キルキル自陣のif話。幻想。ネタバレないんで未通過でも読める。平和。お酒飲んでちょっと女の子同士が絡んでるから気をつけて。(R-15くらいだと思ってください)
聖「僕…、マジで燎にとんでもねぇことしたから禁酒するわ……。」
※自陣の探索者の話です。
幼馴染で、心が男性な女性たちの話。
(聖の一人称は二つあるので読みづらいかもしれません。ご容赦。)
ルームシェアし始めたばかりのあたり。季節はようやっと涼しくなってきたくらいの秋。
お酒飲んでる話だよ。
ーーーーーーー
蒸し暑く、じっとりと汗をかくくらいの夜。
唯一互いのことを理解し合える仲である幼馴染の燎と、近くの自販機で買った缶珈琲を片手に、少し離れた所にある街頭にぼんやり照らされたいつものベンチで他愛ない話をしていた時のことだ。
「聖、あの…さ……。よかったら一緒に、住まない?」
突然アイツにそう言われた。
いつもと違う空気感と、言葉を発する前に形にできない喜びの感情が込み上げてきて何故か動くことができず、燃え切って繋がっていた煙草の灰がぽとりと膝に落ちたのをよく覚えている。
大体あれからひと月くらい経っただろうか。涼しくなってきた頃、話は進んでとんとん拍子で準備を整えて、燎とルームシェアをすることになった。
「ふふ…、なんだかドキドキするね。」
「内見の時も言ってたな。まぁ、自分も似たような感覚あるけどよ。」
「初めてのことだからね。なんていうか…上手く言い表せられないんだけど、嬉しいんだ。」
「おー、そうか。……ん、そうだな。なんだかんだ自分も嬉しいな。」
新しい部屋、新しい家具、新しい香りが漂う二人だけの空間。新鮮で気持ちが良い。
荷物運びもひと段落して時刻は夕刻。そろそろ腹も減ってきた。
「なぁ、燎。今日は外で飯食わねぇか?」
「ん、いいよ。」
「折角だし、引っ越し祝いに一杯飲もうぜ。」
「いいね。でも、一杯だけだよ?聖、お酒弱いんだから。」
「なぁに言ってんだよ、それは燎もだろー?一杯だけ、一杯だけ!なっ?」
「も~…わかったわかった!ホントに一杯だけだよ?約束だよ?」
心配そうに自分を見る燎は小さく溜息を吐いた後、優しく笑ってみせた。
そういや、燎はなんでまた急にルームシェアしようなんて言い出したのか。ちゃんと理由を聞いてなかった気がするが、まぁ…理由はどうであれ、これからは帰れば気を遣わずに過ごせる相手が居るんだ。これ以上に楽で幸福なことはあるだろうか。僕にとってはこれ以上は無ぇなって思う。
もう、一人で抱え込むような孤独なんてまっぴらゴメンだ。だからこそ燎からの誘いを聞いて、心から喜んだのかもしれない。と、言ってもあんま大っぴらに喜ぶと自分らしくねぇし、互いを理解して過ごせるならそんな形でも悪くねぇよなって承諾した。
今までのように、どっかしらのタイミングで連絡取り合ってから落ちあって話すのも悪くは無いが、一つの空間で心が楽になる相手と、すぐに顔を合わせられるっていうのもまたいいもんだろう。なんだ、ワクワクしてるな。これが“今後が楽しみ”ってやつか!なんか、ガキの頃に思った遠足の前日みたいだな。
「よっし!そしたら荷物片付けてて汗かいちまったし、風呂入ってから飯行こうぜ。」
「ん、そうしよ。」
お互いに大きく伸びをして、汗を流してから向かう準備をすることにした。
ーーー互いにささっと風呂を済ませてから外へ出て、少し歩いた先にある駅前の居酒屋に着いた。ここは空調が壊れているのか、それとも弱いのか知らないが、長く居ると暑くて仕方ない。だが、内装は完全個室になっているから、酒を飲む時はよく使っている店だ。お互い、周りの目を気にしてしまう性だから、全席完全個室の居酒屋ってのは数少ないわけだし、本当に重宝している。注文を頼むのもタブレット端末だから楽だ。
「なんか久しぶりだね、ここに来るのも。」
「ああ、そうだな。自分はたまに来るけど、そんなに酒飲まねぇからなぁ。」
