七草にちかがWING編で陥っている問題について
初出:2021年4月6日Privatterに投稿
◆七草にちかには魅力がないのか
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七草にちかは魅力のない人物ではないと思います。それは私が主観的に、にちかに魅力を感じているということではなく、コミュの中に魅力があると書かれていることに由ります。「grab your chance」に書かれているところを見てみましょう。アイドルの真似をしてパフォーマンスをして見せているにちかに対してプロデューサーが下した評が、次の通りです。
「とても明るくて、楽しそうで、みずみずしい輝きに満ちていて。でも、パフォーマンスをした瞬間に―― くすんで、何かのコピーになる」
ここでは「でも」の前後の対比が重要です。にちか当人は、「とても明るくて、楽しそうで、みずみずしい輝きに満ちて」いる。とても魅力がない人物とは思えない評価です。ですが、にちかはパフォーマンスをすると、「くすんで、何かのコピーになる」。ここでにちかが見せているのは、特定のアイドルのパフォーマンスの真似だということがひとつポイントになります。
ただし重要なのは、真似であるがゆえにくすんでいるわけではない、というところです。ここで思い出されるのは芹沢あさひとの出会いの瞬間で、そこであさひは街灯モニターに映るアイドルのダンスを真似て踊っていたところでした。あさひのそのダンスもまた真似であったわけですが、プロデューサーはそれを見てあさひをスカウトしようとしています。だからにちかのパフォーマンスが「くすんで」しまうのは、単に真似であるということが問題であるわけではないということがうかがえます。
やはりポイントは「でも」の前後の対比であるように思われます。「とても明るくて、楽しそうで、みずみずしい輝きに満ちて」いるはずなのに、その魅力がパフォーマンスに表れていない。そこがここから分かるにちかの問題であるように思えます。せっかく本人に素敵な魅力があるのに、特定のアイドルの真似をしてしまっていることでそれが見えなくなってしまっている(もしかすると真似のクオリティが低いせいなのかもしれません)。
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この「でも」の前後の対比は、オープニングのコミュから一貫していることが分かります。オープニングコミュでにちかがプロデューサーに迫ったとき、「アイドル志望で」とだけ言っていきなり「歌とダンス」を見せています。この「歌とダンス」に対するプロデューサーの評価は次の通りです。
「――――それは、なんていうか。見よう見まねで…… 自己流で、素人っぽくて……平凡で。けれど、アイドルが好きなんだろうなぁという憧れと懸命さに溢れていて――――」
ここでも「けれど」の前後の対比が重要です。「自己流」「素人っぽく」「平凡」と評価されているのは、「見よう見まね」の「歌とダンス」であるわけです。「くすんで、何かのコピーになる」と評価されていた「grab your chance」でのパフォーマンスと同様です。でもここでプロデューサーは、「アイドルが好きなんだろうなぁという憧れと懸命さ」を見ており、しかもそれが「溢れて」いると感じ取っています。ここからやはり、にちかに全く魅力がないわけではない、ということがうかがえます。
このことは、シーズン3クリアコミュでも描かれています。シーズン3クリアコミュではにちかは笑顔を失っています。そこでプロデューサーはシーズン2のコミュ「なみ」でのにちかの姿を想起しています。「なみ」でにちかは、レコード屋の前で八雲なみの映像をプロデューサーに見せようとしますが、そこでのにちかはとても「楽しそう」でした。シーズン3クリアコミュでプロデューサーはそのときのにちかを好印象をもって想起しているように思えます。そのときの「楽しそう」な姿を見せてほしいと願っているようです。
このように、アイドルに憧れていてアイドルのことを話したりするにちかはとても魅力的な姿をしているように思えます。ですが、その本人の魅力は、パフォーマンスには現れてこないようです。にちかが見せるパフォーマンスは、「見よう見まね」であり「くすんで」いて「何かのコピー」になってしまうのです。この対比が、にちかの問題であるように思えます。
