刀ミュ豊前江ヤバいなと思ったところ。豊前江は人々に覚えてもらっていることで自らの存在を確かにしていると認識している。そんな彼が相手を知ってから殺すのは、殺した人のことを覚えておくことで、その存在を留めようとしているから。
……と私は解釈しました。以下長文のひとりごと。
そもそも、自分の存在があやふやなことに自覚的な豊前江、というだけでかなり精神にきました。
でもそんなのは序の口で。
東京心覚の豊前江が笑顔で太田道灌に近付いて刺し殺すシーン、衝撃的でした。
そして、続く言葉。
「知りもしねぇで殺したくはないんだ」
この刀、最初から殺すつもりで、もしくは殺すことになるかもしれないと覚悟を決めて、太田道灌と接触していたんだと分からされてしまって、こちらも、さらに、衝撃的でした。
あんなに楽しそうに石を曳いて、談笑していたのに。
歴史を守るために人を殺すという決断を下すのが、今までの刀剣男士の誰よりも疾い。
むすはじで和泉守兼定が土方歳三を殺さなければならないと頭では分かっていたのに、何度も接触を重ねて、そして最後までできなかったことを、豊前江は躊躇いなく実行してしまった。
そんなところまで疾さを極めなくても、と私は頭を抱えました。
そして、あれを見てから水心子との回想を思い返すと、また違った意味を持つように聞こえました。
あの回想シーン、ただ格好良い顔がターンテーブルで回ってくるだけでも、自分語りしてるだけでもない。いや、顔は良い。確かに。
「みんな存在しているのかなんて、わかったもんじゃねぇ」
「俺は思うんだ。誰かに覚えていてもらえるうちは、存在しているってな!」
このセリフは自分のことだけではなく、豊前江が任務で歴史を守るために殺さざるを得なかった人たちのことも言っていると思います。
殺してしまったとしても、豊前江が覚えているうちは、その人は存在しているんだ、と信じようとしているんじゃないでしょうか。
人に覚えてもらっているから存在できている豊前江が、恩返しのように、人を覚えておくことでその人の存在を留めようとしている。
「そう思ってねぇと、やってらんねぇみてぇなところもあるけどな!」
そう思わないと、豊前江はただの人殺しになってしまうから。
そして、水心子の「誰にも覚えていてもらえなかったら、誰からも忘れ去られてしまったら、それは初めから存在していなかったってことなのか?」という問いに対しては、
「その答えを持っているのはきっと、俺じゃねぇな!」
ときっぱり回答を断ります。
豊前江は、自分が殺した人のこと、忘れるつもりはないのでしょう。ずっと。いつまでも。
ーーー
「ちと血に慣れすぎちまったかな」
そうやっていったい今まで、何人の人と出会って、殺して、その存在を背負ってきたんでしょうね……。