「そうだね。聖、なに飲む?」
「んぁ~…そうだな、レモンサワー。」
「わかった。じゃあ僕はー……ピーチウーロンにしようかな。」
なんだ、いつもなら「じゃあ僕も一緒のやつにしようかな」って言うのに、珍しく可愛いもん頼むじゃねぇか。
「なんか頼むもん、らしくねーじゃん。」
「えーっと……今日は弱くて甘いものの気分なんだよ。だってほら、聖がべろべろになったら誰が介抱すると思う?」
「はぁ…。一杯だけなんだから、だーいじょうぶだって!!」
「本当にー?」
「つっても、燎だって酒弱ぇんだからそれでも酔っ払うだろ?」
「ぅう。ま、まぁ…そうかもだけど。と、とにかくあんまり注文遅いと迷惑になっちゃうから頼むね!ご飯も適当に頼むよ。」
ポチポチと端末の画面を押して注文する燎。何を顔に浴びせて慌ててんだが。んまぁ、自分のことを心配して言ってるってのは分かってるから、いいけどな。
しばらく経って、酒も料理も来た。厚焼き玉子にサラダや唐揚げ、焼き鳥や創作料理みたいなシャレた肉料理。併せてたこわさび。
「お、たこわさ!燎、分かってんじゃ~ん。」
「だって頼まなかったらうだうだ言うでしょ?」
「……それは悪かったな。」
「ふふ。それじゃ、乾杯しよっか。」
「おう。」
氷がいっぱい入った互いのグラスの縁をカチンとぶつけ鳴らして、自分たちは小さく「乾杯」をする。
外で飯を食うってのは僕のちょっとした提案だったが、今夜は引っ越して初日ってことで気分的にお祝いしたかった。周りからしたらただの日常の一日かもしれないが、自分たちにとっては新たな門出であり、特別な日だ。これから先、気兼ねなく過ごせる生活がこれから先待っていると思うと胸がまた踊った。
お互いの仕事のことや家に足りないものだったり、今後の過ごし方について話し合って、共に笑い合った。喉を通るアルコールが身体を巡って体が熱くなる。高揚感が自分の背中を押してたくさん燎と話した。楽しくて仕方がない。最高のお祝いだと心から思った。
ーーーが、僕はその後のことは一切覚えていない。
「ひじり~~!ほ~らぁ、帰るよー。」
「んぁ~…。かえるー……。」
お店に入ってから三時間くらい経って、夜も段々と更けてきた頃。楽しくなっちゃったのか、僕が目を離した隙に聖は二杯も飲んじゃった。一杯だけって言ったのに…。
「お会計、済ませたから…。ほら聖、立ってー。」
「うん~~…。なぁ、かがりー。」
「…なぁに?」
「肩……貸して。」
「うん、いーよ。」
ぐでんぐでんの聖。お酒を飲める人からしたらたった二杯なのかもしれないけど、聖からしたら相当の量だよ。合間にサワーの中に入っていたレモンを齧っていたからか、肩に掛けた聖の手元から爽やかな香りがする。よく見れば顔や耳、首元まで真っ赤っか。ほんとお酒弱いのに調子なんか乗るから……。
ゆっくりお店を出て僕たちの家へ向かう。時間も遅いからか、人通りも少なくなってきている。こんな時間まで飲んでたのはいつぶりだろう。すごく久しぶりな気がする。僕は抑えたからへろへろになるまでは飲まなかったけど、ぽかぽかと高揚感はある。
「かがりー。」
「なぁにー?」
「へへ、たのしいなぁあ~!」
「ふふっ、そうだねぇ~。」
「家に帰っても燎がいるんだぜぇ?最高じゃねぇか!なぁ!」
「僕もだよ。…ありがとう、聖。」
「なぁんだよォ……、辛気くせぇ顔すんな。もっと笑えよ~?」
そう言って僕の肩に回している方の手で、聖は僕の頬をぺちぺちと軽く叩く。笑顔があまり得意じゃないのは分かってる。それでもこうやって笑えって言ってくれるのは小さな幸せなのかもしれない。そう思うと自然と口角が緩んだ。
「おぉ?へへっ、いい顔するじゃねぇか。」
「……えっ?」
「ホレ、我が家に着いたぞ~!」
お酒が回った赤い頬で優しく笑って、肩に回していた腕を戻すついでだったのか、そのまま僕の頭をぽん、としてからふらふらと家のドアまで先に歩いてった。そんな顔、見たことないよ僕。ああ、お酒って怖いな…。心臓がビックリしちゃうじゃないか……。
