「明るい部屋」と、凛世さんのSSRのイラストの話。
実質はづきさんが主人公のシナリオで、はづきさん自身と、はづきさんのお父さんと天井社長との繋がりが掘り下げられて、すごかったですよね…… 群像劇的で、どこを切り取っても面白い…… 終盤の、あの部屋が時間と空間を超えて繋がっていくっていうところは感動でした。
さて、凛世のSSRのイラストの中央には、上が丸くなった窓があり、そこから外が見えるように描かれていて、下におかれたケーキとかの視覚効果のおかげか、窓が円形に見えるように思います。まるでこの窓はレンズで、部屋はカメラの内部であるかのようだと思いました。カメラcameraはもともとは「部屋」という意味で、ロラン・バルトの『明るい部屋』(原題:La chambre claire)は、カメラ・ルシダというそのものまさに「明るい部屋」という名前の、写生に用いる器具に由来していることが語られています(『明るい部屋』花輪光訳,p.130)。
片方の目をプリズム(三角柱のレンズ)を通して物を見て、もう片方の目で画用紙を見ることで、物を見ながら画用紙にその形を写し取れる器具です。バルトによれば、写真を語るときにはフェルメールも使っていたというカメラ・オブスクラ(暗い部屋)ではなく、このカメラ・ルシダを引き合いに出すべきだと言っています。バルトはモーリス・ブランショの「映像の本質は、内奥をもたず、完全に外部にある、という点にある」という言葉を引用しています。カメラ・ルシダを使うとき、片方の目は画面となる画用紙の外側をプリズムを通して見ているから、その点がここに繋がってくるものと思われます。
そもそもなぜこうしたカメラ・ルシダを引き合いに出そうとしているのかというと、バルトは写真を「深く掘り下げたり、突き抜けたりすることができない」ものだと考えているからです(pp.130-131)。「「写真」が深く掘り下げられないのは、その明白さの力による。映像の場合、対象は一挙に与えられ、それが見えていることは確実である――これとは逆に、テクストや、映像以外のものの知覚は、対象を曖昧な、異論の余地あるやり方で私に示すので、私は自分が見ていると思っているものを疑うようになる」(pp.131-132)と。写真や映像の場合、そこに写っているものそのものは、確かにそこに写っていて、見えるもので、文字で伝えるよりも明白に伝わるということです。
もう1点。ブランショの引用に会った「外部にある」ということについて。写真に写されたものは、その写真の外側にあったものであることを示している、ということだろうと思います。バルトが『明るい部屋』でたどり着いたのは、写真は《それはかつてあった》ということを示しているということでした。こうして写真は、過去に一度確かにあったはずのもの(こと)を示すものとして、写真の外側へ、過去へと連れて行ってくれるのです。
この外部へと連れて行ってくれるものとしての写真、ということが、寮のあの部屋が別の時間、空間の部屋へと繋がっていくという放クラの話と繋がってくる、と思いました。感動的なのは、バルトが語った写真は主に過去の話であったけれども、放クラの話では未来にも繋がっていくということだと思うのです。
凛世のSSRのコミュの3つ目、仕事が上手くいかずに寮に戻ってきた凛世が、自室が寒く感じられてあの部屋へ向かうというところもすごく良かったです。自分の持ち物がたくさん置いてある自分の部屋よりも、がらんどうになってもう何も置かれていないあの部屋の方が、よりどこかへと繋がっているということを示していて、実際その部屋にはすでに樹里がいました。
それにしても、カメラやレンズやガラスを通して向こう側を見るという話が3年目は続いているな、と思います。GRAD編と「ストーリー・ストーリー」はテレビ番組の話で、「天塵」はネット配信番組の話。「many screens」はスクリーンがタイトルに出ていて、これもネット配信の話。「曇りガラスの銀曜日」は曇りガラスを通してその向こう側を見ようとすることがテーマになっていて、そして「明るい部屋」のSSR【日を食んで、夜を啜って】もカメラの内側からレンズを通して外をのぞくような構図になっています。【ハウ・アー・UFO】の印象的なスマホのカメラ(のレンズ)の背景も思い出さずにはいられません。そもそも「Dye the sky.」は写真の話。カメラ・ルシダにも用いられているプリズムは、光を分光して虹を作り出すものでもあります。このあたりの繋がりはおそらく意図的なのではないかなと思うのですが、このあたりのテーマについてはもっと味わいたいところですよね。
ところでイベントシナリオの「明るい部屋」は実質的にはづきさんが主人公で、亡くなったお父さんのことを思い出すということが一つの主題になっていました。ロラン・バルトは『明るい部屋』を母親を亡くした後に書いていて、母親の死後に見つけた母の幼少期の頃の写真(「温室の写真」)を見つけて、それを見つけたことの自分の体験を通して、写真そのものに迫ろうとしていいます。こういうところにも並行してくるところかなと思うのですが、もっと考える必要がありそうです。