触発されてこんなものを書いておりました
ただの妄想であり怪文書なのでご注意くださいまし
「どう、団長。美味しい?」
目の前に座り、チョコレートを食べる彼に尋ねてみる。
……と言っても、なにも手作りチョコを食べてもらっているわけじゃない。ここはヴァーミルの中でもそれなりに有名なお菓子のお店だ。
つい数分前、私たちは長い長い行列の先頭に辿り着いた。それでようやく、このお店の一押しであるところのチョコケーキを食べ始めたのだった。
だからもちろん、美味しいのはほとんど決まりきっている。聞いてみたのは会話のきっかけみたいなものだ。
「……ん、ぁむ…………ほう。さすがに行列ができるだけあるな。これはなかなか……」
「口にあったのならよかった。ごめんね、こんな日に付き合わせたりして」
「気にするな。お前の方こそ、休みを取るのは大変だっただろう」
そう、今日はバレンタインデー。年に一度、女の子が大勝負をかける日。
そんな日だから、周りも男女の二人組ばかりだ。中には大胆なことをしている子もいて、見ているこっちがドキドキしてしまう。
でも私は、どちらかと言えばお店デートは反対だ。やっぱり、バレンタインなら手作りチョコを渡すのが王道じゃない、なんて思ってしまう。
ならどうしてこのお店に来たのか。
あんまり大した理由があるわけじゃないんだけど……簡単にいえば、理由は三つだ。
一つは、この前団長と話している時、たまたまこのお店の名前が出たこと。ここ、紅茶も結構美味しいお店らしくて、団長はそこに惹かれたみたい。
もう一つは、単純に美味しいチョコを食べたかったこと。これはどちらかと言えば私の希望かな。
最後は……これが一番大きな理由。私はこのあと、ちょっとした作戦を考えているのだ。その為に、団長がそれなりに満足できるようなデートを組む必要があった。だからここに来たのだ。
「……メイヴィス、口の端にチョコがついてるぞ」
「えっ? う、うそっ、ごめん…………んん、ぅ…………取れた?」
「いや、反対側だ。ほら…………ここだ、ここ」
「ぁ……ん…………うん……ありがと……」
なんて考え事をしていたら、思わぬ失敗をしてしまった。
団長がこっちに身を乗り出して、口元を拭いてくれる。
これはこれで、まぁ……ドキドキはするんだけど。でも、今日はバレンタインなのだ。私じゃなくて、団長にドキドキしてもらわないと意味がない……んだけど。
「もう少し気をつけた方がいいぞ。せっかくの服が汚れちゃまずいだろう」
「うん……って、ちょっと待って。『せっかくの服』って、もしかして……この服がおろしたてなの、バレてた?」
「隠すようなもんでもないとは思うが、まぁそうだな。おろしたてとまでは行かなくとも、そう何度も着てないだろうとは思った」
「どうして?」
「お前とは何度も出かけてるが、その服を着てるのは初めてだ。それに、なんとなく気を使って歩いてるように見えたからな」
……そんなところまで見られちゃってたんだ。
というか、まずい。それじゃあ、私が気合入れてきたのもバレてるってことだよね?
なんだろう、この……空回りしてる感じ。
いや、いやいや。まだ大丈夫。団長を驚かせるチャンスはまだある。
その為にこの服も用意して、他にもいろいろ準備してきたんだから。
***
それからしばらく、私たちは店内で紅茶を楽しんだ。
最近の仕事のこととか、大変だったこととか。警備隊の皆が団長に会いたがってることとか……一言でまとめるなら、どうでもいい話をして過ごした。
でも、こういう時間が楽しい。と言うより……こういう時間が楽しめないならたぶん、私はこの人に惚れてなんてなかったと思う。
内容なんてなんだっていい。別に話をしなくたっていいくらい。
そのくらいに雑な過ごし方をしても満たされる。何をしているかより、一緒にいるのが自然と思える……そういう関係が、私にとっての恋愛だ。
だから、今からするのだって自然に思いついたこと。別に無理矢理に考えたわけじゃなくて、バレンタインのことを考えていたらたまたま思いついたことだ。
……と言っても、そこまで大層なことじゃないんだけど。
ただ単に、少しだけもったいぶってチョコを渡そうっていう話だ。
団長はきっと、今日のデートはここまでだと思っているはず。
ちょっといいお店でチョコを食べて、二人で楽しく話して。旗から見ても、きっと十分にデートっぽい。
でも実のところ、ここからが本番だ。お店の外に出てからが。
これでデートはおしまいだと思わせておいて、最後の最後に手作りチョコを渡す。
手作りのチョコはないのかな、なんてちょっと残念な気持ちにさせてから渡せば、普通に渡すよりもっと印象深くなると思う。
団長は他の子からもチョコを貰うだろうから、このくらいはしないとね。
***
「…………さてと。団長、今日は楽しんでくれた?」
「ああ。お前も息抜きになったようで何よりだ」
「それはもう。それで、えっと…………チョコのことなんだけど、さ」
「ああ……いや、気にしなくていい」
「え?」
「他の連中は詰め所に集まって作ってたんだけどな。お前は仕事も忙しかったんだろう? だから、そう気を使わなくてもいい」
「それより、少しでも時間を作ってくれてありがとな。わざわざ新しい服まで用意してもらっただけで十分だ。出来合いではあるが、チョコもかなり美味かったしな」
「え、あ…………えっと」
そうじゃないでしょ、団長。
いやさ、これで本当にチョコを用意してなかったら嬉しいけど。私と過ごせただけで十分、なんて言ってもらえて嬉しくないわけないけど!
