【小話9】
海というものにそれほど縁があったわけじゃない。
なんなら夏の海など、「ぱりぴ」がお肉を焼いているんだろうな…
捕まえてご覧なさーい!と、カップルが追いかけっこをしているんだろうな…
とかいう偏見もいいところの想像さえある。
私は恋バナやパーティ愛を拝聴するのは好きだが、
べつに過度にキラキラしいものをひさしもなしに直視したいわけじゃない。
自分の影が濃くなる気がしてならないから。
とはいえ、海自体はそれなりに好きで、海鮮類は美味しいし、波の音をきくのもいい。
だからダンジョンであっても海岸に逗留することはやぶさかではなかった。
髪の毛が砂でジャリジャリすることを除けば。
ただ、それでも、満潮が続くといじけたくなってくる。
私は波打ち際で体育座りをしていた。
どこまでも広がる水平線を、砂浜に座って眺めていると、
波間にたゆたう情報のいちぶになって溶けて消えられそうな気がする。
日の落ちる時刻の海というのはセンチメンタル過剰にもなるのが短所だ。
海に誘われて消えてしまう人は、波と心にゆられるあいだ、
自分の中の波と海の波のさかいめに、とうとう区別がつかなくなって
人魚姫のごとくうたかたに消えてしまったのかもしれない。
そんな冒険にはどーでもいいことを考えるくらいにはぼーっとしていたらしい。
とおくから、歌が聞こえる。
波音か、吟遊詩人の語りと思ったがどうやら違うらしい。
音のする方へ目を向けると、キラキラと煌く鱗のようなものが垣間見えた。
マーメイド。
この音色に拐かされてしまうものも多いと言うが、そのときの私は違った。
あんまりぼーっとしていたものだから、つい失言を零してしまう。
「サラチキちゃんの歌のほうがうまいな…」
案の定、マーメイドにキレられた。
マーメイドは冒険者たちの受諾したクエストの狙いの的であったらしく
しっちゃかめっちゃかにやられて半泣きで倒されていった。めでたし。
かわいそうな気もしたが、世は弱肉強食なのである。
マーメイド討伐に盛り上がるオーディエンスをよそに、
私は、海岸の掲示板にとある張り紙に気づいてそれを見ていた。
「一度しかない夏を楽しもう! ~ナキナモ島deサマーバケーション~ 船代500Gから」
500…500Gねえ…
私は次の目的地をミールの村に予定していた。
ミールの大聖堂を拝んだ後にお金があれば行ってみようか。
あまり真剣に検討せず、そういうのもいいかな、くらいに思っただけだった。
自分がナキナモ島にて、天体を観測する気のない天体観測パーティを組むことになるとは、予知できずに。