雪歌が独白で自分の出生の話とバカの話をする怪文書
一応合唱キャンペ未通過×にしておきますね…………(?)
喧噪が、暗闇が、孤独が、苦手だ。
嵐さん曰く、私はコインロッカーに捨てられた赤子……コインロッカーベイビーだったという。ぼんやりとだけそれを覚えていたから、驚きも怒りもしなかった。
記憶の中のそこは暗くて、寒くて、寂しくて、誰もいない。なのに、外は喧噪に満ちている。いくら泣き叫ぼうと、誰も気付いてくれない。そのとき、今の私よりももっと小さい彼が助けてくれたのだったと思う。
嵐さんに連れられてこの街にやってきたのは小学生の頃だ。
その頃には既に実験体として覚醒していた私は、自らの欲望として「平穏であること」を望んでいた。激しい喜びはなくていいから、その代わりに深い絶望もない、波の無い人生。それを心の底から望んでいた。
きっと、その欲望は叶えることが出来たはずだ。生きるための最低限の戦いだけで、ずっと生きて行けたはずだ。だが、それはもう叶うことは無いのかもしれない――。
「…………凩ぃ~?どうした~??」
私はそんなことを思いながら、目の前のソイツを見て溜め息を吐いた。
全てのはじまりはあまりにも突然すぎて、避けることなど到底できない出会いだった。
自慢ではないが、私は自分自身がおおよそ普通の日本人とは大きくかけ離れ、その上で整った外見をしているという自覚がないわけではなかった。その上で「近寄りがたい雰囲気」をそこそこに出しながら、日常生活に支障をきたさない程度には社交的。そんな振る舞いだって(AIDAの補助を前提としたものだが)貫き通すこともできた。……まあ要するに『高嶺の花』を演じていたというわけだ。
それでも、やはり幼い小学生というのはその『雰囲気』を読めない人間……言ってしまえば『バカ』はいる。もっとも、そのバカによって、私の平穏はいとも容易く捻じ曲げられることとなるなんて、その時思いもしなかったが。
どういう流れでそんな話になったのかは覚えていない。ただ、ソイツの「雪歌ってさ、門限とかねえの?」なんて言葉に対して、「ある」という嘘よりも「いないの、親」と本当のことを話してしまったのは、どうしてだっただろうか。
兎に角、私はソイツのことを『バカ』だと思ったのは、それに対する返答を聞いてからだった。
「じゃあさ、ウチ来る?」
正直言って、自分の耳もソイツの頭も疑った。親の許可もないまま私の『雰囲気』すらも読まずにそれを言い放つソイツのことが、どうしてもどうしても、苦手だった。
だってソイツは私と比べて元気で、明るくて、うるさくて、優しくて――。今でも何故あのとき伸ばされた手を取ったのかすら分からないほどに、苦手なタイプだった。
ソイツに夕食をご馳走になったあと、流石に寝泊りは遠慮した。……とはいえ、その後何度も同じことがあって、結局そこそこの頻度で寝泊りもするようになってしまうのだけれど。
ソイツとの腐れ縁とも言える関係は今でも続いていて、私はその関係のことを『友人』とか、『幼馴染』とか、そういう名前で呼ぶことにしている。
いつしか芽生えたソイツへの「友情」ってやつは、私の求める平穏を少しだけ騒がしいものにした。…………だから、
――だから、
「霖…………粟野くんにはコッチ側に来て欲しくなかったって言ったの」
なんて、頬杖を突きながらソイツの顔を見据えた。
「えぇ~!?それはしょうがねーだろ!?」
「うるっさ……まあそれはそうなんだけど…………」
「それにさ、これで凩のことも守れるだろ?」
「…………はぁ…………」
呆れた。ここまでコイツがバカだとは思っていなかった。…………いや、思いたくなかったのだろう。非常に不本意だが、彼は私の平穏に組み込まれている――要するにUGNが言うところの『日常』だ。もっと言えば、非常に非常に不本意だが、『大切な人』なのだ。
だから、彼だけはこちら側に来て欲しくはなかった。こちら側で生きるということは、少なからず何かを失ったり、傷つけたり、傷ついたりするということだ。
彼の優しさが、暖かさが――私なりの言い換えをするのなら「バカさ加減」が無くなってしまうのは、なんというか、とてもとても嫌だった。
「今はそれで良いけど、力ってのは万能じゃないの。調子に乗らないことね」
「それは分かってるって~!心配してくれてありがとな~!」
「うるさい……それよりご飯、出来たんでしょ」
「おう、食べる?」
「……ん」
慣れた手付きで配膳した夕食を口に運ぶ。なんだかんだ、この日々が何年も続いているのだから我ながら驚きだ。
コイツの言動は今もそう対して変わらない…………というか、質が悪くなったとすら言える。毎回毎回その言葉に振り回される自分がなんとも滑稽だ。
コイツがいつまでもそうあって欲しいと願う反面、あの時のお返しをするように、こちらが手を伸ばしたら――と考える。私がコイツの手を取ったように、コイツは私の手を取ってくれるのだろうか。…………いつまでも、いっしょに居てくれるのだろうか。
「……なんだよ凩、じっと見ちゃってさ。あ、もしかして惚れた!?」
「…………そんなわけないでしょ、ばか」
そんな会話を交わしながら、ここ数日の事を振り返る。あの騒がしいヒーローのこと、変わってしまった平穏のこと――ああ、頭にくる。誰にでも優しいバカも、下らない嫉妬なんてしてムカついてる自分も。本当にばかばかしい。
まったく、責任を取って欲しいとさえ思える。私をバカにした、目の前の素晴らしきおバカさんに――。
そんなことを想いながら、いまも密かに忍ばせているブレスレットを指でなぞった。