眼鏡を忘れて視界不良だった時に考えていた、目の見えない(弱視)白杖ファウストとネロのはなしネロファウ
どこでもない、どこかの現代じみたところのはなし。
バス通勤をするネロと、いつも同じ時間に乗り合わせて同じ時間に降りる白杖のひとがいる。
その日はたまたま大雪の翌日で、道路には雪が白く残っている。路面凍結に気をつけるよう朝のニュースでも言っていたなとぼんやり考える。
降車駅で、いつものように降りた白杖の人がコツコツと音を立てながらおっかなびっくり歩いていく様子に、危ないな、怪我したら嫌だなという気持ちがまさり、ついに
「……あの! 路面凍結してて危ないから……駅まで、一緒に行きますよ……」
と尻窄みになりながら声をかけると、びっくりしながらも
「ああ、ありがとう。助かる」
と、疑いもせず腕をきゅ、と掴んできたファウスト。
ここから始まるネロとファウストのはなし。
翌日から少しずつ距離を縮め、バスで見掛けたファウストに
「……こんにちは」
「! ああ、その声……先日はありがとう。助かった」
と穏やかに応えられ、次第にネロから声をかけるようになる。
ひとり座席に座っていたファウストはそのうちふたり座席の端っこに座るようになり、ネロを迎え入れるようになる。
ネロは保育園で給食を作ってる&先生、ファウストは盲学校の先生。
ある日、いつものようにバスで声をかけてきたネロは、小さな丸っこいかたちのものをファウストに触らせる。
「なに、これ」
「鈴だよ、ファウスト」
振るとりんりん、と軽やかな可愛らしい音がする。
「いきなり声かけられるってのも、肩を毎回叩かれるのも吃驚させるだろ。この音がしたら俺だ、って分かれば安心するかなって」
いつもつけるようにするから、覚えておいてよと、りんりん、鈴を鳴らすネロ。
目の見えない(弱視で殆ど見えない)ファウストは耳が良いので、その鈴の音を正しく記憶する。
それからはバスでもりんりん、と音がすると顔を向けてにこ、と微笑むようになったファウストにきゅん……と胸が甘くなるネロには恋心が芽生えている。
なんやかんやあってお付き合いするようになったネロとファウスト。たいへんなこともあるけど、ふたりだと楽しいことの方が多いから気にならないね。
ネロは1度だけ
「どうして見えにくいの」「治さないの」
と聞いたことがある。
ファウストは火事で大火傷を負い、皮膚の火傷跡は綺麗に治せたが目は焼けて殆ど見えなくなってしまった。
治さないのかという問いに、ファウストはネロが思ったよりもずっとあっけらかんと答える。
「治したいと思ったことはあるけど、同時に治さなくても生きていけるものだな、とも思うんだ」
「視界が暗いと思う?違うよ、いつも夜なだけなんだ」
「夜は好きだ。幼い頃は妹と夜更かしをして、母の子守唄を聞き、祖母の昔話を聞いた。静かで、優しくて、穏やかな夜は好きなんだ」
「明るくて、まぶしいのは、炎を思い出して……すこし、こわい」
そんなファウストにネロは、もう二度と目のことは聞かなくなるし、答えてくれた時にそっと頬を両手で包んで額をコツン、と合わせて
「そっか。あんたの目が綺麗な紫なのは、あんたがいつも想う夜を映しているからなんだな」
「あんたにとっての夜がやさしいものでよかった」
「俺の目、見える?きんいろに、少し青みがかかってる、夜明けの色なんだよ」
「俺たち、お似合いだと思わない?」
と笑って言ってくれる。
※極夜のノクツヌルが好きなオタクです
ネロはファウストの目が見えにくいことを
「かわいそう」「助けてあげないと」
と弱者のようには扱わない。
出かける時にはいつも手を引いてくれるけど
「好きなひとのエスコートってのは、誰でもしたいだろ?」
とふんわり甘やかな声色で告げられるから、ファウストもいつも安心してしまう。
見えない代わりによく声を聞き、よく身体に触れて「ネロ、前にはなにがある?」「きみは僕の目にならないで。隣にいて、一緒に歩いて」「きみの顔は綺麗なかたちをしているね」とたくさん慈しんでくるファウスト
てのひらや背中に指文字で「好き」「おはよう」と書いてくれたり、見えない代わりにたくさん言葉で「今日もいい天気だよ」「ねこがいる」「ファウスト、好きだよ」「抱きしめていい?」と伝えるネロ。
見えている世界初違うけど、お互いに慈しみながらゆったり手を繋いで生きていくネロとファウスト。
見たい。