(セクエンツィア・トロープスのネタバレあり)
懇請に告ぐトロープスの後日談、あるいは遺骸を雪ぐセクエンツィアの前日談。
部屋の中で一人きり。今日は部屋から出る気になれなくて、ただ天井を眺めていた。
「……ア、アミ、クス、こ来ない……かなぁ」
一人でそんなことを呟く。前に彼が来てくれたのはいつだっただろう。そろそろ父上の使者達が来る頃だから、それより前か喋れるようになった時に来て欲しいな。相槌だけしゃなくて、僕も彼と話したいから。
そんなことをぼんやりと考えていると、ドアからノックの音が聞こえた。……もう使者達が来たのかな。
「カーティ、俺だよ」
違う。僕のことをそう呼ぶのは一人しかいない。急いでベッドから立ち上がってドアへ駆け寄る。
「ア、……ア、アミ、クス!」
「久しぶり。最近寒くなってきたけれど、風邪はひかなかった?」
僕は彼の言葉に何度も首を縦に振る。いつもの優しい笑顔と、優しい声……だけど、いつもより嬉しそうに見えた。良いことがあったの、と聞けば、とびきりね、と返される。けど、内緒なのか詳しいことは聞かせてくれない。ずるい、僕も彼の良いこと聞きたいのに。
拗ねた顔をしていたのか、宥めるように頭を撫でられる。
「今は内緒。でも、将来必ずカーティにもわかる日が来るよ」
「……うん」
頷いてから返事をする。将来なんて縁の遠い言葉だな、なんて思いながら。
農村でのどかに暮らす人々の様子、赤色や黄色に色づく森の木々、堅牢な門の遺跡、旅の間に見たものをアミクスは僕に話して聞かせてくれた。僕には一生関係ない世界を彼は言葉で見せてくれる。彼が話してくれる外の世界はなんて綺麗な場所なんだろう、といつも思うのだ。
「農村では、……ふふ」
「……? ど、どう、どうした、んです、か……?」
「ごめん、なんでもないよ」
話の途中で僕の顔を見て笑ったように見えた。……僕、なにかおかしなことを言ったのかな。なんだか恥ずかしい。
「そういえば、カーティはお祈りのやり方は知っているかい?」
彼からの突然の質問に僕は首を横に振った。お祈りは神様に何かをお願いすることだと、以前にアミクスが教えてくれたのを覚えている。
僕が首を横に振ったのを見ると、こうするんだよと見せてくれた。真似して同じように手を組んでみる。手を組んでからお願い事をするのだという。
「ぼ僕……、おお祈り、しても、……プリム=マ、ガもマーテル様、も、か叶えて、くれな、いと思い、ます」
だって、僕は呪われているから。プリム=マガにもマーテル様にも嫌われているから、こんな忌まわしい体なのだから。
俯く僕に、アミクスは優しく背中を撫でる。
「辛いことや痛いことがあったら、お祈りしてごらん。お祈りする神様は誰でもいいんだ。カーティが信じられるものなら、なんでも」
「だ、誰で、も……?」
「うん。カーティはいい子だから神様は必ず助けてくれるよ」
その声色が、表情が、とても真剣で、言い聞かせるようで。僕はただ首を縦に振った。それを見た彼は安心したように笑ったので、僕もつられて笑ってしまった。
アミクスが帰った後、入れ違う形で父上の使者達がやってきた。僕の舌を切り落とすと彼らも王都へ帰っていった。
運が悪いことに、その日はちょうど雨が降る夜だった。出血は止まっていてもジクジクと痛む口内が、雨の日はさらに酷くなる。今夜はきっと眠れないだろう。
少しでも気を紛らわせようとアミクスの話を思い出す。海の話に竜の話、森の話や……お祈りの話。
辛いことや痛いことがあればお祈りするといい、と彼は言っていた。信じられるものなら誰でもいいのだと。教えられた通りに手を組んでみる。
神様、僕のお祈りを聞いてくれるのなら、この痛みを少しでも軽くしてください、と心の中でお祈りをする。
「!?」
驚きで思わず声をあげた。ジクジクとした痛みが、なくなっている。いつもなら一晩中痛んでどうにもならないものが。
アミクスの言う通り、神様が僕のお祈りを聞いてくれたんだ。僕も、神様にお祈りしていいんだ。
それがとても嬉しくて嬉しくて。次に彼が来た時に必ず話そうと思った。アミクスの言う通りだったよ、と。
だから、貴方が風邪を引かずに怪我もせずにまたここに来てくれますように、と毎日祈って待っているよ。僕が一番お祈りしたいのは、貴方のことだから。
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