そう僕は悶々としていたら、聖がくるりと振り向いて「ん!」と言いながら手を差し出してきた。え、なに?!って思ったけど、すぐに僕が鍵を持っているのを思い出して、慌ててポケットから出して聖に渡した。
「わかってんじゃぁん?」と聖は悪戯をする子どものようにニヤリと笑い、渡した鍵でドアを開けて中に入って行った。ほんと聖はいろんな表情をするなあ。
聖の後をついて家に入ると、ダイニングテーブルの前で煙草に火を点けた聖が「おかえり」と言った。返すように「ただいま、聖もおかえり」と言うと、聖も「ただいま」と返して持っていた煙草を灰皿に置いてそのままふらふらと自室へ向かった。…かと思ったら、何かを持ってすぐ戻ってきた。
「これ、燎にやるよ。」
スっと渡してきたのは、手のひらより少し大きくて何かにぶつけた痕なのか、可愛らしい顔にひっかいたような傷がついている豚の貯金箱。
「ちょきん…ばこ?」
「へへ。あれだ、引越し祝いってやつだ。まぁ、自分のお下がりだけどな!」
「あ、ありがとう。」
突然押し付けられたけど、素直に嬉しくなった。特に貯金とか細々とやったりはしないけど、せっかく聖からもらったし、棚に飾ろうかな…と思った時、渡して満足したのか聖はニコニコしながら灰皿に置いていた煙草をまた一口吸って火をもみ消し、そのまままたふらふらと歩いて僕の横を通り過ぎた。
どこへ行くのかと思って目で追うと、何故か僕の部屋へ入って行った。別に変なものは置いてないし、入るのは問題ないんだけど、ちょっと心配になって後をついて僕も入ってみたら、ベッドでごろ寝している聖がそこにいた。
「…もー、ここ僕の部屋だよー?」
「くかーっ」
「まったく~…。せめて着替えろー!」
腕を掴んでぐいっと引っ張る。すると「うるへぇー!」とバタバタして僕の腕を振りほどいてまた横になる聖。
「もぉお!上で寝てやるぞー?」
そう言いながら僕は軽く聖をぺちぺちと叩いた。すると聖はふっ、と優しく笑った後に「ん」と言って隣に空いたスペースをポンポンとした。
「……んっ。……もー!!!」
あーもう、こんの酔っ払いめ!!!なんて動作をするの!僕を誘うな!!ああ、頭がぐるぐるする。お酒のせいかな、顔が熱い。一瞬でも酔った君の姿に対して揺らいだこの感情を持って僕を土に埋めてほしい。いや、もう本当に。
感情がぐちゃぐちゃになりつつもふと目をやると、そのまま寝息を立てて気持ちよさそうに聖は寝ていた。安心した顔をしている。その顔を見て自然と僕の顔が綻ぶ。
寝てしまった聖を起こすのは申し訳ないし、そのまま寝かせてあげることにした。すやすやと眠る聖にそっと上から掛け布団をかけてあげて、僕は聖の部屋で寝ようと思い、着替えて歯を磨いてから聖の部屋へ向かった。なんだか勝手に人の部屋に入るみたいでちょっとだけ罪悪感。いや、聖は勝手に入っていったし、僕も入るわけだけど…ね。
部屋のドアをそっと開けると、煙草の匂いと聖の使っている香水の香りがほんのり広がっていた。部屋の広さは同じはずなのになんだか違う空間みたい。さっき豚の貯金箱を出す時に広げたのか、開きっぱなしのダンボールから洋服やらなんやらいろんなものが散乱している。初日なのにもうぐちゃぐちゃ。明日片付け手伝ってあげよう。ふふっとなりつつ、僕は聖のベッドへ横になる。
…掛け布団から聖の匂いがする……爽やかなのに少し甘い匂い。…どうしよう。こ、これじゃ眠れない……!!ああもう心臓の音がうるさい。これ僕、寝れるのかな……。
結果、僕はドキドキしたせいであまり寝れず、朝起きた聖は目が覚めて記憶が無いことと、僕の部屋で寝てしまったことをボサボサの頭のまま顔を青くして謝ってきた。今後は控えるって言ってたし、恐らくこれからは大丈夫だと思った。そう、思ってた。
……とある日を除いては、ね。