この問題は、後のコミュで語られる「靴に合わせる」という話に由来していることが分かります。
◆「特別」な存在しかアイドルになれないのか
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シーズン3のコミュ「oh high」を見てみます。八雲なみのステップを真似してダンスに組み込むことで、課題のダンスができなくなっているにちかに、その点をプロデューサーが問いただそうとしているところです。プロデューサーはそのステップを「入れなくていいステップ」と言っており、にちかに対して「そのステップを入れるのをやめなさい」と言っているように聞こえます。にちかは「なみちゃんのステップ、今やったら絶対話題になります」と言っており、ステップを入れることに固執しようとします。なぜそこまで八雲なみのステップにこだわるのか。その答えはこうです。
「現実見てるからですよ……! だって、誰が………… 誰が見てくれるんですか、私のことなんか………… 道で立ってるだけじゃ、ただの人ごみなんですよ私……!」
八雲なみのステップを引用してダンスに入れることで、注目を浴びることができるかもしれない、そういう意図があってのことだということです。ここでにちかは、自分のことを「道で立ってるだけじゃ、ただの人ごみ」だと言っています。「たくさん人が行き交う中」で声が聞こえてきたという「特別」な八雲なみのスカウトの伝説との対比が意図されています。アイドルになるには、アイドルとして注目されるためには、自分は「特別」でなさすぎる、という自己評価であるようです。だから普通にダンスをするのではなく、「特別」である八雲なみのステップを引用するという「特別」なことをする必要がある、と認識しているようです。
この発言に対して、プロデューサーは「…………なんで、そんな――――」と答えています。にちかの「道で立ってるだけじゃ、ただの人ごみ」という自己評価に対して同意していないように見えます。プロデューサーはにちか本人に魅力を感じているようですのでこの反応は一貫しているように思えます。が、ここでにちかはプロデューサーの言葉をさえぎってしまいます。そして次のように言います。
「く、靴に合わせなきゃダメなんです。なみちゃんの靴に合わせなきゃ…… 私の靴は、いつまでたっても私の足じゃないですか…… なみちゃんの靴で踊らなきゃ、ライトなんて当たるわけないって…………」
上で確認した、「見よう見まね」でアイドルの「コピー」をするということが、ここでは「靴に合わせる」ということとして語られています。ここでにちかは自分自身の足と靴では「ライトなんて当たるわけない」と言っており、自分自身にはアイドルとしてやっていくための魅力が欠けているという自己認識をしていることがここからもうかがえます。アイドルとしてやっていくための魅力が自分には欠けているので、アイドルとしてスポットライトを当ててもらうにふさわしい靴を履かなければならないというわけです。そしてここでその靴として選ばれているのが、八雲なみの靴でした。
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この後に選択肢があります。選択肢で共通しているのは、八雲なみの歌の収録をしたスタッフに出会ったことをプロデューサーが想起しながら、八雲なみは「特別」であったという言説に対して疑問を抱くことです。想起して疑問を抱くだけですので、このことをにちかには話していません。
「わからないよ」の選択肢では、八雲なみが「特別」であることに同意した上で、アイドル「全員が特別なわけじゃない」と伝えています。ここでプロデューサーは、八雲なみのような傑出した存在にならなくとも、アイドルとして成功することはできるということを伝えたかったようです。「これまでこの世界を勝ち上がってきた人も、今一線で活躍してる人たちも、全員が特別なわけじゃない」と言っています。だからにちかも八雲なみのようになることをせずとも、にちか自身の「足」と「靴」でも、アイドルとしてやっていくことができると言いたかったのではないかと考えられます。
