庭師未通過✖ 猩々班 HO2由紀茂が実家の床で相模原さんを思い出すだけの小話。
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実家の風呂を上がると、寝間着姿の義母…京子さんが、自分の差し入れたノンカフェインのお茶をゆっくりと味わって飲んでいるので声をかけた。
「京子さん、給湯器の電源は切らなくて良いんでしたよね?」
「ええ、それで大丈夫よ。ねえ由紀茂君、このお茶ってどこで買ったのかしら?とても美味しいから、売っていた場所を知りたいわ」
「好みの味でよかった。同僚の人に同じ感じで聞いたらたくさんいただいた物なので、場所が分かったら、メールを送りますね」
自分は、少しだけ離れた場所に腰を落とす。
京子さんと2人で夕食をとることは何度もしたけど、今日みたいな日は初めてで、自分にそういう気はないけども、父はそういうの何とも感じないのか?とか色々考えつつリビングで風呂上がりの休憩をとる。
知り合って浅い月日のわりに、馬が合うのか、お互い、家族として成り立てる程度には心許しあえているとは思う。
しょうもない事で喧嘩というか、京子さんの熱い演説を聞かされた時に、自分は抗議の意味でわざとふて寝して、本気で怒られたし、自分も、あんなに言い返した事がある人はそんなにいないんじゃないかというくらい言い返した後に、仲直りというか、父から「親子というか、姉弟喧嘩だな」とやぶへび発言があって、京子さんが今度は父に怒って自分がそれを宥めるという事もあったけど、次の日、京子さんは後腐れなく元気に挨拶をしてくれた、というのを繰り返していくうちに、自分がこの人は裏表のない人だと確信して、心を開いたというのが正しい。
京子さんは、自分と初めて会った日から自分に心開いてくれていた。
開きすぎて、新婚とは思えないくらい、彼女視点の父の良いところも悪いところも沢山聞いた。
新婚とはいっても、自分に内緒にしていただけで、何年も付き合いつつ京子さんは、父と己が結婚した後の生活はどうなのか、散々シミュレーションして「最悪、前妻の二の舞になるかもしれない」という息子である自分からすると、どうしてそれで父の子を産もうと思えたのか不思議で仕方がないシミュレーションも抱きつつ、それでも、やらずに後悔より、やって後悔したいと決めて、結婚する事を決意したというので、たくさんの想いを抱いていてそれは当然なのだろうけど。
「由紀茂君は、今の”彼”との関係、冬樹さんに言わないの?」
「……まだ……そもそも本当は京子さんにだっていう気はなかったんですよ?お見合いどう?とか急に聞いてくるから……」
「ふふふ。彼女がいる気配しないけど、恋人の気配はなんかするから、じゃあ男だなって思ってカマかけたら由紀茂君が綺麗に引っ掛かったの、今思い出しても爽快だわ」
父の帰りが遅い別の日に、父の知人経由でお見合い相手を探しているという話を京子さん経由で聞いた時、自分がお見合いを絶対にしないと言ったものだから根掘り葉掘り聞こうとしてきて。
まだ、その時は京子さんの考え方に確信を持てなかったから変に思われたらどうしようと、絶対に口にしたくないと思っていたら、京子さんの別視点でのひっかけに引っ掛かり、同性の恋人がいる事を話さざるを得ない状態にされた。
なので京子さんは相手が誰という細かな事はまだ知らないけども、自分がまだ父に紹介する度胸が無い事を知っている。
父には彼女経由で『由紀茂君、恋人はいるらしいわよ。まだ親に挨拶できる段階ではないみたいだけど』と、言ってもらった。
京子さんに、自分の事で何ともなさそうだから引かないのかと尋ねたら『由紀茂君の部屋の片づけを手伝った時、ベッド下に大量のオカルト雑誌が綺麗に整えられていた事の方がよほど引いたわ』と、言われたのだけど。
そんなに多かったかな……。
10年分をジャンル別に整えてあったから、散らかっていなかったはずなのに。
わかっているのは、自分が京子さんとの会話にだいぶ慣れたという事。
だけどさすがに2人きりは緊張する。
それは、京子さんが父の妻だからではなく、彼女のお腹に自分の弟がいて、もうすぐ出産予定日だからだ。
予定日までまだ日数はあるとはいえ、急変は十分ありえる時期。
1人で夜中に過ごして何かあったら大変と父が家にいない日は京子さんのご家族のだれかしらが、この家に寝泊まりして、京子さんが急に産気づいても1人にならないようにしていたのだけども、ご家族それぞれが、体調不良や、当人の家族の都合で、今日だけぽっかりと、誰も居ない日になってしまったので、自分がヒヒさんに相談して、今日と明日は、こちらで過ごし、必要ある調べ物の中で、家でも可能なものに関してだけ、行いながら、万一産気づいたらそのまま休暇をとる形にしてもらったから、はじめての2人だけでの就寝。
気分は勤務中の仮眠とあまり変わらないかもしれない。
京子さんは、緊張しすぎだよと、宥めてくれたけど。
確かに産む本人より緊張してどうするとも思う。
特に何か起きたらそれこそ冷静な判断が必要で、そのためには眠れるときの睡眠が何より大事で。
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心許した柔らかさと、新しい命に対する緊張が混ざったせいか、感覚がとてもおかしな状態で床につく。