ーーールームシェアの生活をし始めてから数週間経った夕方頃、僕はレーン作業の仕事から帰ってきた。聖はアパレル業だから休み以外は僕よりも帰りが遅いけど、今日はどうやら早番だったみたいで、いつもより数時間早くスマホに聖からのメッセージが入った。
『ごめん、今日店長と飲みに行くことになったから帰り遅くなる。あんまり遅くはならないと思うけど、もし遅かったら電気消しといて。』
いつも思うけど、聖はメッセージだとなんか口調が柔らかい。これがギャップってやつなのかな……。と、思いつつ要約すれば「ご飯はいらない」ってことなので、何か適当に作って食べようかな。明日は聖お休みっぽいし、作り置きしておくことにした。
「うーん…。夜結構冷えてきたし、スープものにしようかな。あとは作り置き用で卵焼きと、何かしら肉もの、野菜も最近摂ってないだろうし、サラダでも用意するか。」
料理が苦手な聖はルームシェアをする前、ずっとパンやカップ麺ばかり食べていたそうだから、僕が作るよって言ってからはご飯の用意は僕が担当してる。別に苦じゃないし、むしろ楽しい。その代わり、聖はお皿を洗ってくれたり洗濯もしてくれるし、家事はお互いに協力し合うようにしてるから気が楽だ。 いつも仕事後は夜遅いのに、率先して手伝ってくれるから感謝してる。まぁ、たまにお皿とかグラスを割っちゃったり、洗濯物は色分けしないで回し始めようとするから焦っちゃうけど…。
僕は聖が帰ってくるまでにご飯を食べ、お風呂も済ませて、身の回りの片付けをしてからテレビを見ていたけど、面白い番組は特にやっていなかったので自室でなんとなくスマホを見ていた。そうやってぼーっとしていたら、いつの間にか時刻は23時を回っていた。
「聖おそいなぁ……。」
そうベッドでゴロゴロしていると、玄関の方からガチャリと鍵の開く音がした。ようやっと聖が帰ってきたようだ。たぶんそのままお風呂にでも行くかなー?と考えていたら、突然自室のドアが開いた。
「かーがりぃ、遅くなっちまってゴメンなぁ……。」
聖が少し申し訳なさそうに眉を下げつつも、お酒のせいか、にこやかな顔をしてにそう言った。
「おかえり聖」と僕が返すと、聖はそのまま僕の近くまで寄ってきた。ツンと煙草とお酒の強い匂いが全身から漂ってきて、一瞬うっ…となったが抑えた。飲み会後だもんね、仕方ない。
「こんな遅くなるつもりは無かったんだ…許してくれ。」
「ううん、大丈夫だよ。…言ってることと逆に、なんだか……随分と顔がご機嫌だね?」
「んん…?そう、かぁ?そうかなぁ……へへっ。」
そう二カッと聖は笑うと、そのままぼふん!と僕に覆い被さるように倒れてきた。なんだかルームシェアをし始めた初日の時みたいだなと思っていると、聖がすりすりと顔をうずめてきた。くせ毛でふわっとした聖の髪がくすぐったい。
「ははっ、ちょっと、くすぐったいよ聖~!」
「ん~、いいじゃーん…。」
煙草とお酒、いつもつけている香水の匂いが混ざった、少し不快感を覚える香りを漂わせ、首元まで真っ赤に染まった聖の顔はだんだんと艶やかに見えた。あ、あれ…?なんかおかしいな。この前の聖となんか違う。そう思っていると、ぺたぺたと僕の顔を触りながらニィ、と笑う聖に対して違和感を覚える。触れる聖の手がすごく、熱い。
すると聖はぺろりと舌を出して、緩く締められているネクタイを右手でぐいっと更に緩めて外す。3つもボタンが開いた大きめのワイシャツから、赤く染まった首筋と鎖骨が露わになる。
「え、あの、ひじ…り……?」
少し怖気つつ聖に声をかけた。すると聖は軽く髪をかきあげ、耳にかけて口を開いた。
「あ゙ーー……?ふふっ。まぁ、いいじゃねぇか。自分らの仲だろ?なぁ…?」
今まで見た事のない表情の聖。そう言った後、横になっている僕の頭の後ろに手を入れ込み、首元へ顔を近づけてきた。…一瞬で僕は察した。完全に酔っ払いの悪い癖が出ている。しかもこれは完全に『男』として、僕には絶対見せちゃいけない顔でしょ?!