ですがすでに指摘されていますが、興味深いのは、「誰もが特別だ」と言ったのではないということです。プロデューサーはにちかに対して「君も特別な存在だ」と言うこともできました。でもそうは言いませんでした。むしろ逆に、アイドルのほとんど多くは「特別」ではない、と言っているのです。プロデューサーがそう言うのは、八雲なみは本当に「特別」だったのか?という疑問がプロデューサーの中にあったからです。それはWING優勝後のプロデューサーの想起で明かされるように、八雲なみの歌を収録したスタッフの話に基づいています。八雲なみのスカウト伝説は作られたもので、八雲なみもまた普通の人間だったのでした。プロデューサーはそのことを知っているので、「特別」にならなくてもいいということをにちかに伝えようとしているのだと思います。
ですがそうだとすると、ここでのプロデューサーの応答は十分なもののように思えません。というのも、もしそう考えて、そう伝えたいのなら、八雲なみもまた「特別」ではなかったということもまたにちかに伝える必要があったように思えるからです。しかしここでプロデューサーは、八雲なみが「特別」であったということに同意してしまっています。そうすると、八雲なみは例外だけど、というニュアンスをにちかに与えてしまうことになります。
なぜプロデューサーはそのように言わなかったのか。これは推測するしかありませんが、ひとつにはこのときのにちかが切羽詰まっていて、にちかの中の八雲なみ像を打ち壊してしまうような話を受け止める余裕がなさそうに見えたのかもしれません。あるいはにちかの中にある八雲なみに憧れる気持ちを壊すまいと、にちかの憧れを尊重する気持ちがあったのかもしれません。プロデューサーの説明不足のようにも見えますし、にちかの気持ちを尊重するためであるようにも見えます。
ですが、ここでにちかはプロデューサーの言いたかったことを聞き取ることが出来なかったように見えます。にちかには「特別」と「人ごみ」の二つしか見えていなかったのではないかという気がします(そのくらいに余裕を失っていたのかもしれません)。プロデューサーが伝えようとした、「特別」でなくてもアイドルとして活躍できる人たちの存在は、「特別」と「人ごみ」の間に位置づけられますが、「特別」と「人ごみ」しか見えないにちかはそのような人たちをうまく位置づけることができず、「特別じゃなくていいなら、誰だってアイドルですよ」と答えてしまいます。プロデューサーはこれに応答することができません(ここでの「…………」は意図的な沈黙にも思え、応答しても今のにちかにそれを受け止める精神的な余裕がないと思ったのかもしれません)。
それにプロデューサーは、「見よう見まね」の「コピー」のパフォーマンスをしなくても、にちか本人に魅力があるということを知っています。「特別」でなくてもアイドルで成功できると言うこと、そしてにちか本人の魅力でアイドルができるかもしれないということを、プロデューサーはにちかに言うことができたはずです。
ですが、プロデューサーはにちかにそれを伝えることはしませんでした。プロデューサーはにちかが八雲なみのステップを引用してダンスに取り入れようとすることを無理にやめさせようとはしません。八雲なみに憧れる気持ちもまたにちかの魅力であるということもあるのかもしれませんが、八雲なみのステップを引用して取り入れたいというにちかのやりたいことに対する尊重の気持ちでもあるのかもしれません。でもそのステップを取り入れることが「靴に合わせること」であり、それ自体が、にちかが憧れ目標とする八雲なみをアイドルから遠ざけたことであるということが皮肉に思えてきます。
◆アイドルの条件
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ここでのやりとりにはもうひとつ重要なポイントがあるように思われます。先ほど引用した「靴に合わせる」ことを言ったにちかの言葉には続きがあり、そこでにちかは次のように言っています。
「私が精いっぱいをやって、私が満足したって…… 意味ないって、わかってるじゃないですか――――!」
私はにちかのWING編を最初読んだとき、にちかが何を望んでいるのか確かなところが分からない、と疑問を抱きました。
七草にちかは何を望んでいるのかという話。
