『迷い子』 ※光・焔√で伊剣に子供が出来ている設定の話
セイバーが退去してから数年後の春、幽霊長屋に伊織を「ととさま!」と呼ぶ子供が現れた。
齢は四、五歳くらいだろうか。伊織と同じ、青い目をした男の子だった。
白い着物を纏い、少女のように長い黒髪を束ねた姿は、いつかの佳人によく似ていた。
「かかさまのおにわで金色の杯をみつけたの。ととさまに会いたいっておもったらここにいた。
ととさまのこと、ずっとかかさまからきいてた。ぎをいっしょにたたかった”ますたー”だって」
「では、おまえの”かかさま”というのは……」
幼い口から出た名前は、伊織にとって忘れ得ないサーヴァントの名前だった。
よく笑い、よく食べる子だった。
米と御味御汁が好物で、食べ方もセイバーとそっくりだ。
しかしながら己に子を育てる自信は無く、先々を考え小笠原家の養子にと相談した。
結果、見事に断られたのだ。何よりも頼りにしていた妹に。
「ダメ。にいちゃんが育てて。この子、にいちゃんとセイバーさんと子でしょう?見れば分かるもん」
「だが俺は……」
「絶対にダメ。この子には、にいちゃんが必要なの」
などと押し通されてしまった。まるで伊織にこそ必要だというように。
程なくして目まぐるしい日々が始まった。
子のために朝餉と夕餉を作り、寝食を共にした。
仕事で不在の間は、紅玉や周囲の住人に子守を頼んだ。
あと一年もすれば寺子屋へ通い、読み書きを習うようになるだろう。
そんなある夜、添い寝をしていると子が伊織に一つ尋ねた。
「ねぇ、ととさま。ととさまは、かかさまのこと、すき?」
「ああ。俺にとって、この世でいっとう美しい人だよ」
別れの時は、再会と共に訪れた。
「ようやく見つけたぞ、我が子よ」
「かかさま!」
月が眩い夜、長屋に現れたその人は、愛し子を抱きしめていた。
琥珀色の瞳がふわりと微笑み、伊織の姿を捉える。
「久しいな、イオリ」
「セイバー……!」
二度と起きえぬ奇跡に言葉を無くす。目頭が熱くなり、喉が震えた。
格好は違っているが、凜とした声に見蕩れるほどの美貌は紛れもなくセイバーだ。
艶やかな長い髪を携え、白妙の狩衣を纏った姿には神々しさを覚える。
「知っていると思うが、これは私の胎にいたややこだ。
盈月の儀の折、きみと私の間に出来た子だよ、イオリ。
どうやら儀の記憶と一緒に持ち帰ってしまったようでな。
神域で育てていたのだが『ととさまに会う』と言った後で消えてしまったのだ」
「連れて帰るのか?」
「……ああ。まがりにも人の形は成しているが、中身は違う。私もこの子も、きみと同じ時を生きる人間ではないのだ」
子に出会うことも、今この場にセイバーがいることも、本来あってはならないことだと伊織は理解した。
盈月を断ち切った時と同じく、彼らを見送らねばならない。
胸を締め付けるような痛みが顔に出ぬよう、いつもと同じ調子で「そうか」と返せば、
強がりを察してか、セイバーは少し困ったような表情を浮かべていた。
「私は……きみに人として生きてもらうのが最善かと思っていたが、違ったようだな」
「きみも、私も、この子も。皆が会いたがっていたのだ」
「イオリ…約束する。天寿を全うした暁には、私がきみを連れて行く」
代わりに輪廻転生の輪から外れることを許してほしい、と謝罪した後、
セイバーは小さな手を引いて外へと歩き出した。
「達者でな。イオリ」
「またね。ととさま」
二人の姿が溶けるように消えると、幽霊長屋は静寂を取り戻す。
一人取り残された伊織は、天の月を眺めていた。
全ては夢のような出来事だったのかもしれない。
ただ、もしも、もしもいつか三人で朝餉を食べる日が来るのであれば、そう思えるのであれば、
息苦しい世でも、約束の日まで歩んでいける気がした。
セイバーは我が子と手を繋ぎながら江戸という世界から旅立つ。
道中、子は笑顔で伊織との日々を次々と語ってくれた。
ととさまが優しかったこと、怒られたこと、御味御汁が美味しかったこと。そして———
「かかさま」
「なんだ?」
「ととさま言ってたよ。かかさまはこの世でいっとう美しい人だって」
「なっ…!!!」
唐突な言の葉にセイバーの顔が一気に赤くなる。
イオリの奴、子供の前で何を言っているのだ!と憤りたくなった。
次に会う時はその言の葉を直接聞ける事を祈りながら二人は帰路へ着いた。
■あとがき
・なんかこうグワッと来たので書いてしまった
・迎えに来たセイバーはFGOの第三再臨イメージ
・子供の名前は最後まで思いつかなかったのでぼかす方針にしました。ミコとか暁(アキ)とか色々考えたけどセイバーは伊織が好きなので江戸時代らしい子供の名前を採用しそうな気がする