……その後、突然“ぬるり”と首筋になにかが触れたのを感じた。その時ぷつん、と僕の中の感情が切れた。
「や、ちょ…ねぇやめてって、あの、ちょっと…冗談でもやめてよそういうの、っ、……やめろってばッッッ!!!!!」
覆い被さっていた聖を力強く押し退けた。聖はその拍子にそのまま床に尻もちをつき、突然押されて驚いたのか「え?」というような顔で僕のことを見ている。
ドッドッドッ…と心臓の音がうるさく響く。これ、聞こえていないだろうか?ふるふると震えながら僕は「自分の部屋に、戻れよ…」と聖に向かって冷たく言った。すると、聖は目を丸くしながら「あぁ」と答え、僕の部屋からゆっくり出ていった。
「ハァ~~~~~~~……。」
ドアの閉まる音を聞き、僕はとても大きな溜息をつきながら目元を腕で隠しつつ、ぽすんとベッドに横になる。ああ、もう勘弁してくれよ。あんな顔みたら僕がどうにかなっちゃうよ。感じたことのない首元の感触を思い出して、その感じた部分に手を当てていたら、どんどん顔が熱くなっていった。
なんで僕はあの子にこんな感情持っちゃったんだろう。ごめん、ごめんね。僕じゃなくて、本来生まれてくるはずの女の子だったら良かったのに。僕は最低だ……。
恥ずかしさと不甲斐なさ、そして劣等感と本当は嫌じゃなかったと思ってしまう自分に対しての怒りでぐちゃぐちゃになった。このままこの気持ちと感情、全部抱えて土に埋まりたい。そう僕は思った。…前にも同じこと思った気がするな……。
ーーー翌日、朝日が眩しく照らす。カーテンが開いたままだったようで、その眩しさに目が覚めた。自分はベッドから落ちた状態で、なにやら尻に痛みがあった。ベッドから落ちた時、尻からいったのか?強く打ったみてぇだな…。なんかやけに痛ぇ。
昨日は…店長と飲んでて、しばらくしてからのことは何も覚えてない。なんとか自分の家には帰ってこれたようだが、なんだ…?ネクタイだけ外して着替えもしないでそのまま寝ちまったのか?あー……自分、なんか燎に悪いことしてねぇかな。嫌な予感を感じつつ、取りあえず自室を出る。
ダイニングのキッチン前に燎の姿があった。朝飯を作っているようだが、自分が自室から出た時はいつもならこっちを向くはずなんだが、なぜか振り向かずに少しだけ燎の背中が動いただけだった。その背中からは何やら嫌な気を感じた。『あ、これ…自分絶対なんかしたな』と直感が仕事をした。
「か、燎……おは、よう。」
「……はよ。」
「あの…さ、昨日…自分が帰ってきてから……なんか、あったりしたか…?」
恐る恐る聞いてみた。だが、燎はチラッと鋭く自分の顔を見て、すぐに視線を逸らしてそのまま朝飯作りの続きに戻った。
「……お風呂、入ったら?」
ボソリとそう冷たく言い、その後どれだけ話しても黙ったまま会話をしてくれなかった。
こーれはいよいよヤバい。そう感じた自分は取りあえずこの後出かける用事もあるし、さっさと風呂から出てもう一度話そうと思った…が、話しかけても話しかけても燎は自分の言葉に対して何も返さず、無視され続けた。
……燎、すっげぇ怒ってる。確実に。相当なことを自分はやらかしたんだな、と確信した。
どう声をかけても目を合わせてくれやしねぇし、そんでもってずっと無視される…。今の時点じゃどうしようもねぇし、取りあえずどうするか考えながら出かける準備をしていると、燎が「行ってくる」と小さく言って仕事のために玄関へ向かって行った。制止させようと声をかけたが届かず、そのまま真っ直ぐ外へ出て行ってしまった。
これは本当に、土下座でも何でもして謝らねぇといけない気がした。一気に血の気と体温が下がっていく。何とかしなきゃと思いながら、元々あった予定通り用事を済ませるために、用意してくれた朝飯を食ってから自分も外へ出た。