https://fusetter.com/tw/AR55CkPT#all
ですがここを読み直して、にちかは自分の個人的な望みや満足をそもそも度外視していたのかもしれないという気がちょっとしてきています。「精いっぱい」をやったら、それなりに「満足」を得られるかもしれない。けれどにちかが求めているのは「私が満足」することではない、というわけです。「私が満足」したところで、それがアイドルを続けられるということを意味するわけではない。必要なのは、WING優勝という結果だからです。
ここで「意味……か」の選択肢を選ぶと、これに対するプロデューサーの考えを読むことができます。プロデューサーは八雲なみのステップを引用して取り入れることについては「やめてほしいわけじゃない」と言います。そう言った上でプロデューサーは「楽しいステップを踏んでもらわなきゃ、それこそ意味がない」と答えています。結果のために手段を用意して、その手段に合わせて身を削るのではなく、その過程を楽しむということをプロデューサーは重視しています。
ここで2人の思考は対立しています。にちかの思考はこうです。どんなに楽しんだとして、「私が満足」したとして、WING優勝できなければアイドルを続けることはできません。楽しむとか「私が満足」したとして、それがWING優勝をもたらすとはかぎりません。それゆえ必要なのはWING優勝であり、WING優勝のための手段であって、楽しむとか「私が満足」するということではないのです。
一方のプロデューサーは、シーズン1のコミュ「grab your chance」の選択肢「焦らなくていいんだ」の先で、WING優勝という目標に対して「それは、現実的な目標なんだろうか」と疑問を抱いています(この選択肢の先でにちかは「思い出を作りにきたわけじゃない」と言っているのも重要です)。これは一見すると、にちかにWING優勝は無理であるという風に思っているように見えます。実際プロデューサーはにちかのことをそのように見ていたのかもしれませんが、そこは定かではないように思います。少なくとも言えるように思うのは、アイドルになりアイドルを続けるということのために「WING優勝」という条件は必要な条件なのかということです。にちか以前のアイドルでも、WINGで敗退してもアイドルを続けていく未来があることが描かれていると思います(冬優子は微妙かもしれませんが……)し、プロデューサーがその条件を必要な条件だと思っていないことは確かであるように思われます。
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プロデューサーのこの考えが見えるのが、シーズン4のコミュ「may the music never end」の選択肢から先の部分です。ここでにちかは、もし体調を崩してWING本戦で万全の状態にできなかったら「最後」になってしまうということを言っています。選択肢はそれに対する応答です。
まず「最後かもしれないな」という選択肢を見てみましょう。
「……にちかが苦しむのが、これで最後になればって思うよ。理想があって、それに向かって頑張って、もがいて…… ……そういうことだったらいいんだ。そういうことなら喜んで応援したいし、なんとか……最後にならないように尽くしたいって思う。だけど……結果しか追っていないなら、結果を得られなかった時になんにも残らない」
ここで、八雲なみのステップを真似したりして必死になっているにちかの姿をプロデューサーがどう見ているかが読み取れます。プロデューサーはそうしたにちかのことを「理想があって、それに向かって、もがいて」いるのかどうか疑問に思っていることが分かります。もし「理想があって、それに向かって、もがいて」いるのなら、応援したい。けれどプロデューサーはにちかに対して「結果しか追っていない」のではないか、と考えているのです。プロデューサーはこう付け加えます。「にちかが憧れたものは……なりたかったものは、こんな苦しい顔をするアイドルだったのか?」。
