ヨルハDA考察まとめ
エピローグはデータ消去が終わった後のEエンド説と、なぜコラボ相手がニーアでなければならなかったのかについて
思わず
ヨコオ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!
とFCチャットで叫んだヨルハDAのエピローグでした。
以下、ヨルハDAのネタバレ有。
1、これがEエンドだとして
ヨルハDAのエピローグを見たヒカセン全員の感想は、「意味が分からん」だったと思います。
ヨコオ作品をプレイするなり知っているなりする人にすれば、[E]エンドというのが所謂トゥルーエンドというか、「最後に見られるエンディング」というのは暗黙の了解であったと思います。
だから本来あったはずのABCDの分岐を吹っ飛ばしてEエンドが現れたことに困惑したはず。
このABCD分岐がない理由は、「これがEエンドだから」に尽きると思います。
なぜABCDエンドがないのか。いや、本来は「あった」はずなんです。いつも通りの残酷な結末が、その繰り返しが幾度もあったはずです。
ただ、消されたんです。おそらく。これがEエンドだから。
つまりどういうことかというと、FF14のサーバーこそ吹っ飛びはしなかったわけですが、
ヨコオはヒカセンのABCDエンドに関する"セーブデータ=プレイヤーの記憶"を消したんじゃないでしょうか。
だからヒカセンは覚えてない。ABCDで何があったのか。何をしたのか。
ヒカセンは既に"セーブデータ"を消去し、Eエンドに至るための選択をしてしまっていた。
FF14には消すことができるセーブデータというものは基本的にありません(キャラに紐づいたデータというのはセーブデータとはちょっと離れすぎているかなと)。
今回それに見立てられたのがプレイヤーの記憶であり、ABCDのエンディングを"知らない"というこの状況こそが、
「セーブデータを削除すると現れる」恒例のEエンドの再現なのではないでしょうか。
強くてニューゲームで別ルートが見られる説や、コノッグを選んでいたら別ルート説がありますが、
ヒカセンの前に現れたのがEエンドである以上、ABCDはそもそも存在しないと考えるのが妥当かなと思っています。
いや、存在しないというのは語弊があり、"セーブデータ"を消去したので知りえない、ということです。
ヨコオはゲームを通してかなりメタ的なプレイヤーへのアプローチをやってくる人だという印象があります。
だから「存在しないABCDエンド?いや違う、"覚えていない"だけで"存在した"のだ」とか言い出してもまったくおかしくはない……というか、メタ視点が大いに介在するMMOというゲームでメタ視点を組み込んだ遊びを仕込まないわけがない。
選択肢分岐程度で終わる男じゃない!そうだろうヨコオ!?と思うわけです。
そうのうえで、「ヒカセンは既にABCDエンドを経て、"セーブデータ"を消す選択をし、Eエンドへ至った」のがあのエピローグと考えると辻褄が合うような気がします。
消されたセーブデータがプレイヤーの記憶だったのは大誤算ですが。
かくして、なぜ突然Eエンドになったのか、ヒカセンは何も知らないままヨルハDAを終えることになります。
全てを消してまで選んだはずの、Eエンドの意味さえ分からない。
何を願ってここに辿り着いたかも、もう覚えていないのです。
もちろんこれは仮説の一つですが、ともあれこれがEエンドならば、しっかりABCDエンドが存在していて、これまで何度もそれらのエンディングを繰り返してきた、というのは確実でしょう。ウィークリーはその暗示だったのかもしれません。
その中にはコノッグが発狂して死んだり、あるいはヒカセンが向こう側の世界に行ってしまってff14世界滅ぶ!みたいなエンディングもあったんじゃないでしょうか。もうね、ありありと想像できますよ。ヨコオの作るそういうエンディングが……
あるいは、ヨコオが普段から本当にやりたいEエンドというのはこういうことなのかもしれない(記憶を消して最初からやりたい的な)ですね。
いやだってこれかなり酷いですよ。救いたいと思った理由も分からないままただ救われたってなにも嬉しくないじゃないですか。なんか「お前ら鬱だ鬱だ言うけど、鬱のないハッピーエンドって何の価値があるの?」と言われているような気分になりますね……。「救いたい」という願いのない救いのなんと空っぽなことか。
何のためにセーブデータを消す覚悟をしたのかすら覚えていない、この虚しさ、後味の悪さ。
とにかく悪質!!!!!!最悪だよヨコオ(褒め言葉)!!!!!
本当に、本当にありがとうございました。
あとメタ的に言うのであれば、ヨコオやニーアを全く知らないプレイヤーをきちんと想定して、[E]ndとされれば終わりかーと素直になるし、内容にしても「おっこれがエンディングか~、よく分らんけど2人とも生きてるみたいでよかったわ」とアッサリなりそうな感じにまとめたかったというのもこうなった理由の一つな気がします。
とはいえ私はヨコオ作品をちゃんと履修してはおりませんので、有識者の考察をお待ちしてます。
2、ヨルハDAの意味
これFF14でやる意味あった?みたいな話を小耳にはさんだので。
吉田「どうにか6.0で月に行きたいけど、流石にアラグも有人宇宙飛行はしてないんだよな〜。あ!こんなところに都合良く知り合いのクリエターが関わってる航空宇宙技術を持つ話題のゲームが!」
月に行くため。以上。
と、ここまで目的と結果が単純ではないにせよ、これまでの24人レイドがかなりメインストーリーにしっかり食い込んできていたことを考えると、ヨルハDAもこれから更に噛んでくるはず。
どこで噛んでくるかって?そりゃもう月しかないでしょう!!!
6.0で一番謎なのは「どうやって月行くねん」ってことだと思うんです。エーテルは地脈の流れだから、エーテルを用いるハイデリン(惑星)の魔法というのは惑星に依存していて、地上を離れるほど難しくなるんじゃないかなと思うんです(この辺世界観ニワカです。間違ってたらすみません)。
だから月に行くとなると、魔法ではなくてガレマールかアラグのような科学寄りのものが必要なはずだけど、重力下での航空技術と宇宙に行くための技術では要領が全然違いますよね。
そこでこれですよ。ヨルハDA。ニーアオートマタはなんか都合よく衛星とかシャトルとか打ち上げて更には月に人類がいるっていうじゃないですか!あ~らピッタリ!
そもそもアポカリプス=黙示にはヨハネの黙示録もあり終末や災い的な意味が付きまといますが、元来は(神から下される)啓示の意味です。そう、天から降ってくる……神の意志……。
ニーアコラボは暁月のためにエオルゼアに足りない最後の1ピースを補うための輸入であり、
やっぱり月に行くためだったんじゃないか…などと考えております。
もしかしたらABCDで知りえた情報や伏線はこれから暁月で回収されていったりするのかもしれませんね。