〔小話:山に登る話〕
占星術師のくせに、自分の星はうまいこと操れないものだ。
「……甘すぎたかな」
実際そう言われてもぐうの音も出ないことだった。
木箱に収められたオーロラ色の鉱石を指先でつついて、ため息をつく。
しかしこればかりは、どうしようもない。
それを手にするには無理だろうなと思ったその日にめぐり合わせがあったのだから。
星のめぐりに我々が、すくなくともこの世界に生きる人が逆らえないとはこのことだ。
つまりは、"彼の方"に星の意志が微笑んだのだろう。
ピットレルの宿屋。
私は、商店手伝いでどこか深夜のコンビニ店員みたいなスキルアップをしていたパスカリくんを、
相変わらず伸びしろがすごいなあなんて目を細めて褒めて、可愛い得意顔を堪能していた。
終りが近い。
植物の成長の最終段階にくれば、きっとパスカリくんも私のもとを離れてしまうだろう。
文字通り種をまいて、それが人型を保つかどうかは私にはわからない。
ドライアドやハンターウィードなど、意志持つ植物型エネミーはいくつも見たが、
パスカリくんのような種族は結局いまのいままでみなかった。
ということは、"パスカリ"に「パスカリくん」が芽吹いたのであって、
パスカリくん自体が繁殖を繰り返しているというわけではないということだ。
「しんど……」
成長の最終過程まで見守るとわたしは決めていたし、このふたり旅は楽しいものだった。
だから、後悔などはしていなくて、私がいずれ悲しむであろうこと、それ自体がしんどいだけ。
そして、これと同じように、失うかもしれないものがあった。
とうに失っていることを知っていて、それでもなお試みているだけなのかもしれないが。
木箱をもう一度開けて、閉じて。
ぱかぱかとそれを弄んでしばらくしてから、無理やり眠った。
* * *
「忘れないで」
虹の石を"手はず通り"渡して、"星に微笑まれ"た彼にそう告げた。
それは意味不明なことだろう。そんなのはわかっている。
でも、それ以上何も言えなかった。
他に言おうと思っていたことは全て吹き飛んでしまって。
たとえば来月わたしたいものがあるからお会いしましょうだとか。
(来月に何があるかは懸命な方は知っているでしょう)
たとえば的を増やすために一緒に同じところにまた行かないかだとか。
そんな戯れを告げるのに、もう声が出せなくて。
わたしはたぶん、世界において割とズルをしてきた。
いや、天体観測のみんなも予知機能を有していたし、
根無し草さんたちだってこの世界の人が知るはずのない知識を有していたし、
完全なズルっていうほどでもないのだけれど、まあそういうことなのだ。
だから、手を伸ばさずに、それでも消えることがないのであれば。
私も観念してこの私の心を無碍にするのはやめておいてやろう。
恋とは甘い諦めなのである。誰かが言ってた。
たぶん、わたしの意志の星だけど。
* * *
道を確認し、ギルドで依頼書を受け取って。
意味をなさない懺悔をして、荷物を整理して、鳥車に必要なものより分けて。
紫雷轟く山脈を、紫の瞳に移す。
悪い癖だ。
わたしはどうしても星の意志へ問いかけたくなってしまっている。
もう一度。
わたしはこの世界に生きる意味があるのか、と。