今頃刀ミュに狂って沼ったので『ミュージカル刀剣乱舞 三百年の子守唄』2017年版の実況跡地と簡単な感想です。1部のみです。物語が巨大で、石切丸リーダー役でそれゆえに一人で悩みを抱えるのがしんどくて辛かった。
きゃーーー石切丸―――――一人でいるーなんか書物書いてるーーー
大倶利伽羅かっこいいいいい
青江のイラスト崎山さんが書いたのかなぁ、先の戦いを書き残す、手紙ですらちゃんと書き終えたことがないって、その書物読みたい
(後からわかった、これは未来の話だ)
千子村正が本丸にやってきた日のことだった。
なんかテンション高い、ゲームと違うwwww妖艶だし太ももチラリだしいきなりソロはインパクト高い
青江と伽羅の遠征、岡崎城内。榊原長政、酒井小五郎、討ち死に。そこで赤ん坊に出会う。
ここでにっかり青江が少ししゃべる。中性的な印象。
物吉貞宗も初登場、声が低い。
石切丸、難しい任務になるだろうねぇ。審神者Pとの対話。私にやらせてもらいたい。この主と会話する石切丸貴重なの。
大倶利伽羅とにっかり青江が消息を断った。だから救出に行ってほしい。それに応じる石切丸かっこいい。ここの石切丸超かっこいい。
『勝利の凱歌』あれ、4人だけ?PVでは6人なのに。鳥取砂丘で歩いていたりとか青江に上目遣いされたアレと世界観が違う。しかし歌うまーーーーーー。みんなかっこいーーー。
青江と伽羅、青江は原作より中性的な印象。あとよく微笑む。赤ん坊抱きながら脇差振り回すのすごい。
村正きたー救出まにあったーーー物吉貞宗も蜻蛉切もつよーい。階段の下から出てきて無表情で時間遡行軍をなぎ払う石切丸かっこいい。このシーンで映画『陰陽師』の安倍晴明を思い出す。安倍晴明もクールな顔して敵を倒してたような。
6人で刀剣乱舞歌うーー。歌詞が違う。みんなの色とモチーフの話。大倶利伽羅かっこいい。青江の決め顔の角度が完璧、物吉はキラキラ、蜻蛉は西洋の香り、村正は踊るように戦う、石切丸は優雅かつ確実に敵を倒す。崎山さんやっぱり陰陽師を役作りの参考にしてないですか?
松平家全滅、生き残ったのはこの子だけ。物吉によりこの子が徳川家康だと判明。なんだと。
石切丸、刀剣男士たちが徳川家の家臣に成り代わることを提案。なんだと。そしてソロ曲。おおおお、歌唱力が格段に上がってる。2年で成長したなぁ。
こうして石切丸は服部半蔵になり、蜻蛉切は本多忠勝になることに。千子村正は徳川に仇なす妖刀らしい。大倶利伽羅は若い。
青江、赤ん坊のぬくもりを知ってしまう。血を吸いすぎた。ここで石切丸と青江のゲーム内回想の話だ!原作踏んでいる、さすが。ここから石切丸と青江の関係が始まる。
物吉貞宗は子育に向いている。朗らかで可愛い性格。青江も意外と向いていて。蜻蛉切は槍の訓練ばっかりで、子育てする刀剣男士は愉快。これからほのぼもパパ萌えを堪能させてもらえそう。
石切丸にとって民と国創りをするのは楽しいことなのか。かつては民と触れ合っていたから。御神刀の人生の方が幸せだったのかな。
竹千代(子供の頃の徳川家康)登場。Wキャストのどっちかわからない。
蜻蛉切は本多忠勝の代わりになるのに、本多忠勝を尊敬するあまりなれないと悩む。人間臭い。
村正は徳川家康の父、祖父を切った。
『可惜夜の雲』の村正の歌唱力天元突破しそう。歌うますぎてファンになりそう。
