃん。お疲れさん」
「…………!」
談話室のローテーブルにみっちりと広げられた魔法史の教科書、ノート。
勉学と向き合っているのは、スカリーくんとフェローさん。立ちポジションで真上から見おろしてふたりのワーク進捗を見届けるロロさんはどうもギデルくんが可愛くて可愛くてしかたがないようで、勉学に勤しむふたりの間に座るギデルくんに向け、フワッとやさしい笑みを見せることがある。そういう時は、98%以上が仏頂面なのにたった2%を高確率で引き当てている感覚がある。
スカリーくんはとうに亡くなっているものの、死してなおハロウィン伝道への執着が消えたわけではなかったようで、ゴーストのすがたになってツイステッドワンダーランド内の10月31日を巡回していたらしい。さすがはハロウィーンの王、年イチに懸ける熱量が生死にすら左右されない。
マジカルペンが学園に誕生するより前、魔法石の質に偏りがあった時代の生徒だという彼は今、私と同じ高校一年生として授業を受けている。
まったく異なる環境に身を置くようになり、何を見ても驚いてくれる姿は、ツイステッドワンダーランドに来たばかりの自分を思いだして共感する部分が多くある。
「やっと帰りかね。まったく、ラウンジ終了後の業務にまでつきあってやる義理はなかろうに」
「これは以前からの頼まれごとなんです。私にしかできないから、って。そのぶんも時給で残業代として換算されています」
ぶっきらぼうな上から目線の語り口調のロロさんは私の手に握られたテイクアウトの手提げケーキ箱から視線を動かさずにいる。
ロロさんは控えめな食生活を好むかと思いきや、じつは真逆。超甘党で高カロリー甘いパンやフルーツ、バターたっぷりのクロワッサンが好きみたい。
だからといって安易にお誘いをしようとすると、欲がどうとか、習慣がどうとか延々と叱られ、機嫌がめちゃめちゃ悪くなるから知らないふりをしてあげている。
「ふなーーっ! 子分から甘い匂いがするんだゾ」
到着時は暖炉の前で丸くなっていたグリムは流石の嗅覚で私ににじり寄ってくる。相変わらずの食いしん坊だ。
「だあめ、ギデルくんだってお行儀よく我慢しているでしょ! グリムは途中でやめちゃったのかもだけど、みんなが終わるまでちゃんと待っていよう?」
ピク、とふたつの耳がわかりやすく動いた。
フェローさんとギデルくんだ。
「聞いたか、ギデル。さっと終わらせてやるからよ」
年齢は二十歳を超え、レオナ先輩より歳上のフェローさんは壮絶な生い立ちから学校に通えなかった人だ。現在は学校を自分で作ろうという志を胸にNRCに研修にきている。
ペンを握る手癖が彼の苦労を物語っていて、ここにいる誰しもがわかっていながら彼の握り手について触れようとしない。マナーにうるさいロロさんでも、だ。
そばで嬉しそうににっこりと笑うギデルくんのしっぽがぴーんと立っている。嬉しいときやごはんが欲しいときに猫がするしぐさだ。彼の喜びのバロメーターをわかりやすく表現している。
ギデルくんの頭をよしよしと撫でる。
ぴょこんと耳が跳ねる。
振り向いたギデルくんはぼんやりとした瞳をぱちぱちと数回しぱたかせ、私の胸に甘えるように擦り寄ってくる。
「ギデルくん、ケーキをいただいてきたの。ちゃあんとみんなの分があるから安心してね」
「……!」
こくこく、と仕切りに頷いた彼がゴロゴロと喉を鳴らす。すりすりと頬擦りする姿はもう可愛くて可愛くてしかたがない。
「ロロさん、今手が空いていましたらケーキをお皿に移していただけませんか。私、飲み物を準備しますので」
「ふむ、わかった。そちらはまかせておきたまえ。だがユウ君は着替えがすんでおらぬだろう。スカリーくん、キッチン担当の君の腕の見せどころだ。私とともに来たまえ」
「素敵で思慮深い貴方、承知いたしました。豪勢なケーキなのでしょう。派手なドリンクを準備してさしあげなければ」
ロロさんの一声で立ち上がったスカリーくんはキッチンへ向かおうしてはたりと足を止め、私の方へと向き直った。
「ご挨拶が遅れてしまいましたね……ああ、素敵で頑張り屋の貴方、おかえりなさいませ。麗しい貴方に再会のキスを」