用事と言っても、最近のトレンドについての視察みたいなもんで、自分の働いている店と似たような系列の洋服店を少し見て回るだけ。見た後は確認した内容のメモをデータとして店長へ送るだけだったから、早々と終わらせてしまった。
「腹、減ったな。」
家からそう遠くはないし、燎のことだからなんか作り置きしてくれてるかもしれないと思い、どこも寄らずに帰路を歩いていたものの、どうも申し訳なさのモヤモヤは晴れず、途中にある公園のいつも何かあった時に燎と話すために寄るベンチへ無意識に腰掛けていた。
近くの自販機で缶珈琲を買って、煙草をぷかぷかさせながら、どうすっかな……と考えていたが、結局は話さなきゃどうしようもないよなァ…といきつく。
よし、と吸い終えた煙草を携帯灰皿の中でもみ消し、帰り際にスーパーへ寄って燎の好きな巻き寿司とお詫びってことでケーキを買って帰ることにした。
買い物を済ませて家に帰ると、静まり返った部屋が出迎える。いつも以上に冷えているような感覚で寒さに震えたので、エアコンをつけた。
「なんか食うもんあるかな…。」
そう呟きながら冷蔵庫を開けると、中にはタッパーがいくつかあり、そのひとつにはメモが貼り付けられていたので取り出して目を通した。
『温めてたべてね。サラダも野菜室に入ってるよ。コンロの鍋にはスープもあるから、火にかけてから飲んでね。』
と、見やすく綺麗な字で書かれていた。
それを見て自分は、買ってきたものを冷蔵庫に入れてから、そのメモの通りタッパーに入っていた卵焼きや肉物の料理を皿に出して、電子レンジに突っ込み、温める。電子レンジのボタンを押した後、コンロの鍋を確認して火を点け、コトコトと温まるまで時間を待った。待っている間、さすがに腹が減ったので野菜室から一人分のサラダが入ったタッパーを取り出し、皿に出さずドレッシングをかけてモサモサと食べた……が、なんだか虚しい気持ちになった。
いつもこうやって自分が休みで燎が仕事の時は、飯を作り置きで用意してくれているが、今日はいつにも増してモヤモヤしているせいか、食べている間の静寂が自分を押し潰していくような気がした。
「早く、謝らねぇとな……。」
悪いことをしたんだろうが、一切覚えていないのでどうしたらいいかわからない。ご機嫌取りみたいな感じだが、取りあえず好物持って行ってしっかり話を聞いてから謝罪しよう。男らしく、ここはハッキリさせねぇといけねぇよなと思い、温めたスープやおかずを取ってしっかり残さず食べた。
「ごちそーさん!美味かった!!!」
手を合わせて誰も居ない部屋で力強くそう言った後、皿の後片付けと洗濯、風呂とトイレ掃除まで済ませた。気付けば時間は夕方。そろそろ燎が帰ってくる頃だ。
帰ってくるまでの間、なんだか落ち着かず部屋をウロウロしては落ち着こうとして煙草を吸い始めるが、ただただ本数が増えていくだけ。昼までは入っていなかった灰皿にはこんもりと煙草の吸い殻が溜まってしまった。どうしたらいいか分からず、自分の部屋へ行って散らかった洋服をしまったり、雑誌をパラパラめくってみたりした。あーもう、本当に落ち着きがねぇな自分……!!
そうこうしていると、玄関からガチャンと鍵の開く音がした。燎だ…!すぐさまダイニングへ向かうと疲れた顔をしている燎が入ってきていた。
「お、おかえり…燎。お疲れさん…。」
「ん…ただいま。晩ご飯、作るね。」
「自分も手伝おうか?」
「いや……いい。」
そう言うと燎は持っていた鞄を自室に置くと、いそいそと晩飯の準備を始めた。
…いけねぇ、このままじゃ何も変わらねぇじゃん!