にっかり青江は酒井忠次に。青江と村正の会話。徳川家はよくわからない。人気がないって言っちゃうのか。天下取るのに。
青江も村正も役者のレベルが違うから佇まいの再現度が半端ない。
『かざぐるま』の三重奏好き。蜻蛉の高音と大倶利伽羅の低音がと石切丸の中音がいい感じのハーモニーを奏でるやつ。これしびれたもん。
もう竹千代が元服からの桶狭間の戦い。
永禄3年5月、目の前にいる戦国武将がだれかわからなかった。松平元康よね?名乗ってないっぽいけど。
(歴史に疎すぎてわからないことが多すぎる)
吾兵登場。歴史上人物扱いでもただの農民で事前予習してもだれなんだ状態だったのでは?この吾兵と大倶利伽羅の絡みがよくてねぇ。馴れ合わないからちゃんがちょっとだけ優しくなるのが感動する。大倶利伽羅みたいな一匹狼孤高の剣士が馴れ合ってくれるの心にグッと来るものがあるよね。
丸根岩での合戦。大倶利伽羅の殺陣超かっこいい。殺陣が似合う、剣が似合う。財木琢磨さんの元の雰囲気からくる。
大倶利伽羅は桶狭間の戦いの後、「こんなもの」、という。石切丸「どれだけ血がなれたと思ってるんだい」と決闘に。推し2人喧嘩しないでよ、気が合うとは思えないけど。大倶利伽羅がヤンキーで石切丸が担任の先生みたいな立場なの。
(ここからストーリーが読めなくなる)
大倶利伽羅は榊原康政に。だれかわからない人が父に使えていた人らしい。
石切丸が子供あやしているけど、その子供は家康の息子の松平信康なの?
松平元康は今川家より独立、織田信長と同盟を結ぶらしい。
この、石切丸と松平信康のはらきよが超かわいいい。子供と対話する石切丸超かわいいいい。最初に見た時からこのシーンを何回も思い出している。服部半蔵としての役割、ストーリーテラーとしての役割から、石切丸に戻った瞬間でもある。この時だけ石切丸が石切丸でいい。あと、トリカブトの花は猛毒だぞ。
吾兵さんの生い立ちと戦闘への憧れが切ない。吾兵の顔よく見ると若い。そして弟子入りを受け入れる大倶利伽羅、成長してる?
信康、手がゴツゴツしているのは苦労の証なのだよ。
青江と石切丸が会話すると青江もっと石切丸に寄り添ってほしいとか思う。
元亀元年6月、姉川の戦い。青江も活躍。物吉が蜻蛉に説教する流れが意外だった。蜻蛉は本多忠勝になることをずっと恐れ多いと思っている。それを物吉は冒涜だと言う。蜻蛉切は本多忠勝になれると思っているが、蜻蛉切と本多忠勝は別の存在。蜻蛉切は蜻蛉切のままでいい。蜻蛉切は本多忠勝の役割を再現して歴史に名を残すのが正しい役割。歴史上の人物になるということはそういうことなのだとようやく理解した。
蜻蛉切の歌『ただ、勝つために』で歌唱力も戦闘力もとんでもなかった。このタイトルは忠勝のことも入っている。上手い名付け方。歌だけじゃなく戦闘も蜻蛉切一人で圧勝したのか。蜻蛉切はソロが多い。
大倶利伽羅と吾兵と石切丸と信康、農作業と文字ならいの流れから、剣術の稽古になり、石切丸の『かざぐるま』をBGMにしていいのか。しかし歌唱力上がったなぁ。キャラ声で歌えている。信康の子役から大人役への入れ替わりが剣術をしながらというのが面白い。
千子村正は井伊直政になった。これが上演された2017年に大河ドラマ『おんな城主直虎』で井伊家の話やったのに、やったから小さい扱いなのか?
