プロメアにおけるマイノリティ差別描写の問題点(覚書)(結末に言及するので伏せる)(6/23追記)
プロメアにおけるバーニッシュ(マイノリティ)差別の描写がダメなのは、ラストでプロメアの炎が消えるから。その一点がものすごくダメ。
他にも色々いろいろツッコミどころはあるけど、差別を描いた話であのラストにしたのは、差別問題に踏み込んだという功績をチャラどころかマイナスにする所業だと思う。(※ちなみにプロメアは製作陣が「現実のマイノリティ差別問題に接続する」話として作ってるというインタビュー記事を何本か読んだのでこの点を指摘しています。製作陣が意図して差別問題を扱ってコレかよという話ね)
なぜプロメアが消えたらダメなのか?というと、そもそもバーニッシュが差別されていたのは人種、外見的特徴(肌の色など)、性別、年齢などではなく「発火の能力を持つ」というただその一点だから。要するにプロメアの炎がバーニッシュにとってのアイデンティティかつスティグマで、しかもそれは普段は見えないので、構造としては「不可視の属性による差別」なんですね(ピザ屋の彼がバーニッシュであることを隠して働けていたのが象徴的)(クレイもそうですね。マイノリティであることを隠して生きている)。
で、不可視の属性による差別で最もわかりやすいのが、性的マイノリティに対する差別です。だからプロメアの炎が消えて終わりは絶対ダメなんですよ。
「同性愛は病気だからいつか治る/治すべき」「趣味」「一時の気の迷い」「わがまま」っていうのは、現在進行形で性的マイノリティが受ける偏見で、未だに「矯正」ができると根強く思われている。
それを踏まえて、最後にバーニッシュが差別されていた要因であるプロメアの炎が消えた=バーニッシュが「無害な人間」になったというのは物語の解決としてあまりにも乱暴で無神経で、見ている人間の偏見(差別される要因が消えれば解決する)を助長するからマジでダメなの。これ「白人が黒人を差別する物語の最後に黒人の肌がみんな白くなりました!」という乱暴な話ですからね??
異界のモノがやってきて帰っていった話にするなら、差別の問題を安易に扱うなという話だよ。ピザ屋のくだりとかマジでいらないでしょ、こんな結末ならない方がマシ。
少なくともこれがなければリオくんのキャラのディテールは好きだろうと思うし、もう少し楽しめたと思う。
なおフィクションに現実問題を持ち込むなとかいう人は、ちゃんと製作陣に文句言ってくださいね、世界のトレンドだしウケると思って安易に差別問題を持ち込むなって。
追記。じゃあどんなラストなら納得するかと言われたら、プロメアの炎が非バーニッシュに宿り人類全員がバーニッシュになるとかですかね。せめてマジョリティ側がアイデンティティを喪失するくらいでようやくバランスが取れるんじゃないかな。
追記2。そもそもバーニッシュが既存の人類にとって危険で有害であるから迫害されたのであって、現実の性的マイノリティ差別とは別の問題ではないか?という話についてはその通りで、逆に別の問題として描かなきゃいけなかったんですよ。二重の意味で。
差別される対象を「人間にとって危険な(有害性がある)存在」として描くのはリスキーで、よほど慎重に描かなければ「危険だから差別されるのは仕方ない」という差別の正当化に繋がるから。逆説的に現実のマイノリティ差別に接続する描き方をすることで、現実のマイノリティにも差別されるに足る正当性があるのでは?という誤解を招く。これは、現実のマイノリティ差別問題に踏み込んだ作品と公式サイドが言っていた以上致命的な問題で、現実のマイノリティからすれば差別の再生産につながる恐怖の描写です。
ちなみに本来的には仮に有害性があっても「危険だから」という理由は差別の正当化にはならないんですが、状況として分断せざるを得ないことはあるので割愛。
話を戻して、プロメアはプロローグでバーニッシュをかなり危険な存在として描写しているのに、途中から「バーニッシュはその属性により理不尽な差別を受けるマイノリティである」という描写になっている(ピザ屋のくだりの話ね)。バーニッシュをマイノリティとして描くなら、あのオチはダメだろという話。バーニッシュに対する迫害をマイノリティ差別の文脈で雑に語ったから怒ってるというか。
