オランダ靴所見。ロジックで挟み撃ちにして犯人を絞りこむ(第二の事件の犯人は確定するのでそれを第一の事件に敷衍する)のはいいんだけど、二つの事件を同一犯が同一手法で行う根拠(捕まった場合、単独犯には実行不可だから容疑が晴れる)が弱い。
結局「二つの事件の犯人が別である」という可能性が論理的に潰しきれていないようにも見える。以下例証。
前提として、それぞれの事件の現場に残された証拠から判明したことを記す。
【第一の事件】靴とズボンの証拠から「犯人は女性である」「犯人は(靴紐が切れるという緊急時に場所の決まったテープをすぐ取り出して使える程度に)病院内部の事情に詳しい」ことが分かる。事後の調査でテープの切り口が控室にあったテープのものと一致したことから、犯人がこれを使用したことが分かる(控室でプライス看護師に見られずにテープを手に入れるのは「極めて困難」(不可能ではない)であり、逆に言えば目撃者である看護師自身が犯人であったという可能性が高まる)。
【第二の事件】現場の状況より、犯人は「机の後ろに設置された書類ケースを被害者にとがめられずに開ける(あるいは開けるふりが出来る)」人物だと分かる。この三人(被害者自身・ミンチェン・プライス看護師)のうち、犯行が可能だったのは看護師のみ。
第二の事件実行に及んだ犯人の思考は以下の通り。
①第一の事件の当日、犯人は「偽のジャニー博士」の存在が露見しないように、ジャニー博士を現場から排除する必要があった。そのためにスワンソンを共犯者として利用した。犯人にとってスワンソンは、表舞台に姿を現す必要はないし、また現れてもらっても困る存在である(ジャニー博士にとって、スキャンダルの種である以上は秘密にしたい存在であることが犯人の思惑と合致。結果、隠蔽が行われた)。
②しかし、クイーン警視によって、新聞で「ジャニー博士が逮捕寸前である」旨が告知され、姿を消していたスワンソンはジャニー博士のアリバイを証言するために表舞台に出てこざるを得なくなった(理由:たとえ告知が警察側のブラフであっても、万が一ジャニー博士が有罪とされた場合、博士はドールン夫人の遺産を受け取れなくなり、犯人の目論見が外れてしまう)。
③②により、スワンソンの存在が警察に確保されることが確定。この場合、今後の取り調べや推理によって、彼が「ドールン夫人殺害の共犯者であること」が発覚する可能性が出現する(ちなみに:ジャニー博士のアリバイを担保するスワンソンの(そして今後出てくる博士の)証言が、彼自身がドールン夫人殺害の実行犯役を行うことが不可能であったことを証明するため、「スワンソンが実行犯ではないことを示すために同一の凶器を用いた」というエラリーの論拠は成り立たない)。
④犯人はスワンソンが事件に無関係であってこそ無動機であり、安全圏にいられた(警察が本気で捜査すれば、結婚している事実はすぐに判明してしまう)。そのため、「いずれは殺さなくてはならない」ジャニー博士を、今敢えてドールン夫人と同じ方法で殺害することで、「スワンソンが事件と無関係である」ことを示すことを考える(とエラリーは推測した。実際、当面のリスクを抱える可能性はあるが、将来のリスクを今引き受けるという意味では、看護師にとって一挙両得でもある)。
⑤しかしこれは浅慮でしかなく、結果的に己が犯人である決定的な根拠を掴まれることになってしまった。
「なぜあのタイミングでジャニー博士を殺さなければならなかったか」という動機が、犯人側の動揺によるものであることは明らかであり(「なぜジャニー博士を殺したか」という動機からすれば、実子であるスワンソン犯人説は極めて濃厚になるにもかかわらず)、クイーン警視の作戦(苦し紛れなようにも見えるが、実際には高度な駆け引きを想定していた可能性がある)が第二の事件を誘発、その犯人の拙劣な対応が証拠を齎し、結果的に的を射た、となる。良く取れば。
悪く取れば、第二の事件は第一の事件現場に残された証拠のみで犯人をツメ切れなかった作者側の事情により導入されたものである。また結部でスワンソンが唐突に告白を始めたことにより第一の事件についての「直接証拠」が手に入った。このあたりは初期クイーンに良くある安直さであり、甘さである。
スワンソンが第一の事件の共犯者であること、第二の事件の実行犯が看護師であることは正しい。しかし、結局、第一の事件の実行犯が論理的に完全に絞り込まれている訳ではない。スワンソンと協力してドールン夫人を殺した実行犯(女性)が看護師であるという根拠は蓋然性でしかないのだから(妻である看護師が後にスワンソンのために第二の事件を起こした時点でその疑惑は極限まで高まっているにしても)。
「ドールン夫人に近づいても疑われないジャニー博士の扮装をすること、その際にスワンソンがジャニー博士を足止めすること」という犯人側のトリックが、結果的に「二人一役と逆アリバイ(証人不在であることがさらにその効果を高める)によって、特定人物のアリバイを損ねる」という思わぬトリックに繋がってしてしまい、逆に犯人側の首を絞めるという展開は非常に面白いのだが、その点あまり評価されていないようなので一応メモ。