信康は史実では、家康公の命で切腹させられる。信康はほんとに出来の良い子供だったのに、なぜ切腹することになったのか、物吉も蜻蛉切も見ていたのにわからない。でも刀剣男士は歴史を守るもので変えるものじゃないから史実通りの出来事を実行しないといけない。その葛藤は続く。
そこで青江から服部半蔵が信康を殺したという衝撃の一言。家康から信康の介錯をたのまれたのは服部半蔵だという。私も、青江の言う通り石切丸は一人で背負いすぎだと思う。青江、それに気づいているのなら、青江、頼むよ、石切丸を救えそうなの青江だけだから。石切丸が大好きだけどこの世界の主じゃない私は石切丸を救えないから。
(ところで、お客さんのことも作中の主のことも同じ「主」と呼ぶの、よくよく考えてみればややこしい。なんでそう呼ぶの?この本丸の主じゃないのに私達を主と呼ぶ理由は?いや、みんなゲームの本丸の主が集まっているけど。原作を知らずに見ると混乱する。)
あぁ、みんなの殺陣かっこいい。吾兵が遡行軍にやられたー吾兵いいやつだったよー。
大倶利伽羅「だから、馴れ合いたくなかったんだ」。大倶利伽羅が馴れ合わないのは戦で命を失う悲しみを知っていたから。意外だったなぁ、誰かを慈しむ心が存在することが。天正三年五月、長篠の戦いであった。
石切丸またソロ曲、救いたい、力があれば、なぜ戦うのか、強くさみしげな声で歌う。
力があれば人々を救えると思う。力の使い方として平和利用するのは正しいと思う。本当は争いの無い世の中になればいいけどまだ話し合いで解決できる時代じゃない。平和のためには戦うしかなかった時代。それでも基本的には人々(それは刀剣男士も含む)の願いを叶えたい。だから大倶利伽羅が決闘を申し込んできたら決闘する。それも優しさ。
で、それを伝えに来たのが青江。戦うのが好きじゃないこと、人々の願いを聞いてきたこと、全ての人に祈っている。青江は「僕なら抱えきれない」「全ての戦を終わらせようとしているのではないか」と石切丸の本音を代弁する役割を担っている。おそらく勘のいい人間なら、『阿津賀志山異聞』から刀剣男士として生まれた石切丸の矛盾を知っているものならすぐわかったのだろう。青江が大倶利伽羅に伝える形で観客に伝える。
大倶利伽羅も悩む。「ものでいられたうちは、ただ戦っていればよかった。この感情というのは、戦うには邪魔すぎる」。あいつは石切丸よね。大倶利伽羅は戦闘狂みたいなところがあるのに、花を手向けるくらいには感情があるのね。それでも石切丸の言う戦のない世の中を見ると決める。石切丸の影響を受けてるのね。
流れ打って変わって天正7年9月、松平信康が切腹した日になる。信康を殺すと告げる石切丸、それを止める物吉、人を殺めてもいい理由なんてないという石切丸。
青江、「(心を)手に入れた以上捨てることはできない、あまり無理をすると壊れてしまうんだって」、このセリフ、後にとんでもないフラグになるとは…。頼むよ青江。
信康は戦乱の世で戦うことに葛藤して、戦えないと嘆く。でも戦国武将の息子に生まれた以上、それは許されない。家康は叱咤する。そこに現れた石切丸。信康は石切丸に己を斬るように頼む。それは死にたいけど死ねないから誰かに頼む。そんなの石切丸には無理だよ、ちょっと何考えてるの。検非違使も時間遡行軍タイミングよく来る。
石切丸、検非違使のために持てる力を全て発揮する。今までに無いうめき声を上げ必死に戦う。
石切丸壊れちゃった。私は石切丸に恋する女として、初見で胸が痛くなってどうしようもない闇を抱えた。私、とんでもない人を好きになっちゃった。石切丸はとても立派な人間だし、尊敬する。でも優しすぎるから一人で抱え込んでしまう性格で、誰かに相談もしない。抱えていたものは大きすぎるし、目の前で信康様という大切な人を失うし、敵は強いし。そりゃ壊れるよ。本丸帰ったら三日月宗近か小狐丸に話を聞いてもらうといいよ。この2人なら相談できそう。
その結果、助けに入った信康が検非違使に殺されてしまう。おお、検非違使、検非違使が結果敵に歴史を守った。検非違使GJ。
ガチキレした石切丸と仲間たち、おおおおおおおおおお倒したーーー検非違使撃破!
