『庭師は何を口遊む』バレ、未通過NG。これはSS、モブ刑事から見た庭師事件からシナリオ開始までの話です。基本的にはどの班にも当てはまるように書いてはいますが、苦手な方はバックしてください。
例えばの話をしよう。
僕はとびきりに秀でた能力があり、誰からも羨望され、誰からも求められる人材だ。関わった仕事に関しては完璧に行い、解決できなかったものはない。そんな自分には自分にはない部分で秀でている同僚がおり、助け合いながら働いていた。何かがあればすぐに駆けつけ、当然のように手を差し伸べられる。
そんなチームが警察組織の中にあり、その内の一人が僕なのだ。きっと、大変に気持ちが良い筈だろう。見えない景色を見て、自信を持ちながら働ける事だろう。人からの面倒な仕事でさえ、完全に成し遂げる事が出来るのだから、困難な道など無いのかもしれない。
けれど、そんな現実は僕のものでは無い。
そう、だから例えばの話だ。
僕はとびきりな才能など持ち合わせてはいない、平々凡々の男で、警察組織へ正式に所属してまだ半年ばかりの新米刑事だ。所謂キャリア組だとか言われるポジションではあるものの、その実お飾りな役職しか持ち合わせていない。父親の大きな靴を自慢げに履く子供を想像すればわかりやすい。そういう存在だから、周りも扱いに困っているようだった。
能力に見合わないこの靴にいつまで経っても慣れやしない。靴擦れが痛くなってしまう程には今の現状にやきもきしている。
「またゼロか」
そんな声を聞いて足を止める。ぐるりと視線を巡らせれば、僕よりも一回りほど年上の刑事たちが掲示板の回覧を見て息を吐いていた。
猟奇殺人事件の犯人が逮捕されたのだそうだ。
「多少能力があるからって何だってんだ」
「こちとら足で稼いで地道にやってんだよ」
「そのお膳立てを利用しているだけの奴らに」
ぶつくさと文句を垂れる彼らは、詰まらなそうにその場を後にする。人気のなくなったその掲示板の前で、僕はその報告書類を見上げていた。
警視庁特殊犯罪捜査零課、通称ゼロは、この組織の中で異例な存在だった。まず四年周期で異動が発生する中で、例外的に発足を続けられる部署であり、それゆえに入れ替わりも殆どない。そして、特化した能力を個々に持ち合わせ、より良いバランスの中で継続している。
班長に的場元がいる事から、的場班と言われる事もある。この的場という男がなかなかに曲者で、-いや、食えないと言えばいいのだろうか-上層部とも同期とも後輩とも分け隔てなく付き合える上、話の持って行き方が非常に上手い。文句を垂れていた刑事たちでさえ、きっと彼の前では萎縮するだろう。あの何も言わせぬ視線と、言葉の前で、強気でいられる人間はそうそう居ない。
こちらから見た彼は完璧すぎるほどに完璧で、だからこそ恐ろしかった。何か自分がミスをしたのではないか、何か不誠実な態度をとったのではないか、自分が不完全である事がバレているのではないか、と。あの目の前に立てば思ってしまう。
だからといってゼロの中で彼だけが恐ろしいかと言われればそうではない。相模原をはじめとした他の五名も、やはり優秀なだけあって眩しいのだ。自分の不格好さに気付かされて、何も言われていないのに傷付いてしまう。きっと、僕以外の刑事もそんな気持ちでいるから、警戒してしまうのだ。ピリついて、勝手に嫌いになる。そんな自分がいる事に気が付けば、更に自己嫌悪に陥ってしまうから、「ゼロは上から目線で腹が立つ」という印象で満足してしまう。
きっと何も苦労なく、何の汚点もなく、生きてきたのだろう。
事件の概要を一通り眺めてから、目を伏せて自分の仕事へと向かった。
そんな出来事のほんの数週間後の話だ。
『庭師事件』と呼ばれる猟奇殺人事件が発生した。その被害者とは、ゼロに所属していた相模原だった。
更に言えば、その遺体を真っ先に見つけたのも同じくゼロの面々だったと聞く。当時の彼らの様子をちらりと見たことはあったが、あの輝かしいまでの眩しさは全く見受けられなかった。寧ろ別人とも言えるレベルだったように思う。どんよりと重たく、辛く苦しそうで、見ているだけで痛いぐらいだった。
常日頃やっかみ、罵詈雑言を浴びせていた刑事たちでさえ、その様子に押し黙った。
死んだ体を無理矢理鞭打って歩かせ、機械的に対話を行う。まるでゾンビか何かのようで、周りがそれに圧倒されていた。
鑑識の猪狩幸太郎だけは、いつものように振る舞ってはいたが、その影でどれだけ泣いていたかを僕は知らない。目の下の赤色が暫く濃く色づいていたのは、誰の目からも明らかだった。それでも声をかければいつものような調子で話すのだから、彼も何かしら苦労を強いられているのだろうと思えた。
何不自由なく生きている人間はいないのだ。
そうこの日から思えた。
きっと何も苦労なく、何の汚点もなく、生きてきた……訳ではないのだ。その道に至るまでに死ぬ程努力した者も居たのだろう。その力ゆえに差別を強いられた時もあったのだろう。
その中で見つけた居場所の中で、ピースが一つ欠けてしまったのだ。想像を絶する痛みだったに違いなかった。
その後、的場元は責任を取るようにチームから抜け、四人になったゼロ課は各々で何とかその埋め合わせをしようとしていた。何があって奮起したのかはわからない。そこには相模原への弔い合戦があったのかもしれない。憎しみを原動力にしたのかもしれない。それでも前を向こうと決めた彼らに、僕は心底惹かれた。
ああ、あの中に入れたら。そんな夢想をやはり続けてしまい、その度自嘲するように笑っていた。
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あの光景から三年の月日が経っていた。
彼らはまた眩いばかりの成功を掴み、互いに互いを支えながら働いている。
ぎこちなく、ちぐはぐなピースは、やはりどこか歪んでいて危ういが、今の彼らには必要なバランスなのかもしれない。
そのピースを支えるように、警察組織では猪狩幸太郎や神童大輔、的場元が特に目立って彼らと交流していたように思う。
僕もそこにあれば、とは思うが、やはりかける言葉も無い。元々妬んでいた分その権利もないように思えてしまった。こうやって遠くから眺め、その行く末を見守ることしか、やはり出来ないのだ。
煌びやかで美しく咲いた花の事を、人は『花燭』と言う。それは婚礼を意味する言葉でもあった。
今日はあの日だと、忘れぬ為に夜はいつも通り集まろうと、そう話す彼らの姿は、失った過去に何度も何度も祝言を告げ、離すまいとしている想い人のようだった。
その行為や、彼らのことを花燭に例えるのなら、とてつもなく短い寿命だ。
今年の冬は、彼らにとってどんな冷たさを残すのだろう。
そう思いながら、彼らに背を向けて自分の仕事へと向かう。
半ば祈るようにして。
『花燭』