けど……気を使ってるのはどっちだっていう話だよ。なんでこう、私ばっかりドキドキさせられるかなぁ……。
「……メイヴィス?」
それでいて、どうした、なんて心配そうな顔を向けてくる。
ここまで来たら渡さずに返すのも嫌だし、こうなったら覚悟を決めるしかない。
「ん…………う、ぅ……あの、ね? そこまで言ってもらってからっていうのも、すごく言いにくいんだけど…………これ、なーんだ」
「………………」
「……わ、分かる……でしょ?」
「あ、ああ…………いや、悪い。そういうつもりだとは思わなかった」
「あ、謝らないでってば! なんか、どんどん私が駄目な子になってくみたいだし……」
実際そうなのかもしれないけど。
もう。せっかくの準備が台無しだよ、団長。
「ともかくありがとな、メイヴィス」
「うん……味わって食べてね。…………さっき食べたのよりは美味しくないかもしれないけど」
つい、そんなことを言ってしまう。
有名なお店なんだから、そんなの当たり前のことなのに。それを分かってて連れてきたのは私なのに。
「そりゃ、味だけ比べればそうかもしれないがな。でもそういうもんでもないだろう、今日のチョコってのは」
「前に言っただろう? 将来お前が店を出すとしたら、オレはその最初の客になるってな。それと同じような話だ」
「魔具と……チョコが?」
「魔具だって、性能だけ見れば他に同じようなものがあるかもしれない。金を積めばいいものが手に入るのかもしれない。でもな。オレはお前の作った魔具だから使いたいと思った。お前の客になりたいと」
「チョコだって同じようなもんだ。味がどうこうより、お前が作ったことの方が大切に思える。まぁ、あれだ…………それには、出来合いのチョコにはないものが詰まってるんだろう?」
「ぁ…………う、うん…………ふふ、当たり前でしょっ」
……もう。やっぱり、団長はずるい。結局、私の方がドキドキさせられちゃうんだから。
出来合いのチョコにはないもの、か。そんなの、たくさん詰めたに決まってる。作ろうと思ったのだって、その気持ちからなんだから。
「ふふ……ありがと、団長」
「礼を言われるようなことは何もしてないがな。むしろこっちが言うべきところだ」
「言われてみれば……ああ、ならさ。ついでにもう一つ、思い出を作ってもらってもいい?」
「思い出?」
「いいからいいから。そのチョコ、ここで開けてみてよ」
団長を催促して、チョコの箱を開けてもらう。
リボンを取って、真っ赤なハートを開けると……中には、今朝詰め込んだばかりのチョコが並んでいる。
「せっかくならここで食べてもらおうと思って。はい、団長……あーん、してあげる」
「お、おい、メイヴィス…………ここでって、お前な」
「いいでしょ? バレンタインなんだから、きっと誰も気にしてないって」
街路を歩く人々も、そのほとんどは恋人同士だ。そうじゃない人たちだって、今日はそういう日だって分かってる。
今日なら、道端でチョコを食べさせてたって目立たないはず。ああ、恋人同士なんだなって……そう勘違いしてもらえるだけだから。
「ほら……あーん」
「ん…………あー…………ん」
根負けした団長が、降参とばかりに肩をすくめる。
箱の中からチョコを摘み取ると、小さく開いたその口に押し付けてあげた。
「ぁむ…………ん? なんだ、十分美味いじゃないか。これはこれで好きな味だ」
「ほんと? えへへ……じゃあもう一個、はい…………あーん」
「ん…………ぁー、ん…………」
二個、三個、とチョコと食べさせていく。なんだか、親鳥に餌をねだる雛みたいでちょっと可愛い。
でも、私がしたいのはこの次。あーんだけじゃなくて……あと少し、先をねだりたい。バレンタインの勢いに乗せて、もうちょっとだけ。
「……あ。手にチョコがついちゃった」
「ん? 悪いな、適当な布切れを――」
「…………えい」
「……っ…………メイヴィス? お前、今チョコの付いた手で触っただろう」
「どうだろうね。でも不思議なことに、団長のほっぺたにチョコがついてるみたいだけど」
「不思議なことに、じゃないだろうが! ったく、わざわざ人の顔で拭かなくても……」
団長はどうやら、私が悪戯でチョコをつけたんだと思ったみたい。
……でもね、団長はまだ分かってないよ。好きな男の子に、悪戯だけでこんなことすると思う?
「あはは、ごめんごめん。待ってて、今とってあげる。団長、両手が塞がってるもんね」
「ああ、そうしてくれ。そのままじゃベタベタになるからな」
「だね。そうならないように、ちゃんと取ってあげる…………ん、ぅ……」
「ッ…………お、おい……っ?」
「いいから……じっとしてて、団長…………ンッ、ぇぅ…………ちゅ……」
団長の顔を両側から挟んで、かがむような格好になってもらう。私の方も背伸びして、ほっぺたについたチョコを舐め取った。
海に行った時は、顎にしかできなかったから。今日はほっぺたにさせてもらう。それから、もう一つ――
「……んっ…………ちゅ…………んちゅぅ…………はぁ、ぁ…………取れたよ、団長」
「あ、ああ…………」
「でも……ふふ。今度は、私の唇にチョコがついちゃった」
「…………メイヴィス……」
「ね、団長…………団長のせいでついちゃったんだからさ。チョコ、拭き取ってくれる……?」
唇についちゃった、甘い甘いチョコ。それを拭き取るには、もっと甘いものでないといけない。
「両手、塞がっちゃってるけど…………大丈夫、だよね?」
これ以上に甘いものなんて、もう一つしかない。
団長の方から、その一歩を踏み込んでくれるように……私はじっと、彼の瞳を見つめるのだった。