照れ臭くとも、それが彼が考える紳士的な振る舞い、アイデンティティである以上、おとなしく受け入れるのがオンボロ寮流。
長身体躯の腰を九十度以上折って口づける挨拶のダイナミックさたるや、これはもうひとつのアトラクションだ。
女子たるもの、紳士の振る舞いを受けると、大事にされているような気がしてくすぐったくなるものだ。
男子校に潜入しているから、周囲はみんな同性扱いしてくれるため、たまにこうした女子扱いを受けると、どうも弱いのだ。
「ギデルにはまだ早い」
「……! …………!!」
なんだかんだできちんと面倒を見てあげているフェローさんがギデルくんを目隠しする。
スカリーくんはそれをちゃあんと見届けてからキスするのだから、もう全員が全員、紳士でお兄ちゃんなんだろうなぁと思う。
そういや、ロロさんがおとなしいな……と思って見ていれば、彼はひどく不機嫌な様子で腕を組み、指鳴らしを始めてしまっていた。
そうだった、そうだった。
ロロさんは時間にとっても厳しいんだった。
「あっ、じ、じゃあ、お言葉に甘えて着替えてきますね。ロロさんは先にキッチンへ行っていていただいて――」
「スカリーくん、家の中で浮つくのも大概にしたまえ。子どもの教育に悪いのだよ。君に前から伝えておかねばならぬと思っていた。ちょうど良い機会だから、よおく聞きたまえ。そもそも紳士というものはだね……」
自分より何百年も歳上相手に説教が始まってしまった。可哀想可愛いスカリーくんは助けて欲しそうにこちらを見ていたけど、それもロロさんに叱られてすぐに終わりを迎えた。
ふわふわの髪と高い背丈がぺしゃ、と萎んでいる気がする。あの背中は間違いなくワンコのもの。
くどくど説教の合間、ロロさんがチラッとこっちに視線をよこしてきた。
何をやっている、君は早く行きたまえ――の合図である。
「あっ、はっ、はい、いますぐ……!」
勉強時間のときになんらかの用事ができた際は、ふたりは必ずといっていいくらいフェローさんを席から立たせないようにしている。
成人を過ぎた歳でありながらも、フェローさんは恐ろしい速度、スポンジが水を吸うような速度で吸収していっているものの、圧倒的に学習時間が足りていない。私もフェローさんと条件は近いところがあるけれど、彼が成し遂げようとしている事が事だ。
集中しているフェローさんの後ろ姿をちらりと見ながら急ぎ足で部屋に向かった。
「ふなーっ、うまかったんだゾ」
「……!」
私の横でお腹を押さえてゴロンと横になったグリムの頬を拭いてやる。向かいではギデルくんがみんなの皿をじっと見つめている。
ケーキのフィルムについたクリームが気になっているのかもしれない……私が子どもの頃もそうだったな。
「ショートケーキにラウンドケーキ、シュクレにプリン、パンケーキ……どのデセール(※デザート)も手が込んでいた……ギデルくんはプリンを食していたようだが、つぎは別のものを用意しよう。ちょうど週末に勤務の予定があるのだよ」
「愛らしい貴方、貴方の楽しみにされているお気持ちよく理解できます。この時代はすばらしい。次の週末は我輩も[[rb:出仕>しゅっし]]いたしますので、その際にも手土産を持参するとお約束いたします」
兄ポジションを気にしていそうなロロさんと心根の優しいスカリーくんはふたり揃って週末にラウンジのバイトに入っている。
「おにいちゃんがふたりもいてよかったね、ギデルくん。いっぱいケーキ食べられるね」
「……!」
ギデルくんはふだん言葉を話さないけれど、おっとりとした表情がかがやく瞬間がある。
「おいおい、お前さんたち、あまりギデルを甘やかしてくれるなよ。先が思いやられるからな」
フェローさんはそう言ってきびしくしようとするものの、ギデルくんが嬉しそうにしている姿をこっそりと優しい顔で見つめていることを私は知っている。
「…………あー、片付けは俺が引き受けよう。お前さんたちはとっとと休みな。どっちでもいい、ギデルを寝かしつけてきてくれ」
フェローさんはそう言って立ち上がり、ローテーブルに置かれた皆の皿を集めはじめた。