にちかはそこで社長室で見た八雲なみの白盤を想起します。「そうだよ」ではなく「そうなの?」と疑問を提示していた八雲なみ手描きの白盤。プロデューサーの問いかけがにちかに刺さります。絶対だと思っていた八雲なみも疑問を抱いていたように、にちかが憧れた「アイドル」は「こんな苦しい顔をするアイドル」ではないということをにちかも分かっているようです。でも、にちかにはWING優勝が必要である(ように思える)ということには変わりません。ここでにちかは、WING優勝のために必要な手段を講じるがそのために苦しむということと、自分にとって楽しく満足できることをするがWING優勝に繋がらないかもしれないということのジレンマに陥っているようです。
続いて「そう思うか、本当に」という選択肢では、「最後」ということの意味が問われています。この問いに対しにちかは「アイドルでいられる最後ってことです……!」と答えます。するとプロデューサーはさらに「アイドルでいるっていうのは……どういうことなんだ」と問いを続けます。
この問いと応答が興味深いところです。この問いに対してにちかは「アイドルでいるってことです」と答えています。しかしこの応答は同語反復でありトートロジーでしかありません。「アイドルでいる」ということをにちかはパラフレーズできないのです。いわば「アイドルでいる」ということの内容や肉付けをにちかは認識しておらず持っていないということを示してしまっているように思えます。トートロジーの命題は絶対に真ですが、しかしそこに意味はないのです。
もしかするとここで露呈してしまったことが、にちかにとっての重要な難点であるのかもしれません。だからこそ当初のパフォーマンスが「見よう見まね」で「コピー」になってしまったのかもしれませんし、レッスンを重ねていく中で八雲なみのステップを引用して取り入れるという手段を必要としたのかもしれません。(でも「アイドルでいる」ということの中身のなさについて考えると、浅倉透はどうなんだという問いが浮上してきます。ここでにちかと透がどう異なっているのかということについては重要なポイントであるように思えるのですが、私はまだ解答を持っていません。)
プロデューサーはにちかの応答のトートロジーには触れず、また問いを重ねます。「それは八雲なみの真似をして…… できない、こうじゃないって……苦しむことなのか?」と。「最後かもしれないな」の選択肢の先と同様、プロデューサーは、にちかが楽しんでいるようには見ていないことがここからうかがうことができます。そして「アイドルでいるなら、そのことに喜びがないと、じゃないと……アイドルでいられなくなるって思う」と自身の考えを提示しています。
これはいわばプロデューサーが考える、アイドルでいることの条件であるように思います。ここでにちかとプロデューサーの考えがはっきりと対立してくることになります。にちかにとっては、姉はづきと約束したWING優勝という結果がアイドルであることの条件です。一方プロデューサーにとっては、アイドルであることを楽しむこと、喜ぶことが、アイドルであることの条件です。プロデューサーの提示する条件はWING優勝を必ずしも導くものではなく、WING優勝を絶対に必要とするにちかとってそれは「意味ない」ことだと言っていたものでした。
しかしそうは言っても、プロデューサーの言っていることをにちかは分かっているように思えます。「苦しむことなのか?」という問いに白盤を想起しながら「苦しんでません」と答え、「喜びがないと」というプロデューサーに対して「喜んで練習してるじゃないですか」とにちかは答えていますが、その答えの声はどちらも震えており、本心からそう思って言っていることなのか疑いたくなってしまうところです。
プロデューサーもおそらくそのことは気づいていたと思うのですが、そこは追及しませんでした。にちかの言ったことそれ自体を受け取り、プロデューサーは「それだったら、最後なんてことない。絶対」と言い添えます。「それだったら」というところに、本当はそうではないかもしれないというニュアンスが感じ取れる気がします。この言葉をを聞いたにちかの表情は何かを内側で抱えて耐えているかのような、悲しそうな表情でした。
