スパイダーマンホームカミングの劇中とエンディングで使われていたとある曲について、誰も指摘していなかったので、言わせてほしい。スパイダーマンはラモーンズなのだと。
ピーター・パーカーが街で(自分なりの)ミッションをこなす時、そして映画のエンディングのスタッフクレジットのときに流れた「アイ!オー!レッツゴー」と歌うあの曲。
あれは1974年に結成された元祖パンクロックバンドthe Ramonesの代表曲にして、1stアルバム『Ramones(邦題: ラモーンズの激情)』の1曲目『Blitzkrieg Bop(電撃バップ)』という曲である。
僕はこの曲が流れた瞬間が、最も感動し鳥肌が立った。(この世でいちばん好きという補正は多いにあるが)
なぜなら、この曲ひいてはこのバンドにこの映画の全てが詰まっているからである。
(以下長文のため覚悟されたし)
曲名にあるBlitzkriegというのは、ドイツ語で電撃戦を意味することである。
機動力を活かした迅速な攻勢を行うことであり、機敏なスパイダーマンのミッションのイメージにぴったりではあるのだが、
バンドの背景まで知るとさらに深くこの曲が選ばれた意味がわかる。
①バンドの出自について
1974年に結成されたこのバンドは、スパイダーマンと同じニューヨークのクイーンズから生まれている。オリジナルメンバーのVo.ジョーイ・ラモーン、Gu.ジョニー・ラモーンはクイーンズの生まれであり、クイーンズにやってきたBa.ディーディー・ラモーン、Dr.トミー・ラモーンとバンドを結成する。
後にパンクロックと呼ばれるようになった彼らの音楽であるが、
もともとはビートルズなどの
ロックンロールを演奏して、
自分たちの憧れるようなポップスターになりたかったという。
しかし、楽器を触ったばかりの彼らには
ビートルズができるはずもなく、
そこで"出来る事"として生まれた
単純で荒削りな唯一無二のスタイルが
評論家たちから"punk(クズ)"と呼ばれ、
そして音楽界に新しい風を吹かせるに至り、
結果としてクイーンズのローカルバンドが
歴史に名を刻むこととなった。
今作のスパイダーマンは、
アベンジャーズというヒーローに憧れて、
ヒーローの"真似事"のように
自分なりに町の平和を守るために奮闘する。
しかし、アベンジャーズになろうと思っても空回りをしてしまい、
挙句の果てにはスタークにスーツを取り上げられてしまう。
その姿は既存の体制的・古典的ロックンロールを模倣しようとして
失敗したラモーンズのそれである。
まさにBlitzkrieg Bopが流れるあのシーンは
自分なりの方法で行った試行錯誤のヒーロー活動で
"親愛なる隣人"というこれまでのMCUにないスタイルの
ヒーロー像を作り上げている瞬間なのであった。
この背景を念頭に入れた上で
もう少し曲についてつっこんでみよう。
②曲について
印象的な「アイ!オー!レッツゴー(実際はHey! Ho! Let's go!と言ってる)」 について、
ボーカルのジョーイ・ラモーンは
「革命を起こすときという掛け声なんだ。自分たちの力で自分たちのことをやってのけなきゃというパンクスたちへの号令の掛け声なんだ。」的なことを語っていた。
(確か2000年代初頭に出たリマスター版のライナーノーツに書いてあったはず)
この掛け声が劇中で流れることで
スパイダーマンの「アベンジャーズに呼ばれなくても自分の力で平和を守るんだ!」という
新米ヒーローとしての心理とリンクする。
またエンディングではこの掛け声が
「親愛なる隣人として自分の中での意識革命を起こした」という心理ともリンクする。
同じ掛け声でも、
変化した心理にも巧みにリンクするこの使い方には舌を巻いた。
③パンクロックと当時の音楽界の情勢について
なぜ単純で荒削りなパンクロックが
この時代に生まれ、影響を及ぼすようになったのか。
この背景もまたMCUの世界観と
リンクして見えるところがあり、
ラモーンズという存在とスパイダーマンという存在が
重なってみえてしょうがない。
ラモーンズが登場したのは70年代初頭~中盤であるが
ビートルズの隆盛と共に
ロックは多様化していき、
50年代のオールドスクールなロックンロール(よくわからない人はBTTFでマーティーが演奏するジョニーBグッドをイメージしてほしい)から
60年代にはヒッピー文化と栄えたサイケデリックロックや
実験的で前衛的なプログレッシヴロックなど
難解な方向に枝分かれしていった。
しかし、ラモーンズたちが目指していたのは
古典的なロックンロールであり、
つまりその結果生まれたパンクロックというのは
単純で荒削りという新しい形で再生された
ロックンロールの復古運動であった。
ホームカミングの舞台は
シビルウォーでアベンジャーズが分散した後である。
元来、地球を守るという目的で集められたヒーローたちも
それぞれの思惑、方向性のぶつかり合いから
一枚岩ではなくなっている。
その中で、子供の頃に見かけたスーパーヒーローに憧れたピーター・パーカーは
自分なりの方法で彼らを真似して
そこで自分なりのやり方、
そして自分の中での「守りたい町を守る」という
原点的な考えのもと
アベンジャーズではなく、
クイーンズの親愛なる隣人として生きることを選ぶ。
グチャグチャにアベンジャーズたちの正義感が絡み合う中、
彼はより原点的なヒーローとしての信念を見出し、
ニューヨークのために戦うことにしたのだ。
以上の3点から
あの曲にスパイダーマンホームカミングの
全てが詰まっているといえる。
スパイダーマンはラモーンズであり、
そしてMCUにおけるパンクなのだ。
クイーンズで生まれた伝説のバンドに
クイーンズ生まれのスパイダーマンを
巧みに利用させて
これからの成長を表すようなこの演出を
単なるイースターエッグ程度に扱ってしまうのはもったいない。
ちなみに、ラモーンズは
スパイダーマンのテーマをカバーしていたことがある。
https://youtu.be/i5P8lrgBtcU
これはキャリア晩年の95年に発売されたアルバムに収録されている。
このカバーをやっていたことも
ラモーンズの採用には恐らく関係しているのだろう。