彼も人心掌握術を心得る者として、年若いふたりの行いに気づかないはずがなかったのかなと思う。
テロリストや誘拐未遂どころか人身売買とかとんでもない犯罪経歴を連ねかねない危うい人生を送ってきた人たちもいるけど、その根っこにある部分はすごく純粋なんだよね……
このふたりはマジモンでヤバいことをやり続けてきた人たちだけど――
『ずるい! ずるい~! 来るな、こっちに来るな、うゎあああああん!』
泣き喚いて地団駄を踏む大男の姿が私の脳裏をかすめていくなか、ギデルくんを真ん中にしたロロさん、スカリーくんが揃って談話室を出ていく。
頼もしい後ろ姿を見て、スカリーくんはあの本の中で過ごした日々が闇を祓い、光に生きるターニングポイントになったのだろうなぁとぼんやりと思った。
「それで? お嬢ちゃんは魚の匂いをたっぷりつけて
、いったい何をしていやがるので? 脅されてるなら言いな。俺たちが総勢束にやりゃ、いくら立派な魔法士の卵とはいえ、ひとりくらいならなんとかなるだろ」
手袋をオフにしたフェローさんは食器洗いをしながら、背中合わせに朝食の下拵えをする私に話しかけえきた。すぐにも思い当たった私はぎくりと体をこわばらせる。
「え……なんのことですか」
「しらばっくれても無駄だ。知ってのとおり、俺たち獣人は鼻が効く。ロロくんやスカリーくんは騙し通せたようだが。そんなニオイをプンプン匂わせてくる時はきまってバイト先の差し入れを持ち帰る……報酬にしちゃ安すぎやしねえか」
フェローさんにはすべてバレてしまっていた。
そうだった。いくら小綺麗に痕跡を消し去ろうとしても、なにもかも完全に無にするなんてできっこなかったんだ。せめてシャワーを浴びてくればよかった。
作業の手を止め、嫌な音が鳴る心臓をぎゅ、と押さえながら……私は言った。
覚悟を決めるしかなかった。
「…………えっと、相手は陸二年目の人魚なんです。人魚と人ではつくりが違うらしくて、陸の女性の身体を研究したいと言われまして。知ってのとおり、ここは男子校ですから。ほんとうにおかしな話なんですが、そういう人なんです。その先輩は好奇心旺盛で方向性がおかしな人ですが、飽きたら見向きもしなくなるような人でもあるんです。だから……彼が飽きるまで」
「お嬢ちゃん、本当にそれで納得しているのか? ……どうなってやがんだこの学園の倫理は」
「黙っていてもらえませんか、ふたりには……」
「黙るもなにも俺が口出すことじゃねえだろうが。だが……あいつらに知られたらそうとう面倒だろうなってのは俺にもわかる」
フェローさんが長い溜め息を吐き出すのがわかった。年齢的にも皆の兄貴分で、つい頼りたくなるような不思議な雰囲気のある人だったから、つい甘えて、なんでも話してしまう。
「そうじゃないんです……ずるいって思われても仕方がないんですが、そういうことをしてるって知られたら……ふたりに嫌われてしまいそうで――」
「…………俺はいいってか。まあ、人選は間違っちゃいねえだろうがな。ああ、おつむの出来はいいんだろうが、厄介な学者さんが多いな、ここは」
きつね色の髪に節くれだった手櫛が横切り、彼が髪をかきあげた。
トレードマークの帽子と穴あき手袋は洗い場の横に無造作に置かれていることに今さらながら気づいた。
M字のかたちの深いエッジで描かれた生え際と男性らしい凛々しい眉は特徴的に彼の中にある狐を思わせる。癖のある赤褐色の無造作に跳ねた襟足の長い髪はツンツンとハリがあり、時折背中に存在感を覚えるくらい自己主張する。特徴的な緑のシャドウが塗られたホールにツンと立つしたまつ毛の存在感、芝居がかった態度とは裏腹に表情にはどこか冷淡さを感じさせる――そのような見た目とは裏腹に、彼は常識人で底を知る人間だからこそ理解しうる優しさがあった。
ふたりに知られたくないようなことをフェローさんに言えてしまったのは、倫理的によくないことでもフェローさんなら受け止めてくれるって私が勝手な期待、思い込みをしていたから。
洗い物を終えたフェローさんの手にステッキが握られていた。勢いづけてグルグルと高速回転した杖が見事な指運びにより、パシッ、と音を立てて止まった。
