「明るい部屋」が描くはづきの物語について
「明るい部屋」を再読して、はづきを中心にしたお話の部分で何が起きているのか見えてきたような気がするので記録しておきます。
「明るい部屋」はスーパーで働くはづきの様子から始まります。はづきは283プロの事務員とスーパーの仕事とのダブルワークをしており、またクリスマスシーズンということもあり激務といった様子です。そこではづきは言います。「クリスマスが…… なんだっていうの…………」。
また、283プロの日常の風景や、寮の奥の部屋の片づけの模様などを描きながら、はづきは子供の頃を記憶を回想します。それははづきにクリスマスプレゼントを買ってきた、今は亡き父親の記憶でした。父親は弁護士で忙しく、クリスマスに父親がいることも珍しかったようです。そのとき買ってきてくれたプレゼントは、子供の頃のはづきにとっては嬉しくないものでした。そのときの父親の言った「メリークリスマス」の言葉を思い出しながらはづきは「何がメリークリスマス」と悪態をつきます。
はづきを中心にして見ると「明るい部屋」は、このようにクリスマスに対して乗り気になれなかったところから始まり、最終的にプロデューサーに対して「今日はメリークリスマスです~」と言うに至るところが描かれているように見えます。「何がメリークリスマス」と言っていた態度から、何があって「今日はメリークリスマスです~」と言うに至るのか。その間には、はづきが自分の仕事に対して「そういうことがやりたいみたい」と気付いたことがあった、と考えられます。
はづきの父親がはづきに買ったプレゼントは、ミシェルちゃん人形でした。おそらくリカちゃん人形のようなもので、それは消防士の服を着たものでした。はづきはお姫様みたいなドレスを着たミシェルちゃん人形が良かったと落ち込みます。しかし大人になった今、そのときのことを思い返して、はづきは「私…… やっぱりドレスじゃなくて、こっちの方がいいみたい」と思うのでした。この気付きが、「メリークリスマスです~」と言えるようになるきっかけになっているのではないか、と思います。
「明るい部屋」では、スーパーと事務所のダブルワークで激務の様子のはづきが描かれます。加えて寮の奥の部屋の片付けもしており、埼玉の家まで帰らずに事務所や寮の奥の部屋で寝泊まりしている様子も見られます。プロデューサーやアイドルたちは、めちゃくちゃ働いてくれるはづきのことを思いやり、自分たちでできることは自分たちでやろうと、率先して動いてくれます。しかしはづきはそれに対して否定的です。
アイドルたちが自由に使える部屋を探すときには、資料を見るのをプロデューサーが分担しようとしたら「私に能力がないみたいに言うのやめてもらいたいです~」と言っていました。さらに寮の奥の部屋の片づけをしていたアイドルたちにホットミルクを作ってねぎらっていて「冷えないようにしてもらわないと、私の仕事なくなっちゃいますから~」と言っていました。寮に住むアイドルたちは寮の備品などを自費を使って増やしたりしていましたが、はづきはそういうものについてもよくチェックしていて、経費として申請されていない備品についてよく気がつきます。
プロデューサーもアイドルたちも、めちゃくちゃ働いているはづきを思いやっていて、できればもっと楽をさせてあげたいと思っています。それだけでなく、プロデューサーやアイドルとしての本来の仕事以外のことも、率先してやりたい(面白そうだから楽しいから)と思っています。そしてそれを実践します。おそらく、はづきはみんなの思いやりや率先した行動によって自分の仕事が減るということが、自分の存在意義が失われるという風に思っているのではないかという気がしてきます。はづきの仕事を軽くしてあげたいと思っていることなのに「能力がないみたいに言うのやめてもらいたい」と言ってしまうというところにそれが表れているように思えます。(これは余談ですが、プロデューサーの親切による申し出をこんな風に聞き取って応答してしまうというところ、なんかにちかに似ているように思いませんか……??)
そういうわけで、思いやりや優しさや面白さや楽しさによってプロデューサーとアイドルが率先して色んな事をしてくれる中で、はづきはそれはアイドルのあなたたちではなくて自分の仕事だから私がやりますよと仕事をこなし、自分の居場所を自ら切り開いていこうとしているようです。おそらくそうやって自分で自らアイドルの裏方の仕事をこなしていくうちに、自分は表舞台に立つ人を支える仕事が好きなんだと気づいたのではないか、と思います。キャロル隊を前にして「そういうことがやりたいみたい」と思ったとき、寮の奥の部屋の片づけなどを率先してやりたいと申し出るアイドルたちについてプロデューサーが言った「『手伝いたい』って気持ち」という言葉を、はづきは思い出しています。はづきは「手伝いたい」のです。
おそらくこの気持ちに気付いたということによって、消防士のミシェルちゃん人形を買ってきた父親が言った言葉をはづきは受け止められるようになったのではないか、と思います。はづきの父親はこう言っていました。
「消防士さんは、力のある男の人たちが多い職場だし危険なことも多い仕事だろ? だから、きっとこのミシェルちゃんは消防士さんの仕事に強い夢を持ってたんだろうなって。そう思ったらさ、応援してあげたくなって」
これに対してはづきは「ミシェルちゃんより、私のことを考えてよ」と言いました。父親ははづきが喜びそうなものを買ったのではなくて、ミシェルちゃんを応援しようとして買った、とはづきは受け止めています。父親は続けます。
「だからはづきにも――」
この「だからはづきにも」の後には何が続くのか。それは本文中には書かれていません。おそらく父親がはづきに言ったのは、「だからはづきにも、消防士になったミシェルちゃんみたいに強い夢を持ってそれに向かって生きてほしい」だったのではないか、と思います。ですが、そう仮定した上で、はづきはこのときの父親から別のメッセージを受け取っていたのではないか、と思うのです。それは、消防士になるという強い夢を持ったミシェルちゃんを応援するという、その父親のまなざしです。その応援する人としてのまなざしを、はづきは父親から受け継いでいたのではないでしょうか。だからこそ、「ドレスじゃなくて」「そういうことがやりたいみたい」と思ったのだと思います。父親が言った言葉ではなく、父親のその応援するというまなざしを受け取った。「だからはづきにも」の続きの言葉が本文中に書かれていないのも、こうのようなメッセージの受け取り方をはづきがしたからではないかと私は考えています。
このようにして、夢を持つ人を応援する人という父親のまなざしを受け継いでいたことを自覚したからこそ、はづきは「今日はメリークリスマスです~」と言えるようになったのではないでしょうか。ここに、はづきの中にあった父親とクリスマスに対するわだかまりの解きほぐしが読み取れると思うのです。