ピザ屋の描写の良いところは善良な主人公であるガロの善意の上の差別意識を晒してるというところなんですけど、そのために(ほとんどそのためだけに)バーニッシュ=マイノリティの差別の構図になってしまい(ご丁寧にレスキュー仲間が「バーニッシュ自体が悪いわけじゃない」とか言うし)、バーニッシュの本能云々の話がうやむやになるんですよね。いやバーニッシュは本人の意思に関わらず炎によって人間を傷つけてしまう生き物なんじゃないの??という疑問は置き去りに、バーニッシュも俺たちと同じ人間なんだ!という話になってるんですよね。
あれが人型の宇宙人と人類の相容れない戦いの話で、その中のガロとリオという種族を超えた個の友誼の話ならまだわかるんですけど。まあそれだと差別じゃなくて戦争の話になるのですが。
追記3。バーニッシュに性的マイノリティ差別を重ねてるのは製作陣の方であるという話について。
・クレイの「バーニッシュであることを隠してマジョリティ権力者になっている」は、割と露骨な「ホモフォビアなシスヘテロを演じるクローゼットなゲイ」のメタファーかなと。要するにホモフォビアを内面化しているゲイあるある。
・リオのデザインについて萩尾望都風の美少年にしているのは意図的に同性愛要素を作品に入れたかったからでしょう(そこで萩尾望都風というのが安直だとは思うが)(パンフ読んでないんで萩尾望都的美少年というのは又聞きですが)。
・フリーズフォースはゲシュタポを想起させ、捕らえられたバーニッシュが送られる収容施設もホロコーストを連想させる。ホロコーストについてちょっと調べれば出てきますけどナチスドイツはユダヤ人と併せて同性愛迫害をしていてその際に同性愛者を識別する意味でピンクトライアングルが使用されていた。バーニッシュの象徴的記号がピンクの三角形なのはおそらく、この辺を、安易にモチーフにしたから。まあ本当に、安易な差別問題調べてますアピールなのだろうとは思う、あのオチからすると。たまたま偶然で知りませんでした、なら差別問題の勉強もしないのに作中で差別問題扱ってますアピールしたことを恥じてほしい。
・タイムリーに直近であったピンクトライアングルについての説明記事https://serai.jp/living/368965
追記4。バーニッシュの描写の甘さについて補足。
バーニッシュが出現した30年前(たかだか一世代前)に人類の半分がバーニッシュによって殺された、という事実があるのだから本来なら人類にとっての天敵なんですよね、バーニッシュは。確率論から言って30歳以上の人はほとんど家族や友人の誰かをバーニッシュによって殺されているはずなんです。80年後くらいならまだあり得ると思うけど、人類にとっての大災害が起こった30年後に、バーニッシュがバーニッシュであることを隠して街中で生きることができるというのがまず理解しがたい。非バーニッシュの人間からすれば街中にバーニッシュがいたら悠長に差別してる余裕があるはずないんですよね。殺されるかもという恐怖と肉親や友人の仇であるという憎しみがあるはずなのにそのあたりの描写があまりにも軽い。
バーニッシュの設定がふんわりしているせいで、リオという人物の高潔さもぼやけていて、彼の殺さずの倫理も物語としてリオに許しを与える余地を作るためとしか読めない。人は殺さないのが誇りというのはリオ個人の信条ならわかるけど、バーニッシュ全体の誇りとして語るほど思想が統一された集団じゃないですよね、バーニッシュ。遺伝ではなく突然変異の存在なので、もし纏まるのだとしたら何か政治的もしくは宗教的な思想が必要だと思うけど、あくまでリオは個として動いている。これはガロが体制側ではなくレスキューという個としてのヒーローであるがゆえの構図なのだと思うんだけど、だったら差別がどうのみたいな話を雑に触らずに個と個のヒーローの対峙にすればよかったのに、と思う。それだったら私はたぶん楽しめたなというだけですが。
というところまで書いてから、要するに任侠の文脈なのかなあと思い始めたりはした。任侠というか、時代劇…?浪人と火消しと悪代官…(しっくりきた)。時代劇は嫌いじゃないけど時代劇で差別問題やるのは無理だわな、という謎の自己完結をした。