「な、なぁ…燎?」
「……なに?」
「頼む、正直に話してくれ。」
「だからなにを?」
「昨日、自分が……酔っ払った自分が燎になんかしたんだろ?」
そう言うと燎は口を噤んで、洗っていた野菜をまな板の上に置いてから小さく息をつくと、「座って」と促した。自分は言われるがままに恐る恐るゆっくり椅子に座り、向かいに燎が座った。燎の視線が冷たく感じる。な、なんか怖ぇ……。
燎はその冷たい視線でじっ…と自分の目に合わせて、静かに話し始めた。淡々と、昨日帰ってきてから自分がしでかしたこと。燎は表情を変えずにしっかりと話してくれた。聞いていけばいくほど自分は血の気が下がり、汗が吹き出していく。
……マジで?僕が燎に覆い被さって?ネクタイ緩めて?そっから……首元を……???は…?あぁあ…ッ!?なんて……なんて最低な事をしでかしたんだ僕は…ッッッ!!!!!!!
部屋は暖かいはずなのに、寒気や鳥肌が止まらない。とんだクソ野郎じゃねぇかよ……。
「あ……あの…。」
「うん?」
自分はスッと立ち上がり、そのまま床に正座した。
「え、ちょっと聖…?」
そして勢いよく額を床に打ち付けた。
「ひ、聖?!ちょ、ちょっと…冗談でしょ?」
「ほんっっっっとに悪ぃ!!本当に申し訳ねぇ!僕が…僕が悪かった!!!!」
「ほんともー……。やめてよ…ねぇ。」
ぐいぐいと燎が自分の腕を引っ張る。大した力ではないが、その引っ張る手から焦りが感じて取れた。あぁ、人生で初めて土下座したかもしれねえ。
「ねぇ、聖…もう、いいから。ほんとにやめてよ。」
「いや…僕がしたことはとんでもねえ事だから…。」
「わかったからさ。…ね?顔上げてよ。」
「許されねえことだって分かってるし、僕一生償うから。」
「ねぇ、僕の話聞いてる…?」
「だから……この事で出て行くとか言わないでくれ。」
「……もー!聞けってばッッ!!」
頬を手のひらで掴まれ、そのまま力強く、無理矢理顔を上げさせられた。目の前には顔を真っ赤にしながら自分の目を真っ直ぐ見る燎がいる。
「なんでこうなると人の話聞いてくれないんだよ!聖の悪い癖だぞ!」
…今どんな顔してんだ、自分。たぶん、すげえ情けねぇ顔してると思う。じんわりと目の前にある燎の顔が歪んで見える。こんな…情けねぇ顔、見せたくなかった。
「そりゃあ怒るよ僕だって!!!僕に対して…あんな顔して!ましてや、ネクタイ緩めて……くっ、首に……あんな……っ!!お酒のせいとはいえ…あんなの、僕に見せるものじゃないだろ?!」
感情の赴くまま、燎は自分に訴える。声が出ない。
「…びっくり……したんだよ。あんな聖…見たことなかったから、さ。」
視線を逸らしていきながら、段々と力の無い声になっていく。燎とは長い付き合いだが、ここまで感情的に言うことは無かった。自分たちは幼い頃から喧嘩だってロクにしたこともない。いつも冗談を言い合うか、悩みを相談し合うかして、何かと最後は笑ってた。だから尚更、燎が感情的になることは珍しくて、逆にほっとした。自分は怒られている側だというのに。
「悪ぃ…燎。驚かせちまって。」
「……ほんとだよ…。」
「ごめんな。」
燎は慣れないことをしたせいか、掴んでいた顔から手を下ろし、少し震えていた。そんな姿を見て何故か自分は反射的に燎を腕の中へ包んだ。
「僕が…悪かった。本当にごめんな。」
「ひじり…?なんで……。」
「悪ぃ。嫌かもしんねぇけど、ちょっとだけこうさせてくれ。」
相手は同じ心を持っている子。互いに体は女であったとしても、持っている心は男なんだって理解し合ってる。僕の中でこの子は“小川春”ではなく、“燎”という存在として、幼馴染で友人である以上に、なによりも大切な奴なんだ。唯一無二の理解者。心が休まる存在……。いくら酒のせいで記憶になかったとはいえ、燎を傷付けちまったことは事実で、変えられないし、時は戻せない。