そして
夢をみた。
夢の中だと分かっているのに、自分は、何かに体を貫かれているような悲しい気持ちで
暗い、自分が知らないはずの闇夜の中で
あの子のような姿のあの人が自分に語り掛ける。
忘れたくても忘れることは一生できないほど美しい花々と共に。
「臼井君、私、お腹の子供を産みたかったのに」
「どうして妹さんをもっと早く見つけてくれなかったの?」
短い言葉でもそれは十分すぎるほど自分にとっては恐怖と絶望の悪夢で。
夢の中の彼女の声が、心臓をしめつけ、現実の自分が目を覚ました。
現実は静かで、乱れた自分の呼吸と、熟睡している京子さんの穏やかな寝息が耳に届く。
寝る前は望んでいた静寂が今のこの自分の精神には堪える。
暗闇の中で室内は暖かさと寒さの空気の流れが折り重なっていて、エアコンの暖房タイマーがまだ切れていない夜の時間だというのが分かったけども、明かりをつけては、京子さんの睡眠を害してしまうかもしれないからつける気持ちにもなれない。
あれは夢だとわかっていても、なんだか落ち着かず、頭からかぶった布団から父の匂いが少しして、これもまた、母と妹が家を出た後の日々を思い出してしまう。
しかも今この家に父が不在だから、一人で留守番していた時のやるせなさまで湧き出てくるものだから、頭を落ち着かせようと大きく息を吸った。
布団から目元を出して暗闇の中でもぼんやりと見る生まれ育った家の天井。
この場所で寝たからだろうか。
自分でそうだと思い出していても、今まであのような形で夢に出てくる隙間はどこにもなかったのに。
それ以外の要因は、隣で京子さんが眠っていたからだろうか。
京子さんは横を向いて眠っているものだから、自分が寝たままでも首を横に向ければ、その寝顔が見える。
もう少しで、産まれる予定だから、お腹が苦しく、横になって寝てるというけど、自分が隣にいて、眠りは浅くならないだろうか、寝心地はどうだろうかとか、余計な心配をしつつ、上手く眠れなかったのは自分の方だったから、あんな夢をみたのだろうか。
目を覚ました自分はちゃんと知っている。
夢に出てきたあの人……相模原さんは、そんなことを思う人……と断言するには自分は彼女の事を深く知る事は出来なかったけど、少なくとも人に対してあのように言い出す人ではけしてなかったのは、知っている。
あの言葉は、彼女の姿を借りただけの彼女に対する自分の無意識の中の後ろめたさだ。
相模原さんは自分にとって、優しくて、暖かくて、同時に穂積と同じくらい、もしかしたらそれ以上だったかもしれない。
とても
とてつもなく
羨ましかった。
妬ましかった。
口に出したら、今度こそ皆に嫌われてしまうかもしれないし、そんなことないとしても相模原さんが聞いていないと思って声に出すのはもっと嫌だった。
自分も、彼女の事は大好きでもあったから。
だけど、自分は、妹の死より、彼女の死の方が、まだ受け入れることが出来るくらいには、彼女が。
……水分不足の脱水症状だろうか。
頭の中に、望んでないのに思い出した光景がたくさん横切る。
荘さんと、何かを交換したのか、何かの話をしているけど、その何かは何なのか分からない。聞けば2人とももしかしたら答えてくれたかもしれないけど、内緒だと言われるのがとても怖くて臆病な自分が遠目でみた2人の景色。
穂積が彼女に何かをあげていて、楽しそうで、本当は何をしているの?と聞きたかったのに、小さなお菓子の箱は見えたから、そういうのに興味があると思われるのがなぜかどうしてか嫌で2人に声をかけれなかった景色。
お粥を作っていた彼女に自分が話しかけた時、ほほ笑んだ彼女の笑み。
ヒヒさんと彼女が話していたある日の、何かの小さな違和感。
本当に本当に小さな何かだったのだけど、自分はあの時の彼女に憎悪に似たものを抱いた。
2人が話していたのは、珍しい事ではないのに。
あの時は、2人の話題に自分がうまく乗れなくて、子供みたいに自分はすねただけだと思っていた。
それも、無いわけでは無いけども。
彼女の死の真相がわかって。
自分の父が京子さんと自分と3人で話していた時に。
気付いてしまった。
思い出してしまった。
知っている、自分はこの2人の目の合図を知っている。
2人が自分を置いていく気は毛頭ないのに、自分はあの時、置いて行かれる事を死と同じくらい危惧していた。
身体を起こして台所で水を飲む。
彼女がいて、嬉しいことは間違いなくたくさんあった。
だからこそ妹より彼女の死を認識しようとした醜さもあったけど、彼女が死んだと認識した時に泣き叫んだ自分も間違いなく本当だった。
その上彼女が羨ましかった。
妬ましかった。
1人で身勝手な気持ちを腹に隠していた。
それの全部が今飲み込んだ水と一緒に体外へ流れて出てしまえばいいのに。
自分はきっと全然似ていないのに、1つの共通点だけで義母を彼女と重ねて見ている。
だから、本来願う気持ち以上に、義母の出産が無事で終わりますよう、とても強く願ってしまう。
何事もなく無事に産めますように。
元気な子が産まれますようにと。
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