鈴原サクラ怪文書の流れ、突飛で奇怪なラブコメ狂いかというとそうじゃなくて、むしろエヴァがない世界、ネオンジェネシス、新世紀へと託された結末に対する一種の真摯な姿勢なんじゃないですか?死海文書にもそう書かれている。
ネオンジェネシス。エヴァが存在しなかった世界を考える。
今まで活躍していたヒロインたちはエヴァというLCL塗られた因果があってこそ出逢った。
レイは姉ないし妹として出逢ったかもしれないけれど、それは人間として同じ時を育つ以上幼さと儚さと無機質さ(と武家者ぶり)はない。
アスカは留学生として襲来ってくるかもしれないけど、ただの明朗快活火炎旋風であって苛烈なまでの飢えをもつヤマアラシではないだろう。
カヲルくんは隣の席、あるいは隣の家にいる。だけど、それは死に体のシンジに手を差し伸べてその心を満たす――本当に満たしてしまうから困る!――オアシスの水ではない。雄大な泉である。
マリ。マリはな~……日常に組み込んでも難しいぞ……。だってあの人ゲンドウの同窓生でしょ……?両親の同窓生が碇家にやってきた!よろしくね、レイちゃん、シンジきゅん!……うーん、アリかなぁ…俺としてはアリだけど…?マリママとマリ娘に分ければ……ダブルヒロイン……?いや……マリママとマリ娘がいるならもうマリママはヒロインじゃなくない……?つまり
「あれ?父さん、今日は早いんだ……」
「あぁ、案件が片付いてな。たまには早く帰れと……。どうした?」
「いや、最近転校生が来てね。レイが友達になったから、うちで遊ぼうって」
「ふむ。それなら気にするな。私は書斎にいよう」
「ちょっとちょっと、シンジきゅん。それじゃあたしたちはトモダチじゃないみたいじゃない……あ」
「ま……真希波!?」
「『ゲンドウくん』!?」
――
「……つまり、君は真希波ではなく」
「名前は真希波ですけどね。ゲンドウくん……んん、お父さんが言う真希波は私の母ですね」
「そうか……。母娘とはいえここまで瓜二つだとはな」
「真希波から生まれたクローン、って言った方がいいですか?」
「それは、少し刺激が強すぎるジョークだな」
「そう。私も、お母さんから生まれたクローンって言った方がいい?」
「こらこら」
「NYAHAHA!まぁそういうわけなので、そのうち母もこちらへ挨拶に伺うかと」
「家に来るか、職場で会うか……。まぁ、どちらでも彼女のシナリオ通りに動かされるだろうな」
「母も同じことを言ってましたよ。『ゲンドウくんはいつも自分の研究シナリオで進めようとするから大変だった』って」
「全く、何を話しているんだ……」
(父さんはそういうところあるよね)
(うん。ある)
「――まぁ、昔話より今は若い君たちで遊びなさい。私は書斎にいる」
「あ、うん」
「それと、シンジ。あまりサクラさんを不安にさせないようにな」
「なんでそこでサクラさんが出てくるんだよッ!?」
ゲンドウ、真人間になったな~~~~。ユイと真希波(母)はこの転居&転職&転校絶対知っててゲンドウと冬月知らなかったんだよな。
閑話休題。
つまり、そういう特殊なヒロインからの惜別と友達の妹という王道への回帰なんですよね。鈴原サクラ。
だからシンエヴァを見届けた上での鈴原サクラへの”流れ”は、「ネオンジェネシス」へのひとつの回答。なんてことない関係性はエヴァや使徒を巡る非日常の中にも存在して、そして神話を捨て去ったあとでも確かに生きている。そういうものなんですよ。神や楽園の力がないと成立しない物語はあるが、それがなくても成立する物語もある。
そして、そういうただ人が人としてあるということは日常だけの特権じゃなくて、非日常――例えば、それこそエヴァ劇中のような――の中でも大事であって。そういう相補性、互いに補い合い手を結び、違いを、自分の弱さを受け入れるということが大切な鍵になってるんですよね。
非日常の中でも日常がカギになる。平凡こそが非凡を編み上げる。そういう新世紀の解釈のひとつの答えが”ふつうのヒロイン”鈴原サクラなんですね。
そう、エヴァの存在しない普通の世界――
「鈴原サクラ!14歳になりました!」
「あの頃の俺らと同い年やでシンジ、ケンスケぇ」
「そっか。中二だもんね。もう六年前かぁ」
「時が経つのは早いもんだねぇ……僕らはもう大学生も折り返し」
「トウジは医学部だからまだなんだっけ」
「まぁな。でも、ワシらももう酒を飲める歳ってワケや。長~~い友情と、サクラの誕生日に乾杯!」
「乾杯っ!」
「乾杯!……はは、もう5回目だよトウジ」
「ごめんなさい、シンジさん、ケンスケさん。こんな兄で」
「いやいや、サクラちゃん。これでこそトウジだよ」
「うん。だから大丈夫」
「ほんとワシゃええ友達を持ったで。……ええ友達や……ええ友達やけど……」
「……どうしたの、トウジ?」
「センセッ!!!!ワシゃお前を殴らなあかんッ!!」
「えぇ!?」
「何言ってるのお兄ちゃん?!」
「……なんてな。冗談や。冗談やけど、うん――あと2年後には殴らなあかんのやなぁ」
「……トウジ?今日はかなり酔ってる?」
「そうみたいですね……?」
「2年後、2年後……あぁ、そういうことか」
「なんだよケンスケ。一人で納得しちゃって」
「トウジ、それはちょっと気が早い心配じゃないか?」
「なんでや……」
「だって真面目なシンジだぜ?えーと……8年後、早くても4年後じゃないか?」
「あぁ……そうかもなぁ……なら安心やな……」
「寝ちゃった……。……ケンスケさんももう泊っていかれます?布団、お兄ちゃんの部屋に敷きましょうか?」
「いやァ、僕は酔ってないよ。……というか、本気で気付いてないんだね?シンジ、サクラちゃんも」
「2年後、4年後、8年後でしたっけ?……えーと」
「僕が22、24、28……?」
「私が16、18、22……?」
「16歳。サクラちゃん。女子が出来ることと言えば?」
「「――あ!?」」
「じゃあ、僕は帰るよ。もう少し話したかったが……この話題に触れた以上、お邪魔は出来ない」
「ちょ、ちょっとケンスケ!」
「待って!せめて駅までタクシー呼びますさかい!」
「ははは、大丈夫さ。……それより、シンジが深酒しないか見張ってくれ。頼んだよ」
「なんッ、だよ……行っちゃった」
「……あの、シンジさん」
「うん。……あの、二人にはちゃんと色々、釘刺しておくから」
「いえッ、違います!違うんです」
「え、えーと」
「釘を刺したいのは、むしろシンジさんの方で……えーと……あ、別に釘をさすほど束縛するわけやないんですけど……」
「お、落ち着いてサクラちゃん。ほら、コーラでも飲んでさ」
「……ぷは。……ありがとう、ございます」
「大丈夫?」
「はい……で、ですね」
「う、うん」
「……私は……2年後、でも、いいですから」
「……え」
「お付き合いもしてないのに言うことじゃないとは思うんですけど。その、本気、ですから……」
冬月先生、後は頼みます。