元和二年四月、徳川家康の最期、この物語の中心人物だった家康。生まれた時から生涯を見てきたけどもう75歳。なお、この舞台において刀剣男士が老けてないことは突っ込んではいけないらしい。家康も戦嫌いで戦のない世の中を作りたかったこと、信康への謝罪、家康の思いを全て聞いた。ネット上の感想を読むと、あの少年、信康の幽霊なのか吾兵の幽霊なのか生き残った信康なのかは解釈が割れるらしい。
物吉は生まれた時からかわいがって、最期もずっと介抱していて、偉いなぁ。物吉はずっとお母さん的な立場だったよね。私は物吉貞宗という刀剣男士をよく調べずにみほとせを見たけど、刀剣男士の中では一番若くて弟のような立場で、一番子育てに熱心で、石切丸と同じような人間の心に寄り添う優しい性格の持ち主だと思った。その優しさが幸運を運ぶ刀とよばれる所以かしら。
物吉貞宗に関しては千子村正と蜻蛉切から衝撃の事実が明かされる。家康は幸運であると自分に言い聞かせていた、物吉貞宗はその思いを受け止め続けていたと。物吉の愛らしさの原点はそこだったか。ずっと前向きなことばかり考えるように育ったから、いつも前向きで明るい子に育ったパターンか。
ラスト、ここは本丸に帰ってきてからの話かしら。青江に似顔絵を見せる石切丸。石切丸の似顔絵大会、誰が書いてるの?こんな穏やかに冗談を言える関係なら、互いに抱えた闇を語り合って癒せるような関係。でも青江はにっかり青江だから、微笑みの貴公子みたいな人だから、石切丸に一緒に笑ってあげることプレゼントした。いきなり笑いだしてびびったけど、笑いは大事、生きていくうえで、その間は闇を忘れられるから。でも青江、もっと石切丸の話も聞いてあげて、抱えるものの大きさに気づいているならできるはず。疲れた顔してひとりで佇む姿を見ていると、こっちはしんどい。
にっかり青江が微笑みの貴公子だとしたら、大倶利伽羅はその対極、一切笑わない刀剣男士。でも少しだけ笑う。間接的ににっかり青江の教えが伝わっているのかしら。
最期はみんなで『瑠璃色の空』徳川家の子守唄として作中でなんども歌われた曲。でもこの時のこの曲は物語の終わりを告げる歌。作中亡くなった家康、信康、吾兵、すべての人が安らかに眠るように歌われる歌。そして我々観客には現実の世界へ戻っていくように歌う歌。
こうして、第一部は終わったのであった。
こうして、第一部は終わったのであった。
トータルで見てびっくりしたのが、『刀剣乱舞』にこんな巨大な物語が存在していたことである。『刀剣乱舞』の原作自体が少量のテキストで構成されているのに、ここからこんな巨大な物語を作れることが信じられなかった。刀剣男士という付喪神が人間に成り代わり、それゆえに人間のような精神的苦しみを味わうことになってしまう。
それはまるで伊藤剛のいう「キャラ」から「キャラクター」になることのようだと思った。それはマンガ表現の世界の話だけど、大雑把に説明すると「キャラ」から「キャラクター」になるときに、人生や生活を想像させるものが追加されるって話で、。漫画の登場人物になって物語が追加されて、「キャラ」から「キャラクター」なるような。
刀剣乱舞はその「キャラ」に物語を与える作業をコミカライズやアニメだけじゃなくて、ミュージカルや舞台でも達成した。『刀ステ』の方はまだ見ていないからわからないけど。
そして石切丸の夢女でもある私はこう思った。
私、とんでもない人好きになっちゃった。リーダーも進行役もこなす大変な役割の主人公を好きになっちゃった。私が好きになったのはゲームの石切丸で、そっちはもっとぽけーっとしてるし地味だし穏やかだし主である私に話しかけてくれる。ミュージカルの石切丸は主は別だし、ミュージカルの主人公だし、アイドルだし、リーダーだし、別本丸の主が入り込む隙がない。ミュージカルの観客としか接することができないから救えない。救えないことが辛い。だから審神者P、青江、小狐丸、三日月さん、本丸の誰でもいいから石切丸を頼んだよ、って願うしかできない。それが辛い。
で、『三百年の子守唄』の続きはどれを見たらいいのでしょうか?2019年版?真剣乱舞祭?