奇跡の子ゾラージャと自己否定(クリア後感想)(クソ長いです)
ゾラージャは「奇跡の子」です。
生まれるはずのない双頭の子で、しかも他に例のない青いフビゴ族。
父は戦乱のトラル大陸を平定し、多部族国家を打ち立てた偉大な王グルージャジャ。
ゾラージャ自身も勇連隊を任され国内の治安維持を担うなど輝ける武勇を持ち、コーナもウクラマトも兄には敵わないと言わしめ、グルージャジャの太刀を受けて立っていられる数少ない人物と讃えられています。
偉大なグルージャジャ王を受け継ぐなら彼だろうと多くの人が言います。
どこから見ても完璧な人物。
なのになぜ「ああ」なってしまったのでしょうか。
彼の根底には自己否定があります。
奇跡の子と呼ばれるからには何かを成し遂げなければならない。ですが、自分は何も成していない。
自己否定感の強い人間が自分を苦しめる大きな要素には、自分に課してるハードルが高すぎるということがあります。
99点じゃ駄目。100点でなければ許せない。
これが基本です。
ヴァリガルマンダを封じるのを飛び越え、倒してしまっても「でも完全復活ではなかったし」という思いが先に来て、自らを否定します。
一方でウクラマトとコーナは「ヴァリガルマンダは完全復活ではない。でも皆と力を合わせれば、強力な敵だって倒すことができる」と正しくグルージャジャの精神を継承します。
後にゾラージャはグルージャジャの幻影を前にして敗北します。
たとえ勝っていたとしても前述のヴァリガルマンダを踏まえると「父を超えた」とは思えなかったでしょう。
彼は「幻影であって本来の父ではない」と考えるのです。
だからゾラージャには救いがない。自分で自分を認めてあげられないのです。
これは現在のグルージャジャを倒しても「超えた」と思っていなかったことから明らかです。
100点でなければ許せない。
それは「奇跡の子」であるならかくあれかし、というぼんやりと抽象的な理想像が(特にグルージャジャに似た姿が)どこかにあるからです。
周りから奇跡の子だと言われ、見えない圧力を感じ、受け取るまま自分に課し続けてきた結果です。
さらに、自己肯定より自己否定が高い人は何をやっても自分を認められません。
常に内心で自分を否定する声が強く、他人に称賛されようと必ず「でも」という内心が付き纏います。
「ヴァリガルマンダを倒した」(でも完璧な相手ではない)
「全盛期の幻影を倒した」(でも本人ではない)
「グルージャジャを殺した」(でも相手は老いていたし、自分はレギュレーターを使った)
「トライヨラの新たな連王を倒して征服した」(でもそれは連王グルージャジャではない)
「外征に出て多くの領土を獲得した」(でも戦乱の世を平定したわけではなく、父のように民に慕われもしない)
断言しますが、たとえウクラマトとコーナを排しガレマール帝国を凌ぐ大国を作ったとしても彼は己を肯定できないままでしょう。
他人の言葉は効力がない。内心の「でも」が必ず付き纏う。
だけどそんなことは表に出せません。なぜなら彼は「奇跡の子、グルージャジャの長子」。従者サレージャも彼を利用したいだけの人物で、グルージャジャのように友がいるわけではない。
というより、たとえ友がいたとして本心を明かすことはなかったでしょう。
自己否定が故に、彼は叫ぶのです。
「奇跡の子などいない!」と。
これが「俺は俺だ」という意味だったならどれほど良かったでしょうか。
そうして彼の根底にあるのがコンプレックスと、そこから生じる自己否定だと理解すると色々なものに説明がつきます。
なぜ掲げていたのかはっきりとした説明のない「外征政策」。
主たる政策として外征を掲げてるのも偉大すぎる父へのコンプレックスです。
グルージャジャ王がトラル大陸を平定しているので、武で彼を越えるためには、外征を掲げるしかないのです。
その後世界征服という途方もない夢を掲げるのも「そうでもしなければ越えたことにはならない」という自分へのハードルの高さから来ています。
そしてそれは、コンプレックスから来ているが故に、誇り高い目標と違い、往々にして成し遂げられないのです。
ウクラマトとは似て非なる心情です。彼女は「二人の兄に比べれば自分なんか…」という想いを抱えていましたが、それを他人に吐き出すことができ、他人の言葉によって励まされ、立ち上がります。
他人に頼ることができるというのは自分の弱さを認めるということであります。自分の惨めな姿を見せることを自分に許す。根底では自己を肯定していなければできない行為。
そして自分を省みて前へ進む力に変えることができる、否定しようのない『強さ』なのです。
ゾラージャにはそれができません。偉大な王の長子であり「奇跡の子」にはそれが許されないと思っている。
もし口に出したとしたら、誰かに頼ったという事実が自分を蝕みます。
それはグルージャジャ王の長子の、「奇跡の子」の振る舞いではない、少なくとも彼の中では。
だから思うままに振る舞うことができ、父上と同じ精神を持つウクラマトには強い嫉妬とコンプレックスを抱いています。お料理対決の辺りでクルルさんが読み取った感情はこれでしょう。
死の間際、息子グルージャに「父親に選ばれなかった俺に、父親など務まるものか。俺は父上から何ひとつ受け継ぐことができなかった」と言う。
これがようやく出た彼の本心です。
これだけが本心です。
ようやく弱みを出せた。
ですがもう、全てが手遅れなのです。
では、どうすれば彼は救われていたのでしょうか。
こんな長文を綴ってる時点でお気付きかと思いますが筆者も自己否定の塊なのでわかりません。たすけてくれ。
お前は俺だ、ゾラージャ(結論)
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