最後に「最後じゃないよ」の選択肢を見てみます。「最後じゃないよ」の発言に対してにちかは怒りをあらわにします。にちかは「終わったら、終わりなんですよ」と言いますが、ここでにちかが言う「終わったら」は「WINGで優勝できず敗退したら」という意味だと思われます。にちかは「他の人には続きがあっても」と言っており、「WINGで優勝できず敗退したらアイドルは終わり」ということになります。ですので、プロデューサーの言う「最後じゃないよ」を、にちかは「WINGで優勝できなくても最後じゃないよ」という意味に聞き取ったと考えられます。
私も最初はこのように読んだのですが、別の読み方ができるようにも思えます。それは、「WINGで優勝できるよ」という意味です。
プロデューサーは「……最後にするのか?」と問うており、最後にするかどうかはにちか次第であるということを示唆しています。その後の「そうはならないって、言ってるだけだよ」というのも、「WINGで優勝できず敗退したとしてもアイドルは終わらない」という意味だけでなく、「WINGで優勝できず敗退することはない」という意味にも読めます。そして「それじゃ、もし最後だとして――――」と最後=WING敗退を仮定として示しているところから、WING優勝は不可能ではないと言っている(思ってている?)と読むことができます。シーズン4クリアコミュで、「俺は、こうなるって思ってたぞ?」「こうなるって、言ってました…………」という会話がありますが、その「思ってた」「言ってた」というのはこのあたりに基づいているのかもしれません。
そして重要なのは、「最後だとして」の仮定の先です。最後「だとしたら俺は…… もっと大事にしてほしいよ、この時間のこと」「終わっても終わらなくても、この時間は一回きりだ。だから……本当にやりたかったこと、やってほしい」とプロデューサーは伝えます。ここで「本当にやりたかったこと、やってほしい」と言っているところから、いまにちかがやっていることは「本当にやりたかったこと」なのかという疑問がプロデューサーの中にあることが読み取れます。それを聞いたにちかは社長室にあった白盤を想起し、悲しそうな表情を見せています。
◆七草にちかがWING編で陥っている問題
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ここからにちかが陥っているジレンマの状況が見えてきます。一方の道は、アイドルを続けるためにはWINGの優勝が必要だが、にちかの自己評価では、自分自身の魅力ではWING優勝なんて不可能だと思っており、それゆえWING優勝を目指すならそのために必要な手段を講じなければならないのだが、しかしそれは「本当にやりたかったこと」ではなく「苦しむ」ことになるという道。もう一方の道は、自分が憧れたアイドルのように、自分にとって楽しく満足できることをしたとしても、それはWING優勝に繋がらないかもしれないかもしれず、優勝できずにアイドルをやめることになるかもしれない一回きりの道。アイドルを続けることができなければ、そこに喜びや楽しみを見出したとしてもしょうがないし、しかしアイドルを続けるために喜びも楽しみも放棄するのは苦しい。にちかはこの間に挟まれているように見えます。
にちかが陥っているジレンマには外在的要因があるように見えます。(1)はづきがWING優勝という条件を提示したこと、そして(2)八雲なみの真似をするという「靴に合わせる」苦しい道を選ばずともにちか自身の魅力でWING優勝を目指せるとプロデューサーが言わなかったこと、という2つの要因です。
はづきがなぜWING優勝を条件にしたのかは現時点では謎です。そもそもアイドルになりたいということに反対していたことも謎です。はづきがアイドル業界の厳しさを知っているがゆえに、妹にその苦しさを味わってほしくなかったとか、にちかが憧れる八雲なみのことをはづきが知っていたとか、そういった可能性は有力な可能性として考えられます。WING優勝できるくらいの実力と精神力がないとアイドル業界は厳しいぞ、と。やってみて諦めてくれるならそれでいいし、優勝できたなら実力も精神力も備わっているというわけで続けていってもいい、ということかもしれません。