「ねぇ、聖…っ。ちょっとくるしい…。」
「ごめん…あと、少しだけ。」
「……ん。」
「…許してくれ。」
「はぁ……。もー、分かったよ。許すから。」
「…本当か?」
「許す。ただし、今後はお酒控えてね。」
「……っ、わ、わかりました。」
「うん、それでよろしい。」
そっと燎を離してすぐ自分は顔を伏せ、洗面台へ向かった。こんな情けねぇ顔のまま向き合わねぇ方がいいだろうし、なんならこれから飯を食うんだから尚更いい顔しねーとな。洗面台の蛇口を捻って冷たい水を出し、バシャバシャと顔に浴びせてからダイニングへ戻った。
「よっし、そんじゃ…仲直りの飯にしようぜ!」
「あーもー!顔ぐらい拭いてから戻ってこい!床がびしょびしょになるでしょ!」
燎が慌ててタオルを自分の顔に投げてきた。ああ、いつもの燎だ。投げられたタオルでごしごしと顔を拭き、洗濯かごへ投げ込んでから、自分が昼間にスーパーで買ってきた巻き寿司とケーキを冷蔵庫から取り出す。
「え、なにこれ。どしたの?」
「いやァ……ご機嫌取りみてーな感じになるかもしれねえけどさ…。ちゃんと謝ろうと思って…その、お詫びの献上品っつーか……な?」
「ふふ、なんか聖らしいね。別になくても良かったのに。」
「だって洋服あげても棚にしまうだけで着てくれねーじゃん。」
「僕はシンプルで落ち着いたやつとか、綺麗めなやつが好きなの!前に聖からもらったオレンジ色の服とかそんな派手な色着れないよ…。」
「えー、優しめの色味似合うと思って、外でも着れるようにパーカー選んであげたのによォ…。」
「はーいはい、ほら手伝ってよ。お寿司あるなら温かいお茶とお吸い物とか用意しなくちゃ!」
「ちぇー、話逸らしやがって。…わぁーったよ、手伝いまーす。」
二人で飯の準備をして、共に笑いながら食べる。なんてことのない日常。いつもの日常。久しぶりに食べる甘いケーキも悪くなかった。
「なぁ、燎。僕、決めたわ。」
「ん…?なにを?」
「僕…、マジで燎にとんでもねぇことしたから禁酒するわ……。」
「…ぷっ、あははっ!なんだ、真剣な顔してるから何かと思えば~!」
「ま、マジだぞ!“本気”と書いて、マジだからな!!!」
「わかったって!聖がすっごく反省してるの、さっきのでわかったからさ。」
「ゔぅ~~~…ッ!!なんだよ、どうせ出来ねぇって馬鹿にしてんのかァ?」
「思ってないってー!あははっ!」
「くっそ…、ぜってぇ思ってんじゃねえか!!禁酒するったらするからな!!!!」
……そう、心に決めてから自分はしばらく禁酒していたが、さすがに我慢の限界で数日後に燎に懇願したことは今でも情けなく思ってる。本当に本当に情けねぇ。
燎はどうしても酒を飲みたいのであれば、条件として二人でいる時に“一杯のみ”でいいなら、という約束で承諾してくれた。その瞬間、燎が神か仏なのかと思った。
ーーーあれから時は進み、心の拠り所があるというのはこんなにも幸せな事だとは思わなかった。自分には燎が居て、燎には自分が居る。お互いの考えは違うかもしれないが、自分は唯一無二の理解者が傍に居るだけで良い。もう、孤独を感じなくて済む。それだけでいいんだ。…まぁ、あくまでも僕にとっての幸せだけどな。
燎の幸せは何なのかを問うつもりはない。それは個人の思うことだからな。詮索する必要は無ぇだろ。一緒に笑えればそれでいいさ。僕にとって、友人以上に大事な子だ。ただ、それだけでいい。理解してもらえなくてもいい。アイツにしでかしたことは消せなくても、新しいことで被せちまえば楽しい思い出が増えてくだろ?
お酒は……約束もあるんでマジで控えます、はい。
どうしようもねぇこんな僕だけど……今後もよろしくな、燎。