色猫卓様「軋む籠」踏破感謝のSS。KPから「彼の胸に去来するのは後悔か、正当化か、それとも別の決意なのか」と宿題を課されたので「草加葵」の解答を出しておきます。本当にありがとうございました! ※シナリオのネタバレを含みます。
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毎日のように通い続けている病室。白いベッドに眠る一人の少女。
その隣に置かれた椅子に座り、俺はこうして今日も草加あめの見舞いにやって来ている。
相変わらず意識が戻らず、何を語ってもその目が覚めることはない。
それでも、あめが生きていることを確認しては、一方的な会話をしていた。普段は決して人前では話せないようなことも、あめの側でなら自然と口を吐いて出た。最初はたわいもないことを話していたのだが、最近は話題に困っているせいでつい零れてしまうのだ。きっと。
「ここ数日、来れなくてごめんな。依頼人から受けた仕事を終わらせてきたんだよ」
「俺にしては珍しく、探していた男性をきちんと見つけた」
「……うん。重症ではあったけれど一命は取り留めた。そうだ、確かに助けたんだ」
探していた男性を助けたことに、後悔はない。ただ、どうしてかとある言葉が耳に残っている。
『君は逃げろ! 君には、帰りを待っている人がいるんだろう!?』
そう言われた時、反論できなかった。
俺は、死ねない。あめが目を覚ます方法が見つかるまで、そして、あめが目を覚ますまでは。絶対にだ。
「……あめ。俺はさ、どうしたらよかったんだろうな」
「実はさ、アイツを置いていったことを後悔してないんだよ」
「『仕方がなかった』って心の何処かで割り切ってんだ。……割り切れるんだよ」
「……いろんな出来事に出遭った。理不尽なことも、不条理なことも、どうにもならないことがあることも知った」
「だからなのかな。俺はもう『全部を助けたい』なんて大それたことのためには動けない」
「目の前にあるものすら守れなかった俺にはもう、目の前のものを握るのが精一杯なんだ、って」
二度とは変えられない「選択」を経験した。一度目の狼の少女も、二度目のあめも、俺は間違えた。
そして、突き付けられた今回の「選択」を前に、最終的に俺は「撤退」を選んだ。
依頼人を助けるために、あの時の自分にできた最善手がそれだったから。
愚直にも死の運命に進もうとする人に手を差し伸べる余裕は、なかった。
「……俺もアイツみたいに、自分の意思を曲げずに動いていれば、何かが変わったのかな」
そう呟いた直後、思わず自嘲の笑顔が零れた。それは理想論だ。叶うはずのない選択。自分では掴み取れなかった結末だ。
分かっている。そんなことはできない。少なくとも、俺にはできない。
だから、この話はここで終わりだ。
俺はあの選択を後悔していないのだから。
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それでも。
どんなに割り切れたとしても。自分にはできなかった、と言い聞かせて一度は納得したとしても。
これから先、「彼」が人間らしさを完全に失わない限り、きっと「彼」はまた思い出す。
助けた人と助けられない人の線引きをした、という事実は変わらないのだから。