ほかに考えうる可能性としては、アイドルとしてやっていくには、にちかには資質が欠けるとはづきが認識していたから、ということもありえるかもしれません。この可能性は、八雲なみの真似なんてしなくてもいいと言わなかった理由としても考えうることです。レコード店の倉庫らしき場所でにちかにパフォーマンスを見せられたとき、にちかの歌とダンスをプロデューサーはそれほど高く評価していませんでした。が、にちかの中にあるアイドルに憧れる気持ちは強く感じ取っていました。にちか自身に魅力がないわけではないと思いますが、後日実際にテストしてみたとき、にちかにアイドルとしてパフォーマンスするにあたって資質があるとプロデューサーが判断したかどうかは描かれておらず、分かりません。
にちか本人は、自分自身の魅力ではアイドルとして勝負できないと低く認識しています。プロデューサーもにちかは「特別」ではなく「平凡」だと言っています。しかしこのことは、にちかはアイドルとしての資質を欠くということを意味しないはずです。プロデューサーは八雲なみも「特別」ではなかったと知ることになるわけですし、「特別」でなくてもアイドルとして勝ち進み第一線で活躍することができるということを知っています。にちかもまたこの道を進むことができるはずだとうことは示唆されており、それゆえにちかにアイドルとしての資質を欠くということを断定することはできません。
ですがプロデューサーはそのようにした方がいいと導くわけではありません。プロデューサーはにちかが八雲なみに憧れていることを肯定的に受け止めていますし、八雲なみについて話すときのにちかの楽しそうな様子と笑顔を好意的に記憶にとどめています。プロデューサーはその気持ちを尊重しようとしたのかもしれません。八雲なみのステップを引用しようとするのを無理にやめさせようとせず、にちかがやりたいと思うことをやってほしいと思っているようです。それがそのまま、「靴に合わせる」ということを無理にやめさせようとしないというところまで続いてしまっているのかもしれません。本人の意志を尊重するというスタイルが裏目に出ているかのようです……
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本人の意志というところが問題です。やはりここが問題であるように思います。プロデューサーは本人がしたいと言うことを尊重したいというスタイルですが、本人がしたいと言っていることが、したいと思っていることと完全には一致しないとき、問題が発生するような気がします。にちかはここに問題があるように思います。
なぜアイドルになりたいのか。なぜアイドルになることにそこまで強い憧れがあるのか。楽しみや喜びを捨てて苦しい思いをしてまで「アイドル」であることになぜそこまで執着するのか。私はこの願いは、別の願いが形を変えて現れてきたものではないか、という可能性を考えました。もしそうであるならば、その別の願いは、アイドルであること以外の方法でも充足させることができるはずです。
ですが、そうではないかもしれません。WING敗退コミュ「〈Who〉」では、優勝できなかったことによってアイドルを辞めるつもりでいる様子のにちかが描かれており、そこでにちかは「もう…… 自分がなみちゃんでもアイドルでもないって―――― 思わなくって、すむんだもん」と言っています。ここから、283プロでアイドル研修を始めるまでは、自分が「なみちゃんでもアイドルでもない」と思って悲しみを抱いていたことが推察されます。それほどにアイドルに対して強い憧れがあったことが推察され、それゆえにちかの願いはアイドルであることによってしか充足できない願いなのではないか、という気が増してきます。
WINGで優勝できず敗退してアイドルを辞めるのだとすれば、これから「なみちゃんでもアイドルでもな」くなるわけですが、それを良しとしているところがより悲しみを誘います。これが本心から出た言葉なのかは分かりません。「シューズとかも捨てちゃおっかなー」など空元気がにじみ出て居り、わざとらしく、本心から出た言葉だとは到底思えません。でもアイドルをするということがにちかにとって苦しいことであったなら、そこから解放されるということに安心感がないとも言い切れないのが、また悲しいところです……
(もしかして七草にちかは思っていることと言っていることが違う、という人なんでしょうか……? 七草にちかは言葉として口にだして言うことが大事であると考えている人物であることが随所からうかがえますが、実は口に出して言っていることは思っていることとは違う、という人なんでしょうか……??)