『カモン・トゥ・ザ・シアター! 薔薇色の夢(ライフイズファン)』
脳にぼんやりと霧がかけられていく感覚があった。
何を悩んでいたのか、自分のなかから抜けてなくなってしまったかのように頭がスッキリとしていた。
「なにも心配することはない……さあ、お嬢ちゃん」
「はい! フェローさんに相談してよかった。ありがとうございました」
ひと仕事終えたフェローさんは帽子と手袋を手にキッチンから出ていく。ギデルくんの元へ向かうんだと思った。
フェローさんのような方が身近にいてくれてよかったと本当にそう思う。
でも……されるがままの受け身のように話しておきながらも、実際の私はジェイド先輩からの要望に対して悪い気持ちを抱いているわけではない。
日頃のストレスや周囲から受ける不当な嫌がらせや勉強についていけない不安、元の世界へ戻れるかどうかもわからない、自分の将来に対しての絶望感。
ジェイド先輩が与えてくれるものは、自分自身の境界線がわからないくらいにぐちゃぐちゃになってしまうような強い快楽で塗り潰し、その瞬間だけでもいやなことをすべて忘れさせてくれる。
「本当に……ずるいのは私だ…」
ロロさんもスカリーくんも、オンボロ寮の財政が苦しいことに気づいてなのか、いっしょにアルバイトをしてくれるようになっていた。
みんなの厚意に甘え過ぎていることはわかっていた。
それでもこの場所が居心地が良くて、この空間が好きで――ずっとこのままの関係性でいられたらいいなって思っていたんだ。
――それが終わりを告げたのは、思っていたよりもずっとずっと早く、フェローさんに相談をした週末に訪れた。
その日、シフトから外れていた私は週明けにあると予告されているテストに備え、魔法史の教科書を開いていた。
ロロさんとスカリーくんがラウンジにバイトへ出ているため、フェローさんはギデルくんの寝かしつけにと早々に席を外していた。健康優良児のグリムは暖炉の前で丸まって寝息を立てている。
談話室の柱時計を見る。どうも帰りが遅い。
今日はギデルくんにお土産を持って帰るとふたりとも意気込んでいたのに。
ソワソワと落ち着かずにいるなか、スマホが鳴った。
「……ユウさんですか? 大至急ラウンジに……厄介な事件が起きてしまいまして……」
ふだんのジェイド先輩からは考えられない、息の荒さが感じられた。そして、それがただ事ではないことも。
「わかりました。すぐに向かいます! ふたりは……ふたりは無事なんですか!」
「っ……ええ、今のところは。では、お待ちしておりますので」
「!!」
ぶつん、と回線が切断され、私の不安は最高潮に達した。
電話口ではかならず相手が切断するまで待つようにとの教えを授けた本人が破ることはまずあり得ない。
ジェイド先輩に、そして、ロロさんやスカリーくんの身になにか重大な事件が起きたとしか考えられなかった。
「…………っ」
ハロウィンを終え、クリスマスへのカウントダウンがはじまるこの時期、夜風の肌寒さが襲う。
玄関に置いたポールハンガーに掛けられているアウターを引っ掴み、エントランスポーチにまろび出た私は祈るように鏡舎に向かって駆け出していった。
To be continued………
ここから先が私的に未知な4Pパートにつながります。先に明記しておきたいのですが、ジェは純愛です……🙏
情熱のまま書き殴りますので、3Pイベに参加される方はぜひ続きを読んでやってください。
イベント終了後、もし好評なようであったら(怒られそうな題材なので)支部にもアップしようと思います。
補足
まだ私の方がスカリーくんとフェローさんの解釈と口調に慣れきっていないので(ここ数日で猛勉強する)おかしな部分があるかと思いますが公開までには直しますので何卒……これは尻叩きなので――オフッ!
とか言って開催8日?とかからなので今必死に修羅場って狂ってます……ゲームの方も終わってないぞ?
何をやってるんだ私は……わからん、これまで何をやっていたのかね…………ほんとうにわからない……😂
やるべきことだけははっきりしているので、超絶死ぬ気で終わらせます……