11/10(金) 登場人物「ろ」の感想。ほとんど素の自分でたった一人と向き合い続けた時間。(「ろ」のネタバレがあります)
#ムケイチョウコク
#漂流万華鏡
雨に烟る池上の街。
10/8のトライアル公演に黒子で参加した夜と同じ夜にループしてきたのではないかと思うほど、瓜二つの天気、瓜二つの空気の肌触りだった。
違っていたのは、今日も公演前の楽しみに足を運んだ会場近くの「十割そば古賀」さんが店舗改装のため11/1から休業に入ってしまっていたことくらい。かなしい。(あわてて駅前に戻って松屋で食べた)
黒飴のような夜の中で、古民家は一ヶ月前と変わらず明かりを灯していた。
いただいた役は、「ろ」。
大谷真白という人物の設定は、ことごとく素の自分からはかけ離れたもののように思えた。
かつ、かけ離れているが故にある種のステレオタイプじみたものが脳内に存在してしまっているかもしれないものだった。ので、物語が動き出すまで、どうすればいいのかととても慌てつつ、なんとか心を落ち着かせようと必死だった。
トライアル公演では黒子として2階を漂っていたので、真白という人の物語に関する前知識は全くなく、これから何が待ち受けているのか全くわからなかった。
ただ、ましろ、という名前はなぜか早い段階でしっくりきた。反転エンドのルウや雨と花束のダリアよりも早く自分に馴染んで、自分の中をコロコロ転がって、ましろ、ましろ、と親しげな音を立てた。
「ましろ」と花枝さんに呼ばれると、なぜか妙に嬉しくて、コロコロ転がっていた小さなましろはポーンと跳ねた。くすぐったいような心地良さがあった。
生徒として「ましろ」と呼ばれる時と生徒ではない存在として「ましろ」と呼ばれる時とでは花枝さんの声色が違って、くすぐったい心地良さにゾクっとするような感覚も走り、なるほどこれがそういう関係というものか……と変に納得してしまった。
今作の裏テーマ(?)『背徳』を、真白として最も強く感じた箇所は二つあって、一つは間違いなくこの部分だったと思う。
最初ガチガチでどうしようもなかった自分は、やっぱりステレオタイプに引きずられてまとまりのない佇まいをしていたと思う。演じなければ、不自然でない存在でいなければ、と思うあまり、かえって変に無理をしてしまっているようにも自分で感じた。
それでも、花枝さんと接するうちに自然と二人の真白を引き出してもらっていった気がする。その引き出された二人の真白は、思いがけず普段の自分からごく近いところにいた。途中からほとんど素の自分の言葉でしゃべっていて、役と自分の間には薄様一枚ほどしか存在していなかったと思う。そのことにびっくりした。
三人目の真白は……内に秘めたまま、物語は進む。
花枝さんとの関係が、真白のすべてだった。
反転エンドのルウでは、いろんな人たちに入れ替わり立ち替わりあたたかく接してもらいながら、本来許されない存在を肯定されていくように感じる過程を噛み締めた。
今回は全く違う体験だった。
大谷真白はただ一人、糸山花枝さんという人を見続け、色々な意味ですべてをそこに注ぎ込んだ。
だからもう、他の会話がすぐそばで行われていたとしても、それを見たり聞いたりする余裕はほとんどなかった。むしろ視界からシャットアウトした(!)
常に花枝さんの姿を追い、花枝さんがいなくなると宙を見つめながらひたすら花枝さんのことを考えた。
いくらイマーシブシアターと言えども、公演時間中に何を見たり聞いたりするでもなくじっと座って宙を見つめながら役の誰かのことをひたすら考える、などということがあるだろうか?なんという体験だろう…
そのうちに、花枝さんの持つ脆さや寂しさや孤独や、(これは水口さん独自のスパイスなのかもしれないけれど)思いがけない「お茶目さ」みたいなものまでがだんだんと見えてきて、ただでさえ魅力的な人なのに、そういう部分を見てしまうともう、設定書きを思い出すまでもなく、どうしようもなく惹かれていく真白がいた。
2階の花枝さんと1階に降りてきた時の花枝さんは全然違っていて、どちらも魅力的だった。
LaLAさんに花枝さんの好きなところを訊かれた時「凛としているところ」とだけ答えたのを早速後悔するほどに、凛としているところもそうでないところも全部包み込んで真白としてそばに存在したいと感じるようになっていった。
第三の真白の声や、黒子を通して誰かから届いた警告のメモなどはほとんど問題にならなかった。
この人の深い孤独にどう寄り添うか。
終盤の真白の頭にはそれだけがあった。
だってほとんど素の自分なんだから。
いつかのスペースでムケチョのどなたかが仰っていたように、「全力で優しくなれる魔法のような2時間」であるムケイチョウコクイマーシブシアターの中に飛び込んでいる素の自分は、自分や人々が全力で優しくあることをどうしたって願っている。
いくら役だろうと、いくら設定が与えられていようと、目の前の人に対して誠実でありたい。もしかしたら偽善的に聞こえるのかもしれない言葉でも、目の前の人に少しでも届くのならば躊躇わずにかけてあげたい。