◆WING優勝のその先に
もしアイドルであるということでしか叶えられない願いを持っているなら、アイドルであり続けるしかありません。でも喜びも楽しみも放棄して苦しい思いをしてまで、アイドルであり続けるべきなのでしょうか。あるいはそのようにしてアイドルでい続けることができるのでしょうか。
ここで考えたにちかが陥っているジレンマ、そしてにちかの意志が分からないという問題は、WINGで優勝しなければならないという状況の中での問題です。これらはWING優勝を達成すれば、いくらかは解消されることになるように見えます。
WING優勝コミュ「そうだよ」を見てみます。にちかは八雲なみを引用することによってWINGを勝ち進み優勝を勝ち取ったわけですが、その道のりは楽しみや喜びよりも苦しさの方が大きかったようです。でも逆に言えば、その道のりは苦しかったとしても、WING優勝を勝ち取ることができたました。はづきとの約束も果たしたわけですし、アイドルとしての実力も十分であると言えるはずですから、誰に気兼ねすることなくアイドルを続けることができます。「誰が見たって、今のにちかは立派なアイドル」です。
WING優勝コミュでは、にちかが背中を押してもらっていた八雲なみの歌「そうだよ」が悲しい歌だと感じていたことが語られています。そして社長室で見つけた白盤に書かれた「そうなの?」という言葉から、八雲なみには「ほんとは歌いたかったこと、別にあったんじゃないか」ということにも気づいたと語られています。
ここで同時にプロデューサーは、八雲なみの歌を収録したスタッフから八雲なみがどんなアイドルだったか聞いた話を想起しています。八雲なみのスカウト伝説は作られたものであり、本当はオーディションに落ちまくっていたこと。それをやり手のプロデューサーがやや強引にプロデュースしていくことで、八雲なみは売れることができたこと。八雲なみはアイドルであることに居場所を感じていたらしく、そこに食らいつこうとしたが、強引なプロデュース方針に耐え切れず失踪したこと…… 私たちとしては、2019年のクリスマスイベント「プレゼン・フォー・ユー」で断片的に描かれていたことも想起されるところです。
にちかは八雲なみを「特別」なアイドルの像として認識し、それを引用することを「特別」ではない自分がアイドルとしてやっていくことの手段としました。それは楽しみや喜びよりも苦しみの方が大きい手段のようでした。その手段をにちかは八雲なみの言葉を借りて「靴に合わせる」という風に呼びましたが、実は「特別」だと思っていた八雲なみ自身もまた「靴に合わせる」ということで苦しんでいたかもしれないのでした。にちかは八雲なみを引用し「靴に合わせる」ことで八雲なみの「特別」さを身に纏おうとしたわけですが、実は「靴に合わせる」ことの苦しさまでも八雲なみから引用してしまっていたことになります。
ここでにちかは八雲なみが見ていたものをかなり追体験できるところまでたどり着いているのだと思います。「特別」ではないにちかが、「特別」であるはずの八雲なみの見ていた景色を見る場所までたどり着くことができた。それはにちかが見たかったものとはちょっと違ったかもしれません。
でも完全には違ったものではなかったのかもしれないなとも思います。八雲なみの「そうだよ」を「悲しい歌」だと「ちょっと思っていた」ことを明かし、その上で「悲しいから…… 好きだったのかも……しれなくって…………」と吐露しています。だからある意味では、にちかがWING優勝してたどり着いた苦しみと悲しみの景色はにちかが見ようとしていたものだったと言える部分もあるのかもしれません。
これは悲しいことかもしれませんが、悲しいだけのことではないのかもしれないという気がしてきます。それは伝説的な存在として一部の間で記憶に残り続けるアイドル「八雲なみ」に対し、その姿をより適切に認識をすることができるようになったということによって喪を行うことができるような気がするからです。
そしてまた同時に、「八雲なみ」を引用することでWING優勝を達成し、その後もアイドルを続けて八雲なみの「時間を追い越して」その「続き」をにちかが作っていくことによって、八雲なみという終わってしまったアイドルに新しい時間を与えることができるようになります。多くの人に忘れられていた八雲なみという存在を思い出させ、八雲なみの継承が認識されると考えられるからです。それによってアイドル「八雲なみ」の途切れていた時間に続きが与えらえることになるのです。
八雲なみによってにちかはWING優勝までたどり着くことができました。ですがにちかが優勝のその先にアイドルを続けていくことによって、今度はにちかが八雲なみを救うことができるかもしれません。もしそれが可能であるとしたら、天井社長もまた救われるかもしれません。
ですが、七草にちかというひとりの人物にそこまで期待するのは背負わせすぎかもしれません。ただ今願うのは、WING後のアイドル生活の中で、七草にちかがやりたいと思っていたことができること、それをすることで七草にちかが楽しいと思えること喜びを感じられること。七草にちかが笑顔でアイドルができたらいいなと思うばかりです。
*Privatterの投稿は削除済み