もしかしたら、本当の「演劇」と、それとほぼ変わらない「演劇体験」であるようにも見えるムケイチョウコクのイマーシブシアターの間には、この点で決定的な違いがあるのかもしれないと、今回はじめて思った。
詐欺師(ともう書いてしまうけれど)としての真白「役」を徹底するならば、もう少し違う態度を取っていたかもしれない。
花枝さんを含めた登場人物たちの命運が、また大きな波のようにうねりゆく未来もあったかもしれない。
もっと葛藤があり、衝突があったかもしれない。
その方がもしかしたらエンタメとしては面白いのかもしれない。
でも、ほとんど素の自分がそれを許さない。
世界が優しくある方向へと舵を切りたい。目の前の花枝さんに向き合いたい。絶対にこれ以上傷つけたくない。
自分次第でそれができる。他の誰にも否定することはできない。
そして世界はそれを受け止めてくれる。
そこが決定的に違う。
また「ましろ」と呼ばれる。
リトルましろがまたポーンと跳ねる。背徳。だけではない何かがそこにはある。
身体に触れられる場面が多かったのもとても嬉しかった。
全く変な意味ではなく、身体が触れ合うことによって没入が深まったり、関係を確かめ合えたり、存在を肯定されている感覚になったり、という体験を他のイマーシブシアターでもしてきた。
身体が触れるということは、物語の世界から自分への一番確かな働きかけであり、言葉よりも雄弁な作用だと改めて思う。
透子さんの存在が明かされてから覗いた、蓮一朗さんの万華鏡は、想像していた万華鏡の景色よりもずっとシンプルで、華やかというよりも、穏やかで優しい景色だった。
回し終えると、余韻を残すようにゆっくりと動きが止まる。
途中で蓮一朗さんから直接囁かれた言葉と相まって、蓮一朗さんに対してはとても複雑な思いが残った。この優しい景色を見せられて、花枝さんに寄り添う者として彼のことを憎み切ることはできるのか、全くと言っていいほど自信がない。
第一、蓮一朗さんと花枝さんの関係性の一端も知らない自分に、蓮一朗さんに何かネガティブな思いを抱く資格はないのかもしれない。世の中、たいして知りもしない遠くの事柄に対して他人が何かを裁く、判断する、ということが多すぎる。
ただ目の前の人だけを見ていればいい。
ただ目の前の花枝さんだけを見ていればいい。
最後の質問に対しては、うまく答えられず、特に後悔が深い。
丁寧に思いを伝えようとするほど言葉が多くなってしまって、時間がかかって、もどかしい。結局時間切れになってしまって、「あとでゆっくり話しましょう。。。」という気持ちだった。
でもこれが素の自分なのだし、演劇ではなくムケイチョウコクのイマーシブシアターなのだから、それでいいのかもしれない。台本があったら時間切れになることなんてないのだし。
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大谷真白として参加した『漂流する万華鏡』は、最初から最後まで、花枝さんの物語だった。
花枝さんの物語、と言っても、花枝さんを追って、色々な人との関係を目撃しながら、その物語をなぞる、のではない。
花枝さんと、自分の物語だった。
一人の人と深く向き合うことには大きなエネルギーが必要で、いろんな登場人物とお話しした反転エンドの時よりも、今回の方が断然ヘトヘトになった。
夢のように贅沢な濃い時間で、一夜明けたら夢だったのかなあとも思うのだけれど、この文章を打っている薬指の爪の鮮やかな赤色が、夢ではなかったことを教えてくれる。
花枝さんはもう落としてしまったでしょうか。
真白は貴方との繋がりが切れてしまうようで、なかなか落とせません。
最初に会った展覧会で、「お花ではなく私ばっかり見ていた」と貴方は言いましたが、案外そうでもないんです。
花枝さんが活けた真紅の花には、「丸裸のお姫様」には、たしかに貴方の偽りない心が乗っていて、だからこそあの鮮やかな真紅が、巡り巡ってこの指先にあるんです。
この後の花枝さんと真白の物語がどうなるのかわかりませんが、あの家で過ごした2時間は2人の中にたしかに残るはずです。
自分はそれだけでいいかもしれません。
万華鏡は最初、灯台の明かりを遠くまで届かせるための試行錯誤の中で発明されたのだそうです。
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最後に、工藤さんについて。
花枝さん以外はほとんど見ていなかったと書いたのですが、唯一一緒に行動していた工藤さんの存在はすごくありがたかったです。本物の付き人かと思うくらいの自然な力関係、場を和ませるような雰囲気とシリアスになる部分。プロの工藤さんでした。
花枝さんと工藤さんとの3人のチームはとても居心地が良くて、それぞれの関係が色々落ち着いたら、良い飲み仲間になるんじゃないかなと思いました。
3人で笑いながらお酒を飲んでいる様子が、とても鮮明に想像できて。そんな未来があったらいいな……